カスパー・ハウザーの謎【6点/10点満点中_鋭い批評性の一方で演出はややパンチ不足】

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[1974年ドイツ]

6点/10点満点中

つい最近ブリー・ラーソン主演の『ルーム』を見たのですが、密室に監禁されて育った人間が社会に出る話という共通点から本作も併せて鑑賞しました。

■カスパー・ハウザーとは

カスパー・ハウザーとは19世紀のドイツに実在した人物であり、16歳頃に保護されたものの質問にまともに答えられず、また身元も不明だったことから、野生児と見做されました。保護されるまでは地下の牢獄に閉じ込められていたとされていますが(本作もそのように描かれている)、これは彼を保護した法学者アンゼルム・フォイエルバッハによる推測であって確認された事実ではありません。

保護された後のカスパーは読み書きを教えられ一定の素養も身に付けたものの、多くの事実が明らかになる前に何者かによって暗殺され、その正体は永遠に謎となったのでした。

■見当違いの邦題

” Jeder fuer sich und Gott gegen alle”という原題は「人は皆ひとりぼっちで、神はそれを救わない」みたいな意味らしく、本編における「人は狼である」「夢の中で人々は山を登っていた。その頂上には死に神が待っていた」というセリフはこの原題に対応したものとなっています。

この原題が示している通り、本作はカスパー本人の物語というよりも純粋無垢なカスパーの目を通して社会や権威の欺瞞を暴く内容なのですが、ミステリー風の邦題ではその主題が覆い隠されており、作品の理解を著しく妨げています。あまり言及されることはありませんが、ダメ邦題の一例と言えるのではないでしょうか。

■カスパーと文明社会の相克

上記の通り本作はカスパーの目を通して文明社会を描くことが主題の作品であるため、カスパーと文明社会の相克こそが見せ場となっています。これらのやりとりは見ていて面白かったし、文明社会の矛盾を的確に突いた批評性もありました。

ラウンド1:カスパーvs牧師

ある日牧師がやってきて、何らかの回答を期待しながらカスパーに対して「一人の時に大いなる存在を感じていたか」と質問するものの、カスパーは「あの頃の私は何も感じていなかったし、何も考えていなかった」と回答。重ねて「神が無から世界を作ったというあなたの話を私は信じられない」と言うと牧師はムキになり始め、最終的にはカスパーの語彙力では理解不可能な祈りの句を持ち出し、「分からなくてもいいからとりあえず復唱せよ」と言い出します。これではもはや祈りではなく呪文です。

ラウンド2:カスパーvs教師

一つの質問によって正直者と嘘つきをどう見分けるのかという質問をしてくる教師。教師はこの質問を通して二重否定の論理を示したかったようなのですが、カスパーがその論理以外の解決策を提示すると、「いやいや、それじゃ答えになっていないんだ!論証したことになっていないんだ!」とムキになり始めます。

最初は「君に論証方法を教えてあげよう」という態度だったのに、カスパーに一本取られると「論理とは推論と叙述なのだ。君の答えはただの叙述で論理とは言えない。論理とは・・・」とカスパーの語彙力では理解不可能な話を捲し立てるように喚き出し、物事を教える気ゼロの態度に豹変します。この人、一応は教師なんですけどね…。

ラウンド3:カスパーvs社交界

貴族たちのパーティーに招かれるカスパー(実質的には見世物扱い)。思うところを素直に言えと言われるから、「こんな社会よりも牢の方がましだった」「昔は牢に閉じ込められ、今はこんな社会に引きずり出され、私の人生に”生きている”と言えるものは何もない」と本当に素直な気持ちを答えると、「は、今それ言うか?」みたいな空気になる現場。結局、カスパーをパーティーに招いた張本人が「私が思い違いをしていた」と言い出すのですが、カスパーにナチュラルを求めながら、本当にナチュラルに振る舞われると場がざわつくという不可解な反応は、カスパーを当惑させました。

場外戦:カスパーvs医師

死後、カスパーの遺体は解剖されるのですが、臓器の肥大と脳の変形が見られるとの診断で医師たちは納得します。生前にはカスパーという存在を社会は理解できませんでしたが、解剖することで「彼は異常であった」という結論がついて、いわゆる知識階層は安心するのです。

■監督の個性が見えてこない薄味の演出

ヴェルナー・ヘルツォークの映画はハリウッドで制作した『戦場からの脱出』と『バッド・ルーテナント』くらいしか見たことがなく、監督の演出スタイルに明るくないため何とも言えないのですが、ニュー・ジャーマン・シネマの旗手という評価やその強そうな語感の名前とは裏腹に、妙に淡々としていてこれといったクセがないという印象を受けました。

良く言えば主題を立たせるために抑制的な演出を施していると言えるし、悪く言えば抑揚がなく平凡とも言えるのですが、どちらかと言えば巨匠の代表作らしいパンチがなくて期待外れに感じられました。

強いて言えば、前半パートと後半パートのちょうど境界線上にある見世物小屋の場面が、本筋とはほとんど関係ないのにやたら長かったことが妙に印象的でした。この場面ではカスパー以外のフリークスの紹介にやたら時間が費やされるのですが、ここで登場したフリークスが後半パートに再登場することもなく、なぜこんなに時間を使ったんだろうかということはよくわかりませんでしたが、こういうよくわからん執着こそが監督のクセと言えるのでしょうか。

Jeder für sich und Gott gegen alle
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演者:ブルーノ・S
音楽:フロリアン・フリッケ
撮影:ヨルク・シュミット・ライトヴァイン
製作会社:ヴェルナー・ヘルツォーク・プロ=ZDF
配給:欧日協会
公開:1974年11月1日(西ドイツ),1977年1月21日(日本)
上映時間:109分
製作国:西ドイツ

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