(1964年 アメリカ)
ハリウッドが初めて生存者の視点からホロコーストを扱った映画。無口な親父の陰鬱な日常生活がひたすら映し出される前半1時間には退屈したが、後半の構成は神がかっていた。
作品解説
ハリウッドの初めてが詰まった実験的作品
エドワード・ルイス・ウォーラント著『質屋』(1961年)の映画化。
企画段階では『スパルタカス』(1960年)のスタンリー・キューブリック、社会派ドラマ『土曜の夜と日曜の朝』(1960年)で高評価を受けたカレル・ライス、舞台演出家で、後に『ロミオとジュリエット』(1968年)を撮るフランコ・ゼフィレッリらが監督候補だった。
1962年頃に俳優のロッド・スタイガーが企画に参加し、初期稿の執筆から関与した。
監督にシドニー・ルメットを推薦したのも、かつてテレビドラマで一緒に仕事をしたスタイガーだったが、ルメットは主演にスタイガーは合っていないと考えていた。
ルメットの第一希望は『スタア誕生』(1954年)のジェームズ・メイソンだったが、リハーサルで見せたスタイガーの演技が良かったことから、ルメットはスタイガー主演で行くことに決めた。
本作は生存者の視点からホロコーストを扱った初のアメリカ映画だった。
また裸の女性を登場させた初のアメリカ映画であり、本作の存在が数年後のレーティングシステム撤廃にまでつながるのだから、映画史を変えた作品だと言える。
またゲイのキャラクターを登場させた初のアメリカ映画ともいわれている。
そんなわけでハリウッド初がいくつも詰まった歴史的重要作だと言える。
あと、モーガン・フリーマンが初めて出た映画でもあるようだ。終盤にて質屋の外でタバコを吸っているエキストラが若き日のモーガン・フリーマンらしい。
感想
前半1時間は我慢が必要
存在は知っていたが、これまで見たことのなかった作品。Blu-rayが出ていることを知って買ってみた。
この手の映画は気が付けば廃盤になっていて、プレ値を出さないと買えなくなることが多いので要注意だ。買える時に買っておくということが本当に大事。
NYで質屋を営むソル(ロッド・スタイガー)という親父がいる。
明るく元気な移民の従業員、家財を換金しに来ては悪態をついて帰っていくおばさん、用事もないのにただ会話を楽しみに来るおじさんなど、いろんな人々が質屋を訪れる。そしてソルを気にかけてランチにいこうなどと誘ってくる青年福祉局のおばさんとのロマンスっぽいやりとりもある。
普通のアメリカ映画ならほのぼのとしたやり取りが始まるであろうシチュエーションなのだが、ソルは終始ムスっとしており、会う人会う人に塩対応を繰り返している。せっかく声をかけてくれた福祉のおばさんにも、随分と酷いことを言ってしまう。
前半ではそんなソルの日常がひたすら描かれるんだけど、これがとにかく長くてダレる。もう少し短くはできなかったものだろうか。
後半の構成は神がかっている
なんだけど、ちょうど1時間経ったあたりから、映画は急展開を迎える。
彼氏に金を届けるため、どうしても質草を高く引き取ってほしい若い娼婦が、ソルの前で服を脱ぎ始める。そこでソルの記憶がフラッシュバックし、ホロコーストの経験が蘇るのだ。
それはスピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(1993年)のような鮮烈な死の描写ではなく、人間の尊厳を踏みにじられるという、これはこれで過酷な状況だ。
収容所にて、ユダヤ人女性たちはドイツ人将校たちの性欲処理の相手をさせられている。ソルは自分の妻がそんなことをさせられる光景を目撃してしまうが、何もできない。
こんな経験をすれば人生や社会や自分自身に対して明るいイメージを抱けなくなり、誰に対しても塩対応を繰り返すようになるのも無理はない。
そして目の前で娼婦が服を脱いだ光景と過去の記憶がオーバーラップしたことで、ソルは現在の自分が他者を搾取する側に回っていたことに気づく。
ここでソルはもう一段階壊れてしまい、今度は来る人来る人に金を大盤振る舞いするようになるんだが、その大盤振る舞いが悪目立ちしてしまい、店の強盗被害へと繋がっていく。
しかも強盗に参加したのは、「人も社会も信用できない。金がすべてだ」というソルの教えを真に受けすぎてしまった従業員なのだから、本当に酷い話だ。
主人公ソルが過去のトラウマから抜け出せないばかりか、もがけばもがくほど事態が悪化するという何の救いもない物語は衝撃的であり、すべての構成要素をラストに向けてつなげて見せた構成の見事さも光っている。
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