(1988年 オランダ)
旅先で人が居なくなるというサスペンスの定番を、意外性の連続でどんどん覆していくという驚異の構成にのけぞった。犯人側の異常性もさることながら、悲劇の主人公とは言えないほど逸脱した彼氏の弾けっぷりも見事なものであり、底意地の悪いオチもビシっと決まっている。見ごたえのある良作。
感想
意表を突く展開の連続
オランダ人カップルがフランスの別荘へバカンスに出かけたところ、立ち寄ったガソリンスタンドで彼女がいなくなるというのが本作の導入部。
旅先で人が居なくなる系はサスペンスの王道ジャンルの一つで、ヒッチコック監督の『バルカン超特急』(1938年)やジョディ・フォスター主演の『フライトプラン』(2006年)、そしてラストで信じられないカーチェイスが炸裂する変わり種『ブレーキダウン』(1997年)など、類似作は数多く製作されている。
そんな凡庸とも言えるジャンルの中での本作の特殊性とは、被害者の生存がもはや問題とされていないということである。
このジャンルって、行方不明者を早く発見しないと本当に探しようがなくなるということで観客の緊張感を引っ張るわけだが、本作の場合は「そして3年後」と突然話が飛ぶ。この構成にはぶったまげた。
生存しているうちに被害者を探すという一般的なゴールが取り払われ、この話は一体何を目指して進んでいるのか、皆目見当がつかなくなるのだ。
もう一つ凄いのが、犯人探しにも主眼が置かれていないこと。犯人の正体は序盤にてさっさと明かされてしまうので、犯人探しの話でもない。
じゃあ一体何が描かれているのかというと、加害者である狂人の淡々とした犯行プロセスと、残された彼氏の狂気である。
冷静な狂人
加害者は仕事にも家族にも恵まれた普通の男で、表面上は豊かで平和な日々を送っている。
この犯人がクロロフォルムを自分に試してみて何分間気を失うかとか、犯行に使おうとしている山荘で大声を出してみて、どの程度の距離まで悲鳴が届くのかといった入念な下準備を行うさまが、中盤ではひたすらに描写される。
その過程があまりにも作業的なので狂気すら感じられなくなり、次第にその努力が滑稽にも思えてくる
こいつは論文化もされたほどの反社会性人格の持ち主であり、閃いたことを実行せずにはいられないという特性を持っている。恐らく人格の99%は普通の人間と変わるところがないのだが、残り1%の「魔が差した瞬間」に忠実になってしまう男なのだ。
典型的なヒャッハーではない辺りに底知れぬ狂気を感じるし、この手のサイコキラーにありがちな強烈な快楽等を得るためという目的もなく、「思い立ったからやってみました」という好奇心だけで人を殺すあたりが突き抜けている。
何のゲインも得られないことのために人を殺す、その無目的さが恐ろしいのだ。
ただし閃いたことを実行せねば気が済まないという感覚には、誰しもが何となく身に覚えがあるはずだ。そこが犯人との妙な接点となっている。
例えば仕事でまぁまぁ急ぎの書類作成している時に、ふとローカルディスク内のファイルの保存の仕方が気に食わなくなって、目の前の仕事そっちのけでフォルダ作成してファイルの整理を始めるとか、「こんなことやってる場合か」と思いながらもやめられなくなる。
こいつはそれを異常な手間暇でやり遂げてしまう男なのだろう。
狂った一般人
一方、残された彼氏はというと、3年間ひたすら彼女を探し続けている。時間もコストも最優先で費やしているため借金まみれで、周囲から「もういいんじゃないの?」と言われても止まる気配がない。
どういうわけだか美人の新彼女もいて(あんな目が血走った奴に新彼女ができるなんてズルい!)、その彼女が元カノの捜索活動に付き合ってくれるほど良い人なのだが、気持ちの整理をつけて新彼女と新しい人生を送ろうという気もない。
彼女の死を悼むとか、犯人に制裁してやりたいという段階は遠の昔に過ぎ去っており、「彼女の身に一体何が起こったのかを知りたい」という目的のみに向かって突き進んでいる。というか迷走している。
昔の彼女に憑りつかれ、その執念は狂気の域に達しているのだ。悲劇の主人公という領域を大幅に逸脱したその人物像から、こちらも予測不可能な人物となっている。
2人の狂人が邂逅するクライマックス ※ネタバレあり
後半では、そんな狂人二人が邂逅するという展開を迎える。
犯人側は完全犯罪に限りなく近い状態なのだから黙っていればいいものを、この彼氏に会って”あること”を試してみたいというアイデアが閃いてしまったことから衝動を抑えられなくなり、自らその住所へと出向いていく。
「私がお探しの犯人です」と言われれば当然彼氏に殴られるわけだが、ひとしきりやられた後に「何てことするんですか」とでも言いたげなムスッとした表情をする辺りが笑える。自分の立場分かってんのかと。
一方で彼氏の方も狂っていて、「真相を教えて欲しくはないのか?」という犯人の口車に乗せられ、知りたいという思いが高まり過ぎて、その言いなりになってしまう。
最終的に犯人から睡眠薬入りのコーヒーを差し出され、「これを飲めば君を彼女と同じ目に遭わせる。そうすれば彼女の身に起こったことが分かるよね。死ぬけど」という凄まじい二者択一を迫られる。
恐らく犯人はコーヒーを飲むか飲まないかを確かめたくて接触してきたのだろうと思うが、これを飲むという常識をフライングした彼氏の反応には、さすがの犯人もビックリだったのではなかろうか。
狂人と狂人が織りなす鬱エンディングは見事なものだった。イヤ~なものを見せていただいた。
瞬発力はさほど高くないのだが、もともと狂っていた人間と、おかしくなってしまった人間が織りなす奇妙なドラマには鑑賞後にも尾を引くものがある。
コメント