マーベルと喧嘩中のスコセッシを全力で擁護したい!

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最近、マーベル映画(以下、MCU)は映画じゃないと言ったスコセッシがいろんな人から叩かれていますが、これを紐解くと新しい文化を理解できない頑固爺さんの戯言とも言ってはいられない問題があったので、スコセッシを全力で擁護したいと思います。

事の経緯

ラウンド1:スコセッシvsMCU関係者達

問題となったスコセッシの発言

見てみようとはしたんだが、挫折したよ。あれは映画ではないね。[中略]出来がいいのも、俳優たちが精一杯の努力をしているのも認めるけれど、生身の人間が感情的かつ心理的な体験を、同じく生身の観客に伝えるべくして作られたものではないという点で、正直なところ映画よりはテーマパークに近いと感じる。

https://eiga.com/news/20191007/14/

ジェームズ・ガン(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』監督)

『最後の誘惑』が公開された時、見てもいないくせに抗議する人たちにすごく腹が立ったのを覚えているだけに、彼(スコセッシ)が僕の映画を同じように“見ず嫌い”していると聞いて、とても悲しいよ。

https://eiga.com/news/20191007/14/

ジョス・ウェドン(『アベンジャーズ』監督)

彼の言葉を読んで真っ先に頭に浮かんだのはジェームズ・ガン、そして『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』には、彼のハートと魂がどれだけ込められているかってことだった。マーティ(スコセッシの愛称)のことは心から尊敬しているし、彼の意見にも一理あるとは思うけれど。これだから僕は、誰かさん(おそらくハルク)みたいにいつも怒っているのさ

https://eiga.com/news/20191007/14/

ロバート・ダウニー・Jr.(アイアンマン/トニー・スターク役)

そんなことより、世間では、スーパーヒーロー映画というジャンルが映画というものの芸術性をダメにしたという意見がたくさんあったよね。もしそれが問題だって言うなら、僕はその“問題”の一部になれたことを嬉しく思うよ。だって、(スーパーヒーロー映画というジャンルは)まるで野獣のように大きな足音を立てながら、ほかの競争相手たちをどんどん踏み潰していったんだよ。それって、驚異的なことじゃないか。

https://front-row.jp/_ct/17309114

サミュエル・L・ジャクソン(ニック・フューリー役)

映画は映画だ。彼の作品が嫌いな人だっている。それぞれ意見を持っていて当然さ

https://front-row.jp/_ct/17309114

ラウンド2:他の巨匠も参戦

友人スコセッシを擁護したフランシス・フォード・コッポラ

マーティン・スコセッシ監督がマーベル作品を映画ではないと言ったのは正しい。なぜなら、映画を見たときに、我々は何かを学習することを期待する。なんらかの啓示や知識やインスピレーションが提示されなくてはならない。映画でないと言ったマーティンは寛大だったと思う。彼は嫌悪すべきものだとは言わなかった。私ならば、そう言うがね

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191026-00000005-eiga-movie

なぜかケン・ローチ(カンヌ映画祭パルムドール2度受賞)までが参戦

ハンバーガーのようなもので、商品として作られています。コミュニケーションについて描いたり、イマジネーションを共有したりするものではない。大企業に利益をもたらす商品であり、[中略]映画(cinema)という芸術には無関係。

https://theriver.jp/favreau-responds-marvel-criticized/

ボブ・アイガー(ディズニーCEO)大いに怒る

個人的には気にしていないが、作品作りに関わった人たちのことを思うと嫌な気持ちになるね。あの発言は、マーベル作品を作っているスタッフ全員に対してかなり無礼だと思う。みんなほかの映画制作に関わる人たちと同じように一生懸命働いているし、フランシスやマーティンと同じようにクリエイティブ魂を全身全霊で注いでいる。(中略)『ブラックパンサー』のライアン・クーグラーは、何かしらマーティン・スコセッシやフランシス・フォード・コッポラが映画でやったことのないことをやっているだろ? そうだろう。どうだ、言ってやったぞ。

https://jp.ign.com/mcu/39317/news/ceo

僕らはお金を稼ぐ事業をしているんだ。利益の多い事業をね。それと同時に、ディズニーでは素晴らしい物語を世界中に伝え、それらに大きな価値を与えることを両立させようとしている。そして世界で20万人を超える従業員をケアし、敬意を持ってサポートしている。

https://jp.ign.com/mcu/39317/news/ceo

考察

2年前にデヴィッド・フィンチャーが言ってたこと

スコセッシがなぜあんな発言をしたのか、またコッポラやケン・ローチが彼を擁護したのかと言うと、コミック映画”だけ”になってしまっている状況への危機感があるのではないかと思います。

この問題を考察するにあたって参考になるのが、2017年10月23日のデヴィッド・フィンチャーのインタビューです。この時、フィンチャーはNetflixで連続ドラマ『マインドハンター』を製作したところであり、劇場映画よりもテレビドラマを好むようになった理由について聞かれて、こう答えています。

映画ではキャラクターを描く時間がない。(中略)いまでもスタジオのなかでより良い映画を作ろうと葛藤している人がいるし、仲の良い重役もいる。でも、スタジオ映画として作るときは、彼らも決められた枠に収めなくてはいけない。ロマンティックコメディか、不幸を描くアカデミー賞狙いか、スパンデックスを着た連中が登場する夏のスーパーヒーローの大作か、ほどほどの予算で作られる続編のいずれかだ。

https://eiga.com/news/20171023/5/

デヴィッド・フィンチャークラスの監督ですら、思うような映画を作れない状況が出現していると言うのです。それでは、ビジネス面でハリウッドがどう変わっているのかについて、具体的に見てみましょう。

全米年間興行収入トップ10の推移

順位2018年2008年1998年1988年
1ブラックパンサーダークナイトプライベート・ライアンレインマン
2アベンジャーズ インフィニティ・ウォーアイアンマンアルマゲドンロジャー・ラビット
3インクレディブル・ファミリーインディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国メリーに首ったけ星の王子ニューヨークへ行く
4ジュラシック・ワールド 炎の王国ハンコックバグズ・ライフビッグ
5アクアマンウォーリーウォーターボーイツインズ
6デッドプール2カンフー・パンダドクター・ドリトルクロコダイル・ダンディー2
7グリンチトワイライト~初恋~ラッシュアワーダイ・ハード
8ミッション:インポッシブル フォールアウトマダガスカル2ディープ・インパクトカクテル
9アントマン&ワスプ007 慰めの報酬GODZILLA裸の銃(ガン)を持つ男
10ボヘミアン・ラプソディホートン ふしぎな世界のダレダーレパッチ・アダムスオリバー ニューヨーク子猫ものがたり

赤字:コミック原作、大ヒット作の続編・リメイク)

上記は、直近2018年から10年ずつ遡った過去30年のヒット作の傾向であり、フィンチャーが指摘したコミック原作、大ヒット作の続編・リメイクは赤字で示しています。注目していただきたいのはトップ10内で赤字が占める割合であり、1988年、1998年には各々1本だったものが、2008年には6本、2018年には9本と、近年はほぼそれだけという状況になっています。

コミック映画かヒット作の続編じゃないと予算と劇場が割り当てられないというフィンチャーが指摘した傾向は、近年、急激に加速しているのです。今やハリウッドでオリジナル企画を自由に作れるのはクリストファー・ノーラン、スティーヴン・スピルバーグ、クリント・イーストウッドの3名だけだと思います。この状況にクリエイター達が危機感を持つのは当然のことではないでしょうか。

巨匠の企画にすら予算がつかない

スコセッシは新作『アイリッシュマン』(2019年)で、予算がつかず危うく製作中止という事態に見舞われました。『シンドラーのリスト』(1993年)のスティーヴン・ザイリアンが脚本を書き、スコセッシとデ・ニーロの黄金コンビが25年ぶりに復活し、アル・パチーノ、ハーヴェイ・カイテル、ジョー・ペシが共演する。スコセッシが持てるコネクションを総動員して製作する大作ながら、当初配給を予定していたパラマウントからは出資を打ち切られ、その後を引き受けるスタジオもなく、Netflixに拾われてようやく完成まで漕ぎつけたという、ちょっとありえないような事態が発生していました。

映画ファンなら誰しもが見たいと思う顔ぶれなのに、手を貸す映画会社が皆無だったことには驚かされます。加えて、Netflixが配給権を取得したために劇場での上映はなくなり、ネット配信限定になってしまったことも、映画少年のまま老人になったスコセッシからすればショックだったと思います。キャリアで最後かもしれない大作が映画館で見られないなんて。

そして、実績のある自分ですらこの扱いならば、他の監督はもっと困っているに違いない。ここは俺がガツンと言うしかないとスコセッシは思ったんだろうと、私は勝手に解釈しました。

市場原理の話と切って捨てられない

これに対しては、ディズニーCEOボブ・アイガーの言う通り、ビジネス面で優秀なMCUに一体何の罪があるんだ。MCUが稼ぐことで他の映画に迷惑かかってんのかという反論もあります。

しかし、迷惑かかってるんですよ。MCUの稼いだ金がマイナー映画の原資として回されれば美しいのですが、現実に起こっているのは逆の現象です。投資効果の高いアメコミ映画や続編企画で配給会社のカレンダーは埋め尽くされ、オリジナル企画には劇場も予算も回らなくなっています。

それが市場原理だという反論があるかもしれませんが、そんなことを続けていてハリウッドの人材や観客が育つのかという問題があります。最近では、MCUの成功はマーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギの手柄と見られる傾向があり、私もそれに反対はしないのですが、MCUも初期の段階ではケネス・ブラナーやジョー・ジョンストンといったベテラン監督の手を借りていました。近年でも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)のジェームズ・ガンはZ級映画スタジオのトロマで修行をして脚本も監督も一人でこなせるスキルを身に付けた人物だし、『ブラックパンサー』(2018年)のライアン・クーグラーは『フルートベール駅で』(2013年)と『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)で評価を受けての抜擢でした。要は、他の映画も作れる人材がいてこそ、MCUは成立しているのです。

にも関わらず、フィルムメーカーではなくビジネスマンの手柄にされるということは、一体どうなんだうかと。もし映画界から多様性が失われれば、アメコミ映画の作り手もいなくなるかもしれません。

年寄りの言うことはとりあえず聞こう

最後に言えるのはこれですね。確かにお年寄りは新しいものに馴染めず、頭ごなしにモノを言う傾向がありますが、彼らの言うことには普遍性もあります。

MCUという具体名が上がっているのでみんな頭に血が上っていますが、その核心はと言うと、儲かるからと言って多様性を無視していると業界全体が縮小するぞという警告であり、長く映画界にいる人々は、こうした局面を何度も見てきているからこそ分かるのです。

スコセッシが出てきたのはアメリカン・ニューシネマの時代であり、その時期はかつてのスタジオの大物たちが何を作ればよいのか分からなくなり、若手のクリエイターに好き放題させていました。そんなアメリカン・ニューシネマの時代も永遠には続かず、スピルバーグやルーカスがエンターテイメントを復活させたことでそのジャンルは消滅しました。奇しくも、スコセッシの代表作『タクシードライバー』(1976年)がアメリカン・ニューシネマ最後の作品とも言われています。

80年代に入るとエンターテイメント路線はハイコンセプトとしてより純化されて莫大な収益を生み出すようになりましたが、その時代の担い手だったジョエル・シルバーやジェリー・ブラッカイマーは現在ではすっかり落ち目です。

そして、軽薄と言われることの多い80年代においても、スピルバーグやトニー・スコットがメガヒットを連発する向こう側ではシドニー・ポラックやスタンリー・キューブリックが自由に予算を使って文芸作品や難解な作品を撮ることのできるフィールドはまだ残っていました。ボブ・アイガーの主張する「それはそれ、これはこれ」がまだ成立しており、デヴィッド・フィンチャーやマーティン・スコセッシが映画を撮れなくなり、ネット配信に救われるという現状よりは、遥かにマシだったのです。

スコセッシやコッポラは栄枯盛衰のハリウッドを生き抜いており、流行りものは必ず廃れるのだから、次のムーブメントを生み出せる人材や作品への投資の重要性をよく知っています。そんな長老たちの意見を、みんなもっと聞かなきゃいけません。

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