ディストピア パンドラの少女_ゾンビの進化論が興味深い【7点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2017年 イギリス)
一応はゾンビ映画なのですが、ゾンビの設定が論理的に突き詰められていて、最終的には人類とゾンビの種族の存亡をかけた争いになっていくという尋常ではない風呂敷の広げ方をする物凄い映画でした。これは必見。

© 2016 – Warner Bros. UK

あらすじ

ゾンビ化現象で荒廃した未来。軍隊はゾンビでありながら人類と同等の知能を持つハイブリッド種の子供達を研究し、ワクチンを開発しようとしていた。そんなハイブリッドの一人メラニーは被検体として解剖されようとしていたが、ちょうどその時、基地の封鎖がゾンビによって突破され、基地は壊滅状態となる。メラニーは博士・軍人・教師と共に装甲車に乗り込み、軍隊の「本部」を目指す。

スタッフ・キャスト

監督はテレビ界のベテラン コーム・マッカーシー

1973年エディンバラ出身。BBC製作のテレビドラマを多く監督しており、『THE TUDORS〜背徳の王冠〜』『シャーロック』『ピーキー・ブラインダーズ』など国際的知名度の高い作品に多くかかわってきました。本作で長編監督デビュー後にもSFドラマ『ブラック・ミラー』の1エピソードを手掛けています。

原作・脚本はアメコミ作家 マイク・キャリー

1959年リバプール出身。15年間の教師生活の後にコミック作家になり、『X-MEN』や『ヘルブレイザー』などを手掛けました。その後に小説も手掛けるようになり、2013年エドガー賞にノミネートされた短編小説”Iphigenia In Aulis”に基づいて2014年6月に出版したのが本作の原作” The Girl with All Gifts”でした。そして映画版の脚本は小説と並行して執筆されました。

感想

冒頭における意外性の連続に驚く

私はゾンビ映画だという認識すら持たず何となく見始めたので、冒頭は驚きの連続でした。

映画は少女メラニーが目を覚ますところからスタートするのですが、彼女の部屋に銃を持った兵士が入ってきて拘束具で固定され、車椅子で教室へと移動させられるという異様な導入部は見ていてキツかったです。子供が酷い目に遭わされる様は見ていられませんね。メラニーは感受性溢れる良い子なのに、周囲の大人たちから人間扱いされない様には辛くなりました。

そんな大人達の中でも教師のヘレンだけはメラニーに対して優しく接するのですが、メラニーの頭に触れるという一線を越えた瞬間に兵士達が教室に雪崩れ込み、「彼らは人間ではない。これが本性だ」と言って一人の子供の鼻先に生身の腕を差し出します。すると、それまで大人しかった子供が段々と獣化してきて、最終的には腕に噛み付こうとします。ここでようやくゾンビ映画であることが分かるのですが、この意外性溢れる語り口には驚かされました。

どうやらこの子供達は軍によるゾンビ研究のサンプルらしい。被検体に選ばれたメラニーは地下の収容所から地上の研究室へと移されるのですが、重い扉の外側にはゾンビの大群と基地がたった1枚のフェンスのみで区分されているという、恐ろしい光景が広がっていました。

現在は感染拡大の初期段階ではなく、人類がほぼ追い込まれた状態にあるということがここで分かります。この世界観をセリフではなく画だけで見せた演出には痺れましたね。これぞ映画です。

ゾンビ映画としてきっちり盛り上がる

ゾンビ映画の定石通り、程なくしてゾンビ達はフェンスを突破して基地は修羅場と化します。軍隊vsゾンビの乱戦は視覚的に見応えがあるし、さっきまでメラニーをイジメていた軍人達がひどい目に遭わされてざまぁというロメロ映画みたいなカタルシスにも繋がっていきます。

他方で、軍隊の側がゾンビに対してヘッドショットをバシバシと決めていく様は爽快でしたね。ヘッドショットはゾンビ映画の華です。

生き残りが特殊車両に乗り込んで脱出するという展開も定石通りなら、どこかにあるという「本部」を目指すことも定石通り。たいていの場合「本部」は壊滅しているものなのですが、そこも含めてゾンビ映画の風情というやつです。

ゾンビのスリープモードという新機軸

本作の新機軸は、人間を襲っていない時のゾンビは一体どうなっているのかが描かれたことです。獲物がいない時のゾンビはスリープモードに入り、その場に突っ立った状態でエネルギー消費を最小限に留めています。この解釈は面白いなと感じました。

この映画がクレバーなのはこの設定を活かした見せ場をきちんと作っていることであり、スリープモードのゾンビに気付かれないよう息を潜めて群れの中をすり抜ける場面の緊張感は異常でした。

ゾンビ化現象の後までが考えられた超設定

従来のゾンビ映画では、生産性ゼロのゾンビに覆いつくされた後の世界は衰退するしかなく、ゾンビ化現象にはその先がありませんでした。その設定を突いて、ゾンビが急拡大した結果彼らの食い物がなくなり、ゾンビが餓死し始めるという『28週後…』(2007年)なんていう賢い映画も作られましたね。

本作は『28週後…』よりもさらに前進し、ゾンビ化現象の後の設定までが考えられています。本作のゾンビは植物の放つ胞子に感染した者達であり、ある程度ゾンビが過密状態になって餓死の可能性が高まるとゾンビ達は寄り集まって巨大な木となり、あらたな胞子を撒き散らす準備に入ります。獲物の摂取により栄養を貯め込んだゾンビが、地域を食い尽くした後には植物になるという設定には意表を突かれる面白さがありました。

また、メラニー達が旅の途中で出会うゾンビ第二世代には人間並みの思考力があって、成長すれば生産活動を始めるものと思われます。

つまり、本作のゾンビには個体としての存続と種としての存続の両方が織り込まれた生活環のようなものが確立されており、彼らは人類にとって代わる可能性のある新種として位置づけられているのです。これは新しくて面白いと感じました。

※ここからネタバレします

メラニーが碇シンジ化

そして、人類とゾンビのどちらが生き延びるのかという選択は、最終的に主人公メラニーに委ねられます。メラニーの体内から胞子を解毒するワクチンを生成すればゾンビが滅んで人類が存続し、巨大なゾンビの木から胞子が放たれ始めれば人類が滅んでゾンビが存続する。

ここに来てメラニーは碇シンジ化するのですが、人間のイヤな部分を見続けた彼女はゾンビの存続を選択します。決定打はグレン・クローズ扮するコールドウェル博士でしょうね。メラニーはコールドウェルをはじめとした旅の仲間達に散々協力し、命を救ってきたのに、コールドウェルは最後までメラニーをワクチンの素としてしか見ていなかったので、人類に愛想尽かしたというわけです。

ただし無知な子供であるゾンビ第二世代のみでは先行き不安だということで、ヘレンのみ生かして人類の知を吸収しようとします。人類とゾンビの種族をかけた争いという風情があって、この狡猾さも含めて最高でした。

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終末
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