ALI アリ_感情移入が難しい伝記もの【5点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの

(2001年 アメリカ)
マイケル・マン監督×ウィル・スミスの伝記もの。実際の試合を完全再現したファイト場面の迫力、ウィル・スミスやジョン・ヴォイトのなりきりぶりは素晴らしいものの、アリの心情に迫っているようで迫っていないドラマには訴求力がありませんでした。

作品解説

モハメド・アリとは

1942年ケンタッキー州ルイビル出身で、出生時の名前はカシアス・クレイ。

プロボクシングのヘビー級チャンピオンであり、「歴史上もっとも偉大なヘビー級ボクサーは誰か」という問いがあると、必ず名前が挙がってくるほどの偉人です。

10代でボクシングジムに入門後、僅か8週間でアマチュアボクサーとしてデビュー。全米ゴールデングローブでは1959年から2年連続で優勝し、1960年のローマオリンピックではライトヘビー級で金メダルを獲得しました。

この時、インタビューにおける白人体制寄りの発言を批判されたために、金メダルを自ら川に投げ捨てたという逸話が残っていますが、このエピソードは創作であり、実はメダルをなくしただけという説があります。

1962年にプロデビュー。

1964年に時のヘビー級王者ソニー・リストンにタイトルマッチを挑み、下馬評では不利だったアリが一方な試合運びとして勝利し、ヘビー級王者となりました。

彼のファイトスタイルが革新的だったのは、大男同士の殴り合いに近かったヘビー級ボクシング界にテクニックを持ち込んだことであり、ジャブで間合いを取り、相手との距離を維持しつつ試合をコントロールするという戦法は従前のヘビー級ボクシングには見られないものでした。

「蝶のように舞い蜂のように刺す」と言われた身のこなしにより、ヘビー級史上最速で動く選手とも言われています。

また、彼は政治的な活動でも注目を集めていました。

かねてからムスリムであることを公言していたカシアスは、タイトル獲得後にモハメド・アリと改名しました。

1966年3月、アリは「ベトコンに恨みも何もない」と言って徴兵を拒否。

1967年3月にはヘビー級タイトルを剥奪され、6月には徴兵拒否を理由にアメリカ合衆国に起訴され、すべての州でボクシング・ライセンスが支給されなくなり、3年半に渡って試合ができない状態となりました。

1971年3月に新王者ジョー・フレージャーと対戦するも初めての敗北を喫し、1974年にジョー・フレージャーに代わってチャンピオンになったジョージ・フォアマンに挑んで勝利。7年かけて王座を奪還したのでした。

1975年に無名のチャック・ウェプナーと初防衛戦を行い15回KO勝ちしたのですが、アリからダウンをとったウェプナーの善戦にも注目が集まり、この試合に感動した若き日のシルベスター・スタローンは『ロッキー』(1976年)の脚本を書きました。

1981年引退。生涯成績は56勝5敗で、うち37勝がKOという輝かしいものでした。

プロダクションの紆余曲折

本作は製作に非常に時間のかかった映画でした。

モハメド・アリの伝記映画にまず着手したのは本作のクレジットにも名を残しているポール・アルダージというプロデューサーで、彼は1992年にアリ本人に接触して製作の許可を取り付け、ソニー・ピクチャーズと契約しました。

ソニーは当時の制作部門を取り仕切っていたジョン・ピーターズをプロデューサーに加え、後に『タイタンズを忘れない』(2000年)の脚本を書くグレゴリー・アレン・ハワードが1994年に初稿を書き上げました。

ハワードはアリの12歳から40歳までの物語とし、父親との関係を主軸にした内容としていたようです。

90年代後半にはオリバー・ストーンが監督の意向を示し、ストーンが得意とする公民権運動やベトナム戦争によりフォーカスした物語にするために、『ニクソン』(1995年)の脚本家であるスティーヴン・ジェイ・ライヴェルとクリストファー・ウィルキンソンが脚本の改訂にあたりました。

オリバー・ストーンがモハメド・アリ役として考えていたのはデンゼル・ワシントンでしたが、デンゼルは同じくボクサーの伝記映画である『ザ・ハリケーン』(1999年)への出演を選択しました。

デンゼルを使えなくなったためかストーンも降板し、アメフト映画『エニイ・ギブン・サンデー』(1999年)へと鞍替えしました。ジェイミー・フォックスは本作と『エニイ・ギブン・サンデー』の両方に出演しています。

そんな中、ソニーで『メン・イン・ブラック』(1997年)を大ヒットさせたバリー・ソネンフェルド監督×ウィル・スミス主演のコンビに白羽の矢が立ちました。

ただしコンビの次作『ワイルド・ワイルド・ウェスト』(1999年)がコケたことからソニーはソネンフェルドの手腕を疑問視し始め、ウィル・スミス残しでソネンフェルドだけを切りました。

2000年2月、ソニーは『インサイダー』(1999年)でアカデミー監督賞にノミネートされたマイケル・マンを起用と発表。マンは同じく『インサイダー』でアカデミー脚色賞にノミネートされたエリック・ロスと共に脚本を全面的に書き直しました。

脚本家協会の規定によりライヴェルとウィルキンソンの名前もクレジットに残っていますが、決定稿はマンとロス2人の作品と言えるものでした。

2001年1月にLAで撮影開始。1億ドルの予算が計上されていましたが、それでも足らなくなる恐れがあったため、その場合にはマンとスミスは自分のギャラを製作費に充当するつもりでいたようです。

興行的失敗作

男性映画の雄として評価の高いマイケル・マンが監督し、大人気の俳優ウィル・スミスが主演、伝記映画としては破格の1億ドルの製作費がかけられた作品ということで本作にかけられた期待は大きかったのですが、2001年12月からの全米公開では初登場5位という期待外れな結果に終わりました。

同時期に『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)と『ハリー・ポッター』(2001年)の第一作が公開されており、他に『オーシャンズ11』(2001年)や『バニラ・スカイ』(2001年)といった強敵に囲まれた激戦週ではあったのですが、それにしてもイマイチな結果。

その後も売り上げが伸びていくことはなく、公開4週目にしてトップ10圏外へと弾き出されました。

アメリカ国内でのトータルグロスは5820万ドル。製作やマーケティングにかけた莫大なコストを考慮すると、1億ドル以上の赤字が出たと言われています。

登場人物

ボクシング関係者

  • モハメド・アリ(ウィル・スミス):ボクシングヘビー級チャンピオン。本名カシアス・クレイだが、友人マルコムXからの影響で「白人が付けた姓は名乗らない」としてカシアスXと名乗るようになり、その後モハメド・アリというムスリム名に改名した。このようにボクサーであると同時に黒人運動家としての側面も持っており、アメリカ政府と対立したためにマッチメイクができない不遇の時期も経験した。
  • ドリュー・バンディーニ・ブラウン(ジェイミー・フォックス):アリのセコンド。黒人なのになぜかユダヤ教徒で、ムスリムであるアリに協力するというよく分からん人物。
  • アンジェロ・ダンディ(ロン・シルヴァー):アリのトレーナー。
  • ソニー・リストン(マイケル・ベント):1962年にボクシングヘビー級チャンピオンになったが、1964年にアリに敗れて王座陥落。15か月後に再戦するも、再び敗れた。
  • ジョー・フレージャー(ジェームズ・トネイ):アリが資格を剥奪された後のヘビー級チャンピオン。1971年にアリと対戦して勝利し名実ともにチャンピオンであることを証明したが、1973年にジョージ・フォアマンに敗れて王座陥落した。
  • ジョージ・フォアマン(チャールズ・シューフォード):1973年にフレージャーを下しヘビー級チャンピオンになった。1974年にキンシャサでアリに敗れて王座陥落した。

アリの家族

  • カシアス・クレイ・シニア(ジャンカルロ・エスポジート):アリの父。イスラム教に入信したり、勝手に改名したりする息子アリの行動に眉をひそめつつも、その行き先には常に付き添い続けている。初稿ではアリとならぶ主人公的ポジションだったが、脚本の書き換えによりどんどん出番を減らされていった不遇のキャラクター。
  • ソンジ・ロイ(ジェイダ・ピンケット=スミス):アリの一番目の妻。クラブのバニーガールをしていた女性で、客として来たアリと恋に落ちた。「彼女は遊び相手として付き合うべき女性であり、結婚相手としては相応しくない」として、アリの周囲からは結婚への反対の声が大きかった。
  • ベリンダ・アリ(ノーナ・ゲイ):アリの二番目の妻。地元のパン屋で働く女性であり、三人の妻の中ではもっとも地味だが堅実。ライセンス剥奪、莫大な裁判費用による破産というアリの苦境を支えた糟糠の妻。
  • ヴェロニカ・ポルシェ(マイケル・ミシェル):アリの三番目の妻。病気の子供の看病のためにベリンダがキンシャサから一時帰国した際に、アリからの猛アタックを受けて不倫関係となった。後にベリンダと離婚したアリと結婚。

その他

  • ハワード・コセル(ジョン・ヴォイト):テレビのスポーツ記者。初老の白人記者コセルと若い黒人ボクサーのアリは犬猿の仲ということになっていたが、それはテレビ的な演出であり、舞台裏では友情で繋がっていた。ジョン・ヴォイトとは分からないほどの特殊メイクには一日4時間もかかった。
  • マルコムX(マリオ・ヴァン・ピーブルズ):60年代の黒人活動家で、アリと親交が深かった。後にネーション・オブ・イスラムと対立したことから、アリとの友情にも亀裂が入った。
  • ハーバート(バリー・シャバカ・ヘンリー):ネーション・オブ・イスラムの幹部。
  • エスクリッジ(ジョー・モートン):徴兵拒否でアメリカ政府から告訴された際のアリの弁護人。

感想

伝記ものとして中途半端

冒頭、黙々とロードワークに励む若きアリ(ウィル・スミス)の姿が映し出されます。途中、パトカーに引き留められて職質されかけるのですが、アリは激しく言い返したりもせず無言を通します。

大言壮語的な発言を繰り返すアスリートであり、また政治的姿勢を鮮明にしていたモハメド・アリのパブリック・イメージとはまったく違う姿がそこにはありました。

それが続く計量場面では人が変わったように王者ソニー・リストンを挑発する発言を繰り返し、その変貌ぶりに驚かされます。

一般に知られるアリの虚像と実像との乖離。この冒頭を見る限りでは、本作はそうしたものに迫る作品になるのかなと思ったのですが、続く本編はそうでもありませんでした。

興味深い序盤が終了すると間もなく「みんながよく知るモハメド・アリ」像になっていき、知られざる逸話や隠された人となりを紹介するという伝記ものの醍醐味を捨ててしまうのです。

公衆の面前ではまくし立てるように騒ぎ、一人になると黙ってムスっとしていて何を考えているのか分からない。

これは残念でした。

主題を絞り込めておらず散漫

本作で描かれるのは1964年から1974年の10年間、アリの22歳から32歳にかけての物語です。

ネーション・オブ・イスラムやマルコムXとの関係、徴兵拒否、国家を相手にした裁判と世間からの批判、プロボクサーとしての立場を剥奪され、食い扶持を奪われたことで訪れる経済的苦境、繰り返される結婚と離婚と、おおよそ一人の人間とは思えないほど多くのことがアリの身には起こります。

『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)など長大な物語の要約に長けたエリック・ロスは、実話を無理なく圧縮して150分の作品としてまとめ上げているのですが、あまりにも卒なくまとまりすぎていて、作品のどこにも力点が置かれていない状態となっています。

マイケル・マンの演出にこそ、その原因があったのではないかと思います。

泥棒と刑事の追いかけっこというありふれた題材を3時間弱の長尺で描いた『ヒート』(1995年)が象徴的なのですが、マンはディテールの積み重ねによってオーソドックスな題材を肉厚にしていくアプローチを得意としており、逆に要約作業によって長大な題材を削ってシャープにしていくという作業は未経験でした。

その弱みが本作ではドバっと出てきているように感じます。

実際の試合を忠実に再現するという気の遠くなるような作業を経て完成したファイト場面にこそリアリティの鬼であるマンらしさが宿っているものの、それ以外の場面はただ撮っているだけ。

アリが重要な決断を下してもそこに感慨はないし、何か事が起こっても当時のアリの内面に迫っていかないために、見ている側がドラマに入り込む余地がありません。

ボクシングしかできないアリがプロボクサーという立場すら奪われたことの無念や今後の人生への不安、取り巻きが去っていくことの孤独に、作品は全く言及していきません。

アリは常に大見栄を切り、たとえ国家が相手でも怯みませんでした。しかし観客が見たいのはその裏側でアリ個人が感じていた葛藤や、弱さや不安ゆえに大見栄を切ってしまい、その言葉によってさらに追い込まれていくという彼の人間性への第三者的な分析ではないでしょうか。

そうしたアプローチにこそ伝記ものの意義は宿るはずなのですが、本作はあまりにも表層的すぎました。

その人生を概括的に描くという本作のアプローチで感動できるのは、実際のアリの人生をよく知っており、一度でも感銘を受けたことのある人だけではないでしょうか。

一般客にとっては何を感じ取っていいのか分からないまま、すべてが良い方向に転じていく話に終わっています。

アクション映画としての訴求力のなさ

ソニー・リストン、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンというボクシング史を俯瞰しても猛者とされる選手達が次々とアリの前に立ちはだかるという、さながらバトルアクションものの様相を呈するのですが、残念ながら興奮を持ってこの展開を描けていません。

また、対戦相手がいかに強敵であるかを描くことが、間接的に主人公の描写にも繋がるという少年ジャンプイズムが本作には不足しているのです。

例えば冒頭の対戦相手となるソニー・リストンなんて山ほどの犯罪歴を持つスジ者であり、背後にマフィアがいるというマジにヤバイ人だったのでその戦績に反して国民人気のないチャンプでした。

そんな強面リストンを「醜い熊」と言っていじる新人ボクサー アリという構図自体が緊張感を孕んだものだったのに、リストンの人となりがまったく描かれていないので、あの場面が盛り上がっていません。

なおリストンは53歳まで現役を続けており、アリ以外にはほとんど負けたことがないという強力なボクサーでした。そのためアリ戦は八百長だったという説もあります。

オリバー・ストーンが監督していれば嬉々として描いたであろうボクシング業界の闇をスルーしている点も、何だか勿体ないような気がしました。

またラストで対戦するジョージ・フォアマンにしても、ヘビー級選手の中でもとりわけ大柄であり、彼に睨みつけられるとボクサーですら震え上がったようなキャラ立ちした敵でした。

象をも倒すと言われた強打が武器であり、デビュー以来40戦40勝、うち37KO。時のヘビー級チャンピオンのジョー・フレージャーを2ラウンドKOで倒したという規格外の強者ぶりでした。

まさに『ロッキー4』(1985年)のイワン・ドラゴに匹敵するラスボス感全開の敵であり、一方で全盛期を過ぎており、しかもフレージャーに負けているアリがフォアマンに挑むことは無謀とも考えられました。

キンシャサ戦の大方の予想はフォアマン勝利、アリが人生初のKO負けを喫するのではとも言われていましたが、作品中では全盛期のフォアマンがどれほど恐ろしい相手だったのかが描かれていないので、アリにとっての絶望的な戦況や、これを乗り切って世界王者に返り咲いたアリの凄さが全然伝わってきませんでした。

こればっかりは『ロッキー3』『ロッキー4』のスタローン演出を見習ってほしいところでした。

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