(2019年 日本)
その道を追及する男の物語としても、弱肉強食のパワーゲームとしても面白く、合間には笑いもあって、完全無欠のエンターテイメントとして仕上がっていました。ここまで面白いものが日本でも生み出せるのかと、ちょっと感動しました。
あらすじ
村西とおるは英語教材のトップセールスマンだったが、会社の倒産と妻の浮気による離婚を機に、当時流行していたビニ本業界へと進出した。ビニ本から裏本、裏本からアダルトビデオへと事業を進展させていったが、純粋にエロを追及する村西は、競合他社や公権力など多くの敵を抱えていた。
スタッフ・キャスト
総監督は『百円の恋』(2014年)の武正晴
1967年愛知県出身。90年代より工藤栄一、崔洋一、井筒和幸らの作品に助監督として関わり、『ボーイ・ミーツ・プサン』(2007年)で監督デビュー。代表作は唐沢寿明主演の『イン・ザ・ヒーロー』(2014年)と安藤サクラ主演の『百円の恋』(2014年)であり、『百円の恋』では日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞しました。
百円の恋【6点/10点満点中_安藤サクラのダメ人間ぶりは良いものの、ダメ人間から簡単に脱却できすぎ】
村西とおる役は山田孝之
1983年鹿児島生まれ。日本テレビのドラマ『サイコメトラーEIJI2』(1999年)で俳優デビューし、『真夏の天使~All I want for this Summer is you』(2002年)でCDデビュー、フジテレビのドラマ『WATER BOYS』(2003年)でドラマ初主演、『電車男』(2005年)で映画初主演と、初期の活動は日本のタレントとして比較的オーソドックスなものでした。
『クローズZERO』(2007年)からワイルドな役を演じるようになり、2010年から開始した『闇金ウシジマくん』での主人公・丑嶋馨がハマり役で、同作は3本のテレビシリーズと4本の映画が製作されるほどの人気となりました。ここから山田孝之は日本映画界の顔的な存在となり、気が付けばあの映画にもこの映画にも出ているという状態になっています。
『凶悪』(2013年)では本作でも共演するリリー・フランキー、ピエール瀧と共演し、凄みのある演技を披露しました。こちらも本作に勝るとも劣らない傑作となっています。
凶悪【8点/10点満点中_不快度数MAXの傑作】(ネタバレあり・感想・解説)
黒木香役の森田望智って誰?
個性派俳優、ベテラン俳優のひしめく本作において、ひときわ存在感を示していたのが黒木香であり、これを演じたのは森田望智という人でした。私は一体どなたなのか知らなかったのですが、有吉弘行も急いで調べてTwitterをフォローしたというほどだったので、業界内での知名度があったわけでもなく、本作以前にはまったくの無名だったと言っていいと思います。
1996年神奈川県生まれ。2011年より女優業を開始してテレビCMに出演。西武鉄道のCM「ちちんぷいぷい秩父」で土屋太鳳の横で踊っている人らしいです。『キスが命がけ!』(2016年)、『世界でいちばん長い写真』(2018年)と青春映画を中心に出演してきて、いきなり『全裸監督』という落差が凄いです。
登場人物
サファイア映像
- 村西とおる(山田孝之):元は英語教材の営業マンであり、会社のトップセールスにまで登り詰めたが、会社の倒産と妻の不倫のダブルパンチと、荒井トシからの誘いもあって、ビニ本業界へと参入した。エロに関しては鼻が利き、ビニ本で大きな収益を上げ、次いで進出した裏本でも大成功をおさめ、アダルトビデオ業界へと進出した。
- 荒井トシ(満島真之介):村西をビニ本業界に誘い、以降は相棒として主にヤクザとの交渉役を引き受けていたチンピラ。村西や川田のような変態と比較すると性への関心は人並みレベルで、村西の創作活動にはさほど興味を持っていない。
- 川田研二(玉山鉄二):元出版社社長。裏本を撮りたいと言って撮影現場に強引に押しかけてきた村西の手腕に心酔して、以降は村西の参謀役になった。
- 三田村康介(柄本時生):最初は照明係、後に監督。サファイア映像の立ち上げにあたってトシがかき集めた人材の一人であり、黒澤映画に憧れていたところを、半ば騙されて連れてこられたと思われる。また、大人のアニメファンに市民権が与えられなかった時代のアニメファンでもあった。
- ラグビー後藤(後藤剛範):カメラマンで、人手が足らない時には男優にもなる。サファイア映像の立ち上げにあたってトシがかき集めた人材の一人であり、ラグビー経験者だと一目でわかるほど体格が良いことから、村西から分かりやすく「ラグビー」と呼ばれるようになった。
佐伯家
- 佐原恵美/黒木香(森田望智):裕福な家庭で育ち、一流大学に通う女子大生。母親から厳しく躾けられており、強い性欲を抑えつけて生きてきたが、ディスコで偶然見かけた村西の性に対する真剣な姿勢に感銘を受けて、自らサファイア企画に面接にやってきた。
- 佐原加代(小雪):佐原恵美の母親。娘と二人暮らしで、厳しい躾けにより娘を育ててきたが、実は彼女は不倫相手との子であり、自分の資質を娘も引き継いでいることを恐れて厳しく躾けてきたことが明らかになる。
アダルト業界関係者
- 池沢(石橋凌):AV業界の最大手であるポセイドン企画の社長。あくまでビジネスとしてアダルトの仕事をしており、アダルトビデオ黎明期には競合が居る方が業界全体が盛り上がるということで村西を大目に見ていたが、後に公権力から許されないレベルにまで足を踏み入れようとしたので、村西排除に振り切った。
- 古谷伊織(國村隼):北海道の落ち目のヤクザで、村西の裏本の運送を担当していた。そこで得た収入を有効活用したのか、歌舞伎町の大物ヤクザとして返り咲き、活動拠点を歌舞伎町に移した村西達と懇意にするようになった。同時にポセイドン企画とも裏で繋がっており、腹の内がよく分からない。
- 武井道郎(リリー・フランキー)警視庁警部。猥褻図画の取り締まりが専門であり、裏本を撮り締まったことが村西との初めての接点だった。倫理規定を作って安全に進める池沢とは懇意であり、一方で規制を踏み越えようとしている村西とは敵対的な関係にある。
感想
『ブギーナイツ』をも超えたテーマの掘り下げ方
本作は監督もそう言っている通り和製『ブギーナイツ』なのですが、テーマの掘り下げは本家をも凌駕しています。
本家『ブギーナイツ』は、社会に馴染めない人間の吹き溜まりであるポルノ業界を舞台することで、普遍的なダメ人間考察をしていました。
そこにいるのはポルノが好きな人達というよりも、俗世間で生きていけない人達。大物ぶっているが実は才能のない監督、良い母親であろうとするがドラッグ依存ですべてをぶち壊しにするベテラン女優、大きなイチモツ以外に取り柄のない若い男、頭が弱くてまともな職に就けない若い女。そうした人々が集まり、小さなコミュニティを形成して傷を舐め合うドラマが『ブギーナイツ』であり、身もふたもないことを言うと、ポルノ業界でなくても成立する話でした。
しかし本作は違います。
村西とおると黒木香という性の求道者とも言えるような人々が登場し、自分達の納得できる創作物を求めて規制や権力と戦う物語であり、ポルノという題材への向き合い方は『ブギーナイツ』の比ではありません。
劇中でも描かれている通り、村西とおるは元トップセールスマンだし、黒木香は横国在学中のお嬢様。アダルトビデオ業界に関わらなくても食べていく道はいくらでもある人達が、自分のやりたいことはアダルトビデオなんだという熱い思いを持って仕事をしています。
そこには、求道者を描いた職業映画のような風格すら漂っていました。
職業映画としての興奮
疑似で誤魔化すようなことはしない、俺は本番主義で撮るんだという村西とおるのこだわりと、どれだけ規制を冒しても本物を作ればユーザーは付いて来てくれるのだという絶対の自信。
かといって、ミロス・フォアマン監督の『ラリー・フリント』(1996年)のような表現の自由とか性の解放といった大上段に構えたそれらしい理屈付けはなく、本作にあるのは理想とする創作物を愚直に追いかける職人の姿のみでした。そのシンプルさこそが、村西の姿勢の素晴らしさを余計に高めていましたね。
よくよく考えてみれば、アダルトビデオに何をそこまで美学を求めているんだろうかという感じなんですが、このドラマを見ていると本物志向の村西とおるが崇高なアーティストのように見えてきて、他方で綺麗なお姉ちゃんさえ出てればいいんだろ的な大手メーカーがエロの道を冒涜しているように見えるのだから、作劇の力とは偉大なのです。
白眉なのは面接に来た流れで黒木香の本番撮影をする場面。この場面ではアダルトビデオさながらの激しい絡みが登場するのですが、性的な興奮よりも感動の方が勝っていました。
とんでもない性欲の持ち主だったのに、母親との関係性からそこにフタをして生きてきた黒木香が、村西トオルの手ほどきによって真の自分を解放する瞬間が見事に押さえられているのです。演じる山田孝之と森田望智のパフォーマンスの高さには舌を巻きました。
スリリングなパワーゲーム
現実の日本ビデオ倫理協会(通称・ビデ倫)が警視庁OBの天下りを受け入れなくなった途端に権力を失ったという事例からも分かる通り、アダルトビデオ業界と公権力は密接な関係を持っています。
加えて、性産業はヤクザとも深い関係があるので、警察と器用に付き合い、ヤクザをうまく使いながら立ち回らないと一瞬で消されかねない怖さのある世界だとも言えます。
劇中でこれを担うのは玉山鉄二扮する川田でした。彼は元々村西とおるの信奉者であり、ド変態として村西に共感していたからこそ彼に付いてきていたのですが、大手メーカーからのイジメや警察からの締め付けが厳しくなってきた際に、村西の創作活動にストップをかけようとしました。あなたのやりたいことは分かるし、それが正しいことだと私は知っているが、今は妥協しなければ会社がもたなくなると。
この川西の葛藤には物凄く理解できました。カリスマ的な経営者に心酔しているし、自由にさせてあげたいという思いもある。常人離れした熱気こそがその経営者の強みであり、会社の原動力だが、その熱気が会社を焼き尽くしかねない時には、何を言われようが止めに入らなきゃいけないという参謀役の難しさ。これをサラリーマン社会でもよくある図式にまで落とし込めている辺りが、脚色の妙なのでしょうか。
加えて、國村隼扮する古谷の読めなさ加減が、作品に良い緊張感を与えていました。
彼は村西が北海道で始めた裏本事業の輸送業者の一人として登場し、その際にはたった一人の子分しかいない落ち目のヤクザだったのですが、村西達が歌舞伎町に拠点を移してアダルトビデオ業界に参入した時点では、歌舞伎町の大物ヤクザにまで返り咲いていました。
彼は村西達と親しくしながらも、ライバルである大手メーカーとも懇意にしており、最終話まで本心がどこにあるのかがよく分からない人物として、良い意味で物語を引っ掻き回してくれました。演じる國村隼の、本物のヤクザにしか見えないようなド迫力もあって、この人物を見ているだけでも楽しめました。
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