(2023年 アメリカ)
職場恋愛しているカップルのうち、女性の方が出世したもんだから二人の関係性がどんどんおかしくなっていくという大人のドラマ。プライドをこじらせて勝手に堕ちていく男性側が愚かなんだけど、自分にもこういう面がないとも言い切れない怖さもあって、ここ最近のドラマでは一番見ごたえがあった。
感想
ネットフリックスで配信されていたのを何気なく鑑賞。
90年代のエイドリアン・ライン監督作品のようなエロ映画っぽいサムネだったけど、内容は至って真面目な社会派ドラマだった。性描写は数回あるし、主演の女優さんはちゃんとおっぱいを出してるけど、だからと言ってエロさは感じない。この辺りが演出の色と言えるのだろう。
監督したクロエ・ドモントはテレビ界出身の女性監督で、本作が初の長編映画となる。『ビリオンズ』『シューター』『SUITS/スーツ』などを手掛けてきた敏腕なんだけど、まだまだ男社会と言えるエンタメ業界で出世してきた彼女自身の体験が、少なからず本作にも反映されているのかもしれない。
エミリー(フィービー・ディネヴァー)とルーク(オールデン・エアエンラルフ)はウォール街の同じヘッジファンドで働くカップルで、職場には内緒だが婚約中の身だ。
冒頭の二人の関係性を見るに、ルークの方が主導的で、エミリーは公私ともにルークの助言を受けながらうまくやっている様子。
そんなある日、二人の共通の上司であるマネージャーが解雇されたもんだから、「後釜は誰なんだ?」と職場は色めき立つ。
「ルークに決定済」という噂も周り、当のルークもまんざらではない様子だが、ふたを開けてみるとマネージャーに指名されたのはエミリーだった。
「お、お、おめでとう」と口頭でこそ祝福を表明するが、明らかに動揺している様子のルーク。空気を察したエミリーは何とか取り繕おうとするのだが、どれも裏目に出てしまう。
- 私があなたを引っ張り上げる→俺は面倒を見てもらう立場なのか
- 私はたまたま認められただけ→女であることを利用して上司に媚びたのか
- あなたには実力があるから、いつかチャンスが巡ってくる→俺が温めてきたこの案件(エミリーはリスキーに感じている)を承認してくれ
こうして二人の関係はどんどん険悪になっていくのだけど、これが「カップルのすれ違い」なんて生易しいレベルではなく、悪いのは一方的にルーク。性別が逆ならこうはならなかったはずで、男の縄張り意識みたいなのは本当に有害ですねと思ってしまう。
一応、エミリーはルークの昇進について社長にも掛け合うんだけど、「昇進どころかリストラしたいくらいだが、あいつはコネで押し付けられているからクビにもできない」と本当のことを聞かされてしまう。
当然のことながら「あなたは首の皮一枚でつながってる状態ですよ」なんてことをルーク本人に言えるはずもなく、エミリーとしては「頼むからおとなしくしておいてくれ」という心境なのだが、功を焦るが結果を出せないルークはどんどん内に籠っていき、得体のしれないセミナーにも参加するようになる。
ここまでくると修復不可能であり、エミリーは「あなたの経歴ならどこでも雇ってくれるし、共倒れする前に転職した方がいい」とルークにやんわりアドバイスするが、それがまたルークの機嫌を損ねるのだった。
もっとも身近な人の昇進で「自分も負けたくない」と焦ったルークは、すべてのことを急いでしまうし、周囲を納得させるだけの結果を出せなかったルークは、「エミリーは上司のお気に入りだから昇進できたのだ」と思い込むようになる。
エミリーは自分よりも優秀だというたった一つのことを認められないために、どんどんおかしくなっていくのだ。
最終的には会社に損害を与えた上に、エミリーをも巻き添えにしようとする。もはやルーク個人の損得すら関係なく、自分がプライドを潰されたと勝手に逆恨みした相手に対するテロ行為を働き、婚約者まで破滅させようとする。まさにクズ中のクズ。
見ている間中、ルークの言動にはイライラしっぱなしだったが、私自身にもこうした面がないとは言いきれないので気を付けないといけない。
男のプライドや、職業への高い意識は、その思いと環境が噛み合えば良い結果へとつながるのだが、タイミングを間違えると本人どころか周囲をも破壊しかねないほどの害悪となりうる。
本作では、非常に秀逸な男性性の分析がなされている。
ジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)もよくできた映画だったけど、女性監督による男性性に対する観察眼は実に切れ味が鋭く、こうした作品を見ることで、男性は自分自身を知る手がかりを得られる。
こうした映画もたまには良いだろう。
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