BUG/バグ_異常者しか登場しない異常作【7点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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サイコパス

(2006年 アメリカ)
ヤク中の男が体内を虫が這い回っているという幻覚を見て、恋人がそれに同調するものだから妄想に歯止めが利かなくなっていくという超絶鬱映画。ウィリアム・フリードキンの悪辣な演出、マイケル・シャノンの振り切れた演技、アシュレイ・ジャッドの体当たりぶり、現実と妄想が入り乱れて如何様にでも解釈可能な物語と、実に見所の多い作品に仕上がっています。素晴らしい。

作品解説

オフブロードウェイ作品の映画化

本作はトレイシー・レッツの同名舞台劇の映画化であり、映画化に当たっての脚色もレッツ自身が行っています。また舞台から引き続き主演はマイケル・シャノン。

監督のウィリアム・フリードキンとトレイシー・レッツは余程気が合ったのか、次回作『キラー・スナイパー』(2011年)でも一緒に仕事をしています。

全米初登場5位

本作は2007年5月25日に全米公開され、初登場5位を記録。

本作よりも上にいたのは『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』『シュレック3』『スパイダーマン3』『ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかた』であり、鬼才が低予算で好き放題した作風でありながら、よくこのメンツの中に食い込めたものだと感心しました。

ただし翌週以降は失速し、全米トータルグロスは702万ドルにとどまりました。

重ねて言いますが一般受けを度外視した作風なので、これくらいの売上高でも十分だったと思います。

感想

ダメゼッタイ映画の最右翼

「ダメ。ゼッタイ。」とは薬物乱用防止の標語なのですが、日本における薬物乱用防止キャンペーンは清潔感のあるアイドルを起用したり、薬物の怖さを科学的に説明したりといった割かし穏当なものばかりでインパクトに欠けます。

これがドラッグ大国アメリカともなれば訳が違い、ヤク中がどんなことになっていくのかを迫真の演技とおどろおどろしい演出で描く容赦のない映画が数年に一度登場し、「ドラッグには手を出しちゃダメなんだな、ゼッタイ」という気分にさせてくれます。

そんなダメゼッタイ映画の金字塔がダーレン・アロノフスキー監督の傑作『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)だとするならば、本作『BUG/バグ』(2006年)は当該ジャンルの最右翼。その狂い方の凄まじさや、イカれている人間しか出てこないという異常な密度には圧倒されます。

こういう映画こそ文科省が推薦し、金曜ロードショー辺りで年一放送すれば、日本の少年少女には「ドラッグやると地獄」という刷り込みが完了するのではないでしょうか。

そういった意味で極めて教育的な映画でもあります。うちの子供に見せたいとは思いませんが。

異常な男と、それを煽る女

主人公アグネス(アシュレイ・ジャッド)は暴力夫から逃れて安モーテルで一人寂しく暮らす30代女性であり、レズビアンのたまり場であるバーのウェイトレスをしてギリギリ一人分の食い扶持を得る毎日を送っています。

冒頭の空撮でわかる通り、彼女の住む世界は畑に囲まれたド田舎であり、そこには極めて閉塞的な空気が充満しています。

そんな中でアグネスは精神的にすっかり参ってしまっており、ドラッグにこそ手を出していないもののアルコールにはどっぷり依存する生活を送っています。

ある日、友人のR.C.(リン・コリンズ)からピーター(マイケル・シャノン)という男を紹介されるアグネス。

ピーターは宿無しで困っており、もし良ければアグネスの部屋に泊めて欲しいとのこと。特に女性に関心があるわけでもなく彼女に危害を加えることはないと言うので、アグネスはピーターを迎え入れることにします。

実際、ピーターの物腰は柔らかく優しいことも言ってくれるので、暴力的な元夫に困っていたアグネスは彼に惹かれ始め、自然な成り行きで関係を結びます。

しかし事が終わるとそれまでとはまるで違う剣幕で「虫に嚙まれた!」と騒ぎ出すピーター。ヤク中患者は皮膚の下を虫に這いまわられているような感覚を抱くらしく、ピーターはその典型的な症状を示しているのですが、アグネスにとっては寝耳に水の展開。

そしてベッドを探し回った末にピーターは「やっぱりいたぞ!」と言って指先で潰したという虫の死骸を見せてくるのですが、あまりに小さすぎて本当にピーターの指先に虫がくっついているのかどうかなんてわかりません。

分からないのですが、アグネスは「まぁ本当だわ」と答えます。この時のアグネスの心境は、ピーターとの関係を壊したくないので適当に話を合わせただけなのか、それとも本当に何か見えた気になったのかはわかりません。

分からないのですが、「アグネスと一緒に虫を見た」という経験はピーターの人格を追い込んでいくこととなります。ピーターはドラッグにより生じている虫の妄想を、アグネスのリアクションによって実際に起こっていることだと確信するようになり、どんどん狂気の世界にのめり込んでいくのです。

「虫がいる!虫がいる!」と騒ぐピーターと、「本当だわ!大変!」と答えるアグネスのコンビは滑稽でもあるのですが、こういうカップルって実際にいます。

私の周囲のケースだと、無職のどうしようもない旦那がいて、そいつは「もうすぐ自分の目は見えなくなる」だの「死が迫っているような気がする」だのと訳の分からん言い訳ばかりをしており、傍から見ると「本当にそうなら医者の診断書でも取ってこいや」と思うのですが、なぜか奥さんだけは「あの人の勘は当たる。無理させちゃいけない」とマジ面で擁護するので、外野としてはそれ以上何もつっこめなくなるという何とも困ったことになっています。

そもそもイカれた男がいて、その言い訳や幻想を満額受け入れる女性がいるので余計に狂気が加速していくという悪循環。このサイクルに入ってしまうと他者が立ち入るスキなどなくなり、二人だけの世界はより狭くより濃密になっていきます。

ピーターの妄想は止まらなくなっており、それに影響を受けたアグネスまでが体中搔きむしった傷だらけになっています。

二人の部屋にはハエトリ紙がそこら中にぶら下がり、ピーターは顕微鏡を覗いては訳の分からん戯言を喚き、アグネスは半分くらい聞き取れなくても「なるほど~、そうだったのね~」と相槌を打ちます。

そのうち妄想の辻褄も合わなくなってきたようで、矛盾が生じた場面では「軍の陰謀だ!」「誰かが俺たちをはめようとしている!」という新機軸までが加わり始めます。ここまでくるともはや第三者による説得とか懐柔とか言っていられる状態ではなくなり、二人は暴走する機関車の如く破滅へとひた走っていきます。

狂気を描かせるとピカ一の監督ウィリアム・フリードキンは、ピーターとアグネスの物語を悪辣な演出と圧倒的なパワーで見せてきます。

そして過剰に振り切れた者を演じさせると右に出るもののいないマイケル・シャノンは驚異的な演技力で狂気を体現し、相手役のアシュレイ・ジャッドはかつて美人女優と持て囃された者とは思えないほどの体当たりの演技で見る者を驚愕させます。

アグネスはもともと狂っていたのか

ここまで見てきて気になったのが、アグネスはもともと狂っていたのかどうかということです。アグネスの状況を整理するとこんな感じになります。

  • 暴力夫に悩まされて家を出て、安モーテルで暮らしている
  • モーテルでは夫からと思われる無言電話に悩まされている
  • 幼い息子を10年前に誘拐されたが、その事件は未解決

モーテル住まいはともかくとして、無言電話は相手が一言も発しないので電話口にいるのが元夫なのかどうかは最後まで分からないし、そもそも本当に電話が鳴っているのか、孤独なアグネスが電話が鳴っているという妄想を抱いているだけなのかも判然としません。

さらに怪しいのが息子の誘拐事件であり、本当にそんな悲劇が起こったのであれば周囲の人々はアグネスの生活や精神状態にもっと関心を払うはず。そう考えると、誘拐事件の実在性も怪しく感じられてきます。

アグネスは合法的な形で息子から引き離されたのだが、彼女はそれを誘拐として解釈しているのではないかという見方もできてくるのです。

そうなってくると、彼女が畑のど真ん中のモーテルに閉じこもっているのも、レズビアンのたまり場という極めて特殊な職場で働いているのも、完全におかしくなって通常の社会生活を送れなくなったアグネスに対して周囲が与えた環境なのではないのかという気もしてきます。

そして友人達はアグネスを傷つけないように彼女の話す暴力夫や誘拐事件という設定に乗っかってあげているのではないか。アグネスがピーターの虫設定に乗っかったように。そんな風にも解釈できてきます。

本作は全編がアグネスの主観なので、最後の最後まで彼女の物語の真相は分かりません。ただし、如何にでも解釈のしようのある物語にはそれはそれで味わい深さがあって、私は非常に楽しめました。

エンドクレジットの意味 ※ネタバレあり

そうした謎だらけの物語に回答の糸口を与えるのが、エンドクレジット中に登場する短いカットです。

このカットでは男の子のおもちゃが映し出されるのですが、私はこれをアグネスの息子が普通の生活を送っていることを暗示する情報だと解釈しました。そしてこの情報より、息子の誘拐事件がアグネスの妄想の産物であったという回答が何となく見えてきます。

やはりアグネスは狂っており、捻じ曲がった形で自分の身に起きたことを解釈していたというわけです。

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