スターリングラード(2001年)【4点/10点満点中_雑多な構成要素の整理に失敗した微妙な作品】

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[2001年アメリカ]

4点/10点満点中

最近、『アメリカン・スナイパー』を劇場公開以来久しぶりに見返したのですが、そういえば『スターリングラード』もプロパガンダに利用されたスナイパーの話だったなぁということで、10数年ぶりに本作も見返してみました。

■悪の帝国vs悪の帝国

ハリウッド映画ながら本作は第二次世界大戦における独ソ戦を描いたものであり、ヒトラー率いるナチスドイツとスターリン率いるソビエト連邦は、欧米から見ればどちらも悪の帝国です。この正義の側のいない戦闘という珍しい素材に対してハリウッドは好き放題にやっており、その成果が存分に発揮されているのが序盤の戦闘シーンです。

軍用列車に乗って意気揚々と運ばれてきた若い兵士たちが、貨車の扉が開いて市内の光景が見えた瞬間に一歩後ずさりするほどのスターリングラードの熾烈な状況。怖い軍人さん達に怒鳴られて輸送艇に乗るとメッサーシュミットの機銃掃射にやられ、命からがら向こう岸に渡ると、なんと渡されるライフルは2人に一丁。普通の国なら人こそが有限のリソースであり、一人の兵士に対して予備の武器を持たせておくという運用となるのですが、ソビエト連邦ではこれが逆転しており、武器が有限のリソースであり、一丁のライフルに対して予備の兵士をくっつけておくという運用となっています。これが実話なのかどうかは分かりませんが、ソ連の人海戦術の恐ろしさを一瞬で表現した秀逸な場面であり、素晴らしいスペクタクルとも相俟って、この序盤で一気に心を掴まれました。良かったんですよ、序盤だけは…。

■杜撰な描写のオンパレード

私は軍事マニアではないので本当に軍事的に正しいかどうかは分からないのですが、「素人目にもそれらしく見えるように演出されているか」という点はやはり気になります。

その点、死体がゴロゴロ転がる戦場のど真ん中でおもむろに裸になって風呂に入り始めるナチスの士官とか、動くなと言われているのに動いてしまう狙撃兵とか、ドイツ軍将校の靴磨きをして仲良しになるロシア人少年とか、「さすがにそんな奴おらんやろ」みたいなツッコミどころ満載の場面が多くて、序盤にてせっかく掴まれた私の心はどんどん離れていきました。

■構成要素間でシナジー効果が発生していない

  • ファシズムvsコミュニズム
  • ナチスvsユダヤ人
  • ヴァシリvsケーニッヒのスナイパー合戦
  • ヴァシリ・ターニャ・ダニロフの三角関係
  • プロパガンダで祭り上げられ、虚像が一人歩きを始めたヴァシリの苦悩
  • 狙撃で息子を失ったケーニッヒの弔い合戦

本作にはこれだけの要素が詰め込まれており、もはやすし詰め状態です。しかも戦争は戦争、対決は対決、恋愛は恋愛という形ですべての要素がバラバラで推移するために、全体にまとまりがありません。

例えば、戦況が苛烈になったことで独ソ双方のプロパガンダ合戦が過熱し、広告塔であるヴァシリとケーニッヒへの要求がどんどん重く非現実的になっていくという展開などを入れればよかったし、またその過程にこそドラマも発生したと思うのですが、そういった各構成要素のシナジーという観点から全体が組み立てられていないために、求心力に欠けた物語となっています。

■ダニロフを全然活かせていない

本作で最初にキャスティングされたのはダニロフ役のジョゼフ・ファインズであり、それほどダニロフは重要な役柄でした。前線で戦うだけのまっすぐなヴァシリとは対照的に、ダニロフは善も悪も美も醜も背負い、死に際でそのすべてを集約させるという『ロード・オブ・ザ・リング』のボロミア的なキャラクターであったと推測され、作品のテーマである戦場の混沌を体現するのはヴァシリよりもむしろダニロフの方だったはずなのですが。

また、ダニロフは『アマデウス』のサリエリに相当するキャラクターでもありました。天賦の才を持ち、異性からもモテるヴァシリは観客からの共感を得られるタイプではなく、むしろそのヴァシリに嫉妬し、凡人ながら天才に並び立とうとして醜態をさらすダニロフの方が観客の視点になりうるキャラクターだったのに、その描写においても本作は失敗しています。

結果、ダニロフはターニャに惚れるがはなも引っ掛けられず、ヴァシリに対して一方的な対抗心を燃やして意地悪をする小者程度にしか見えないために、作品の重要な柱のひとつが死んだ状態となっています。

■補足

本作は実話に基づいており、キャラクターの大半は実在の人物であったという触れ込みとなっていますが、ケーニッヒ少佐はソ連側の宣伝資料にのみ登場し、ドイツ側の記録に該当すると思われる人物がいないことから、架空の人物であったとの見方が有力です。そして、ロン・パールマン演じるクリコフはベルリンの狙撃兵学校でケーニッヒの教え子だったとの設定が置かれていますが、そもそもベルリンに狙撃兵学校はありませんでした。

また、本作ではヘッドショットの描写が多くみられるのですが、他方で先日みた『アメリカン・スナイパー』では「ヘッドショットなんてしない」というセリフがあり、どちらが正しいのかを調べてみたのですが、やはり軍隊ではヘッドショットはしないようです。頭という小さな標的を狙って外すよりも、胴体のどこかに確実に当てることを重視しているからだとか。他方、警察では市民への被害を最小限に食い止めるために犯人を一瞬で動けなくする必要があることから、ヘッドショットはかなり重視されるとのことでした。

Enemy at the Gates

監督:ジャン=ジャック・アノー

脚本:ジャン=ジャック・アノー,アラン・ゴダール

原作:ウィリアム・クレイグ

製作:ジャン=ジャック・アノー,ジョン・D・スコフィールド

製作総指揮:アラン・ゴダール,アリサ・テイガー

出演者:ジュード・ロウ,ジョセフ・ファインズ,エド・ハリス

音楽:ジェームズ・ホーナー

撮影:ロベール・フレース

編集:ノエル・ボワソン,ハンフリー・ディクソンズ

配給:パラマウント映画(アメリカ),日本ヘラルド映画(日本)

公開:2001年3月16日(アメリカ)2001年4月14日(日本)

上映時間:131分

製作国:アメリカ合衆国,ドイツ,イギリス,アイルランド

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