カリフォルニア_支離滅裂なドラマと怖くないスリラー【2点/10点満点中】(ネタバレあり感想)

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サイコパス

(1993年 アメリカ)
ルポライターが連続殺人犯の犯行現場を取材しながらカリフォルニアまで旅をするが、実は旅の同伴者こそが連続殺人犯だったというスリラー。

3点/10点満点中

全然怖くないサイコスリラー

1990年代のブラッド・ピットの美しさは神がかっていましたが、そんなパブリックイメージとは裏腹に、この頃のブラピは「俺は見た目じゃなく演技で勝負するんだ!」と妙な力の入り方をしていました。『トゥルー・ロマンス』でジャンキー役をやったり、『12モンキーズ』で精神病患者役をやったりと、汚れ役をやりたくて仕方のない様子であり、その中でも特に振り切れていたのが本作でのサイコキラー役でした。

髪もヒゲもボーボー、もともとイケメンの顔をわざとくしゃくしゃにして表情を作り、粗野な振る舞いを徹底しているのですが、どこをどう見ても「熱演!」の二文字しか浮かんでこない不自然さであり、決してヘタというわけではないのですが、ブラピの必死さが作品の違和感となっていました。

また、サイコキラー役に不可欠な底のない怖さ、根本的な部分で価値観を共有していないという気持ち悪さがなく、悪い意味で安心して見ることができました。

フリとオチが整合しない変な話

アーリー登場場面

冒頭、殴打の傷を負い何者かから逃げている若い娼婦が、ヒッチハイクに応じてくれた車に命からがら乗りこむのですが、ドライバーの中年男性も彼女に対して怪しい視線を向けます。弱り目に祟り目とはこのことですが、次の瞬間には運転席目掛けて石が投げつけられ、車が横転して二人とも絶命します。そして、その先に居たのはブラピ扮するアーリー。

車に石を投げつけたのは間違いなくアーリーではあるが、その前に娼婦を暴行したのもアーリーだったのか?また、娼婦を襲う気満々だったドライバーは一体何者だったのか?アーリーは娼婦とドライバーのどちらをターゲットにしていたのか?

謎が謎を呼ぶイントロであり、これらの謎は本編にて明かされるのだろうと思っていたのですが、まさかの何もなしでした。イントロだけが独立したエピソードであり、その謎解きも、本編への影響もまったくなし。これにはガッカリでした。

サイコキラーに理解を示すブライアン

デイヴィッド・ドゥカヴニー扮するブライアンはサイコキラーの心理に関心を持つルポライターであり、序盤にて友人たちに「サイコキラーに必要なものは懲役ではなく治療だ」と非常に良識的な主張をします。

このネタフリからは、他人事であるうちには綺麗事を言えていたインテリが、当事者としてサイコキラーの犯罪行為に巻き込まれることでどう変化するのかという大テーマがあるものと当然に推測するのですが、こちらもまた何もなしでした。恐怖の旅行を乗り越えたブライアンが遠い目をして映画は終了し、彼は何の意見表明もしないために、大変な肩透かし感がありました。

プロパガンダ・フィルムズとは

ハリウッドを席捲した人材の宝庫

本作の製作会社としてクレジットされているプロパガンダ・フィルムズという会社は、映画通なら知る人ぞ知る、1990年代を席捲した製作会社でした。

本作の監督であるドミニク・セナとデヴィッド・フィンチャーが中心となって1983年に設立し、ミュージックビデオの製作が当初の目的でした。「こっちの端に金を突っ込むと、向こうの端からビデオテープが出てくる工場」、これこそがフィンチャーが設立時に抱いていた会社のビジョンであり、1990年には全米のすべてのミュージックビデオの1/3を一社で制作するまでに成長しました。

そして、同社は人材の宝庫でもありました。セナ、フィンチャー以外にもマイケル・ベイ、サイモン・ウエスト、アントワン・フークア、ゴア・ヴァービンスキー、ザック・スナイダーらが所属し、MTVやCMをせっせと製作していました。

その後、1992年にはフィンチャーが『エイリアン3』で、1993年にはセナが本作で映画界に進出して以降は、観客受けの良い映像を確実に撮る監督が大勢いる会社ということで映画界から引く手あまたとなり、抱える人材達は次々と映画界へと進出していったのでした。

ただし批判の対象でもあった

映画会社からは重宝されると同時に、プロパガンダ・フィルムズは猛烈な批判の対象でもありました。「人間考察がなさすぎる」「映画の物語性を損なうどころか、粉々に壊してしまった」、これらがプロパガンダ・フィルムズに向けられた実際の批判の声ですが、本作を見ていると、確かにその通りだと思います。

アーリー登場場面なんて、ただインパクトのある見せ場を冒頭に置きたかっただけなのだろうし、ブライアンが変化するドラマを描く気もありません。2時間のドラマで筋を通す気がなく、時折派手な見せ場や驚くような場面があればいいという、安直な姿勢で作られた作品だったと言えます。

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