エクソダス:神と王_宗教が苦手な方こそ必見【9点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2014年 アメリカ、イギリス)
エジプトの王子・モーセは、仕事で訪れたヘブライ人居住区で、実はヘブライ人であることを告げられる。その出自はエジプト王家にも知られるところとなり、モーセは国外追放となる。その後、モーセはヘブライ人を率いよとの神命を受ける。

9点/10点満点中 深遠で合理的な内容と素晴らしいビジュアル

©2014 Twentieth Century Fox Film Corporation.All Rights Reserved.

リドリー・スコットのビジュアル炸裂

冒頭のヒッタイト戦。ラムセスとモーセが大軍を率いて首都・メンフィスを出撃する場面の過剰なまでのアゲアゲ感から来て、大軍同士の衝突、壮絶な肉弾戦。ここでは美しさと激しさが同居したリドリー節が炸裂します。しかも、『グラディエーター』や『キングダム・オブ・ヘブン』のような血みどろ大合戦ではなく、リアルなようでグロ描写は避けているという小技も聞いており、リドリーの演出は進化を続けているようです。

モーセのアイデンティティ

すぐに民族意識には目覚めない

この映画で面白いと感じたのが、モーセのアイデンティティの掘り下げ方です。

エジプトの王子として育てられたものの、実は虐殺を逃れるためエジプト人ということにされていたヘブライ人の子でしたというのがモーセの正体。セシル・B・デミルの『十戒』などでは事実を知った瞬間にモーセはヘブライ人の意識へとすんなりと切り替わり、「おぉ、同胞よ」みたいな感じでこき使われる奴隷の中に混じるという、実にウソ臭い芸当をやってのけたりもしていました。

他方、本作は「人の意識とはそんなに簡単に切り替わるものだろうか?」という視点からスタートしており、ヘブライ人集落を訪れた際にベン・キングズレー扮するヌンから「あなたはヘブライ人なのです」と言われてもほとんど真に受けていません。こちらの反応の方が普通だと思います。

密告を受けたラムセスの前でモーセが出自を告白する場面にしても、あれはヘブライ人の乳母(そして実姉)であるミリアムの手を切り落とすとラムセスから脅されて、嘘でもいいから認めないとミリアムを救えないというギリギリの状況で出た咄嗟の言葉でした。実姉だからミリアムを救いたかったのではなく、幼少期から世話になっている乳母だから救いたかっただけの話です。

モーセ自身の意識よりも先に、状況が彼をヘブライ人扱いし始めるというドラマの流し方は、私にはとてもしっくりきました。

羊飼い生活の説明がつくようになった

そして、本作の切り口は『十戒』でもっとも不自然だった部分の補足としても生きています。

エジプトを追放されたモーセはすぐにヘブライ人社会に合流するのではなく、世話になった羊飼いの娘と結婚し、子供を持って幸せな家庭生活を送りました。同胞たちが過酷な奴隷人生を送っていることに胸を痛めていたはずのモーセが、次の場面では小さくても幸せな生活を満喫していることには強烈な違和感があったのですが、本作のアプローチになると、この展開が自然に流れるようになりました。

その後、モーセはシナイ山で神からヘブライ人のために働くことをかなり荒っぽく要求されて(荒っぽさが本作での神の特徴です)、エジプトへと戻っていきます。

モーセと神との関係

神がモーセを選んだ理由

冒頭、ヒッタイト戦の直前に占い師が吉凶を占うのですが、モーセは「バカバカしい」と一蹴し、その予言をラムセスが気にしていても「あんな与太話を信じることはない」と言います。この通り、そもそもモーセは信心者ではないし、その後に神との対話が始まっても有難くお言葉を頂戴するような態度はとりません。神に対して言い返し、批判もします。本作が斬新なのは、モーセを宗教的指導者ではなく、政治的・軍事的指導者として扱ったということです。

この点も、実に合理的な解釈だと思いました。もし宗教的指導者が必要なのであれば、神はヘブライ人の中からリーダーを選べばよかったのです。ヌン辺りならうまくやれたと思います。しかしそうしなかったのは、その時のヘブライ人に必要だったのは宗教的指導者ではなく、政治的・軍事的指導者だったからです。そして、400年も奴隷生活を送っているヘブライ人にそのスキルを持った人材がいなかったために、民族意識は低いがスキルは一流だったモーセに白羽の矢を立てたというわけです。

キリスト教やユダヤ教の方々がこの解釈をどう見たのかは分かりませんが、私にとっては非常に腑に落ちる解釈でした。

神とモーセが不仲

ただし、有難くお言葉を頂戴されることに慣れきった神にとっては、全然言うことを聞かないモーセとの対話はストレスなんですね。二人は常に言い合いをしています。

モーセのビジョンは常に現実的。一から訓練し始めたばかりのヘブライ人の軍隊が、世界最強のエジプト軍と正面衝突しても勝てるはずがないから、ゲリラ戦法で相手方国民の食糧・財産・安全を脅かし、疲弊した国民から「あちらの要求を飲め」と指導者に圧力をかけさせるという戦略でいます。

しかし、神はモーセの戦略に不満です。そんなチマチマとした抵抗運動では、あと一世代はかかるのではないかと。だいたい、お前はエジプト育ちだからエジプト人に甘すぎるんだよとか、もっとエジプト人を苦しめるような戦術で行けとか、おおよそ神とは思えない無茶苦茶なことを言ってきます。

それに対して、400年も自分の民をほったらかしにしといて、今になってすぐに結果を求めるなんて筋が通ってないだろと、モーセもそれを言っちゃ終わりみたいなことをズバズバと言い返します。このやりとりはとても楽しかったですね。せっかくコンサルを雇ったのに、結局言うことを聞かない経営者を見ているようでした。モーセがコンサルで、神が経営者ですね。

そして、第三者から見るとモーセが大声で一人言を言っているようにしか見えないのですが、野原で声を張り上げているモーセを見てドン引きするヨシュアというコントみたいな画をあえてぶっこんできたリドリーのコメディセンスも最高でした。

新解釈で描かれる十の災い

モーセの戦略に不満だった神は、俺の方でやるから黙って見とけと言って実力行使に踏み切ります。ここから、本作最大の見せ場である十の災いに突入するのですが、これを科学的に説明しようとした点に、本作の独自性があります。

1ナイル川の水を血に変える神に操られたワニが人を襲って上流を血だらけにし、水質の変化で死んだ魚の血で下流までが血で満たされる。
2蛙を放つ川の生態系が崩れて食料を失ったカエルが人里に上がってくる
3ぶよを放つ 陸で窒息した蛙の死体が腐って虫がわく
4虻を放つ
5家畜に疫病を流行らせる大量発生した虫が媒介者となって伝染病が流行する。
6腫物を生じさせる
7雹を降らせる 
8蝗を放つ 
9暗闇でエジプトを覆う 
10長子を皆殺しにする 

こうして並べてみると、科学的に説明する気があったのは6までで、最後の4つは結構適当に処理されてますね。やっぱり神の御業は計り知れないのです。虫とか伝染病がかなり生々しく描かれた様にはかなり迫力ありました。もし自分がエジプト人だったらこの嫌がらせには耐えられないなぁと。

そして、ここからモーセはゲリラの大将からラムセスとの交渉人に変容します。これ以上抵抗されるとうちの神がもっと無茶苦茶やるから、早くこっちの要求を飲むことがエジプトさんのためでもありますよと。攻撃的な神と穏健派でエジプトにも顔が利くモーセがコンビになって、ラムセスに揺さぶりをかけるという構図がなかなか面白かったです。モーセの方は、かつてお世話になったエジプトのことを本気で心配している様子もありましたが。

出エジプトしても苦労は続く

判断ミスして神に海を割ってもらうモーセ

十個目の災いで子供を殺されたラムセスはヘブライ人の神と対抗する気力を失い、「もういい、お前らみたいな疫病神は去れ。好きな場所へ行け」と言って奴隷を解放します。ようやく出エジプトです。そこから始まるエジプト軍の追撃と海割れはリドリー・スコットらしい大スペクタクルで目を楽しませてくれるのですが、ここでもやはり神とモーセの関係が面白いんですよね。

モーセはリーダーとして致命的なミスを犯します。エジプト軍をまくために入った山で道が分からなくなり、運に任せて大群を動かした結果、海の前に出てしまうと。背後から世界最強の軍隊が迫っている状況で、目の前が海。モーセは完全に行き詰るのですが、再びここで神が力を貸して海に道を作ってみせます。

この点も、「海です。モーセ様、どうしましょう」「安心しなさい。ぬお~!」とモーセが海を割った『十戒』よりも、本作のアプローチの方が面白かったと思います。

脅威が去った後には統治が課題

紅海でエジプト軍を完全にまいたところで民衆は熱狂しているんですが、モーセはいまだにしかめっ面。エジプトから逃れるという共通目的があったうちは、ほっといても集団は団結しましたが、目的を達成した今、より強力な秩序とリーダーシップが必要となるわけです。それを一体どうしたものかと。

ここに来て、神とモーセはようやく和解。神は茶を入れてモーセをねぎらい、モーセは神に対して盾突いてきたことを謝罪します。そして二人は揺らぎのある人間ではなく、揺るぎのない成文法こそがこれからのヘブライ人社会には必要であるとの共通認識に至り、改ざん不可能な石板に十戒を彫っていきます。

この点も、神が刻んだ十戒をモーセが有難く頂戴した『十戒』とは異なり、モーセが内容を考え抜き、自分で石板に刻み付けたという本作のアプローチの方がより意義深かったと思います。

今度はヘブライ人が侵略者

さらにモーセの苦悩は続きます。

約束の地に帰るんだと言っても、ヘブライ人が不在の400年間、カナンは無人だったわけではなく、新しい住民がそこにはいます。こんなに大勢で押し掛ければ、現在の住民からは侵略にしかならないのではないかと。

この辺りは、まんま現在のパレスチナ問題への言及だったので興味深く感じました。パレスチナ問題に解決策がないように、モーセもまたヘブライ人国家樹立が本当に正義なのかどうか分からず、二人三脚でやってきた神ですら答えを持ち合わせずにモーセの元から去っていき、映画はクリスチャン・ベールの辛気臭い表情で幕を閉じます。

Blu-rayのコメンタリーによると、モーセが満ち足りた表情で臨終の時を迎える場面が本来のラストカットだったようなのですが、リドリー・スコットがこれをカットし、神を失って荒野を彷徨うモーセとヘブライ人の図としたようです。現実の世界情勢の重みを反映したスコットの判断は完全に正しかったと思います。

まとめ

興行的にも批評的にも苦戦した点から察するに、キリスト教圏の人は本作をかなり厳しい目で見たのだと思いますが、私は聖書の不可解な部分に合理的な説明を付加し、勧善懲悪的な古典に一筋縄ではいかない国際情勢の重みという現在的な視点も加えた本作をかなり気に入りました。私は3度鑑賞しているのですが、見る度に「こんなセリフもあったんだ」という新しい発見があり、非常に作り込まれた作品であるという印象を持っています。

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