(2025年 アメリカ)
そこそこ豪華なのにまったく面白くない、安定のネトフリクォリティ映画。実績あるジャーナリストのはずが驚くほど立ち回りが下手くそな主人公と、「それでうまくいくと思ってたん?」と呆れざるを得ない黒幕との泥仕合を見ているのは苦痛だった。
ベストセラー原作のダメサスペンス映画
どんな映画なのかも知らず、短い上映時間だったので何となく見始めたら、キーラ・ナイトレイが出てきたので驚いた。
美しい撮影にもお金がかかっていそうだったので、一時停止してネット検索してみると、アメリカではベストセラーになった小説の映画化らしい。
これは期待できそうだと思い姿勢を正して見たが、全然面白くなかったのでガッカリした。
主人公ローラ(キーラ・ナイトレイ)は実績あるジャーナリストだが、密着していた取材対象が口封じに遭って殺されたことから無気力状態となっていた。
上司からは休暇取得を勧められるも、根っからのワーカホリックであるローラのこと、休んだところで頭から仕事が離れることはないため、大富豪の慈善事業の発表会という軽めの取材を引き受けることにする。
その大富豪とはノルウェーの海運業者であるリングウッド夫妻。
妻アンネが白血病を患ったことを機に夫リチャード(ガイ・ピアース)はガン研究財団の設立を決意した。その資金集めのため富豪仲間を豪華クルーザー旅行に招待し、寄付を募るというわけだ。
適当にインタビューをしてそれなりの記事を書いておけばいいと気楽に構えていたローラだが、初日の夜に隣室10号室より男女の揉める音が聞こえてくる。慌ててベランダに出たところ、女性が海に落下する瞬間を目撃。
慌てて緊急停船と救助を求めるローラだが、乗員・乗客は全員揃っており不明者はいない、そもそも10号室は無人だったということで、誰からも相手にされないというのが、ざっくりとしたあらすじ。
ヒッチコック的というか、アガサ・クリスティ的というか、「人がいなくなる」系の話はサスペンスとしては割と王道。これをどう調理するかで監督の腕前が問われるわけだが、その点で本作は赤点だった。
船客は全員が大富豪であり、いずれも世界を動かすほどのパワーの持ち主であるというユニークな設定をまるで活かせていない。
日本で言えば、柳井正、孫正義、前澤友作らがズラっと顔を揃え、彼らを楽しませるためだけに矢沢永吉も駆けつけるようなパーティーで、一新聞記者が大立ち回りを演じるというお話なのである。
うわべではニコニコと気さくな人物であっても、もしも機嫌を損ねれば出版社ごと主人公を捻り潰しかねない経済界の巨人揃い。
こうした相手を前に、目撃者が自分一人しかいない事件をどう解決していくのかがローラに課せられた使命だったわけだが、まったくと言っていいほどその緊張感を表現できていない。
それどころかただ一人喚き散らすローラがひたすらウザイ人でしかなく、同乗者でこういう人がいると絶対に嫌だろうなぁとしか感じなかった。
それは「トトロいたもん!」とムキになって主張するメイちゃんレベルであったが、あちらは4歳児、こちらは40代女性である。
中途半端なガスライティングもの
さまざまなネット記事を読んでみると、本作はガスライティングものでもあるらしい。
“ガスライティング”の語源は、イングリッド・バーグマン主演の名作『ガス燈』(1944年)である。夫が妻を心理的に操り、彼女が自らの正気を疑うよう仕向ける心理的虐待が、その内容だった。
そして今の今まで私は知らなかったのだが、第一次トランプ政権が発足した2010年代において、この言葉は欧米を中心に大流行したらしい。
トランプは自らへの批判を「フェイク・ニュース」と断じ、対象である自分に問題があるのではなく、「問題だ」と報じるメディアのほうにこそ問題があるという発信をした。これこそが”ガスライティング”であるとして、欧米で流行したのだ。
どちらにも与せず第三国より傍観している私の目からすると、トランプ憎しでバイアスがかかったメディアの報じ方にも問題があり、メディアだって別方向に向かってガスライティングしてるじゃないかと思わなくもないが、とりあえずそういうことらしい。
で、本作は事件の唯一の目撃者であるにも関わらず、その目で見たものを否定される主人公の姿を描くことが趣旨の一つだったとされる。
原作者のルース・ウェア自身がその旨のコメントをしているのだが、実写化された本作では、誰からも聞いてもらえない恐怖というものをうまく表現できていない。
考えられる原因の一つとしては、上記の通り主人公の騒ぎ方が常軌を逸していたために、彼女への共感が生まれなかったことがある。
どんどん自分を追い込んでいくローラの錯乱ぶりからは、「娘がいなくなった」と言って暴れ狂うジョディ・フォスターが面倒くさくて仕方なかった『フライトプラン』(2005年)を思い出した。
ローラはベテランジャーナリストなのだから、伝え方に関してはプロではないのか。自分の立場を悪くするしか効果のない騒ぎ方をするのはまったく腑に落ちなかった。
船に居合わせた元恋人のカメラマンからは、「あと1日半もすれば下船するのだし、どうしても気になるならその後に警察に行けばいいじゃないか」とアドバイスされる。
まったくその通りだと思うのだが、この言葉を振り切ってまでローラが陰謀の追及に拘らねばならない背景が不足していた(直前の案件で取材対象が殺されたことが関係しているのだろうが)。
もう一つは、ローラが自分の記憶に対して確固たる自信を持ち続けたことにある。
認識の揺らぎにこそガスライティングものの特徴があるのだが、本作はその点を描けていないので、実に中途半端に感じた。
その陰謀、無理ないか?※ネタバレあり
後半になると陰謀の正体が明かされる。
海に落とされたのは大富豪アンネその人だった。
大病を患ったことで人生観が一変したアンネは、その膨大な富をすべて慈善活動に寄附するつもりでいたのだが、婿養子であるリチャードからすると、俺が引き継ぐはずの財産に何てことしてくれるんだという話になる。
リチャードは自身が出資するベンチャー企業の顔認証システムを用いてアンネと同じ顔を持つ女性を探し出し、アンネに代わって財産処分に関する発表をさせるつもりでいたのだ。
が、実行前にアンネに見つかり、揉み合いの末に彼女を死なせてしまい、その死体を海に投げ捨てた。ローラが目撃したのはその断片の光景だったのである。
替え玉を使って人をだまくらかせるという発想は悪い意味で凄い。
相手がローラのようなジャーナリストのみであれば、あるいは可能だったかもしれないが、アンネ当人をよく知る知人の前に替え玉を出せば、話し方や話題の持っていく先で違和感を与えるだろう。
またいくら替え玉を立てたところで、財産処分については書面も必要になってくるはずで、サインの筆跡などはごまかしようがない。この点はどうするつもりだったのか。
顔が似ている人間を連れてくればすべてを偽装できるという発想はないわ。
あと、それほど重要な替え玉を、客が寝泊まりしている隣の部屋に入れておくという発想もない。
物音などで「誰かいる」ということは分かってしまうものだし、偶然に鉢合わせをするリスクも高まる。
もっとバレないところに隠しなさいよ。
また真相に気付いたローラの口封じに失敗した時点で彼の陰謀は終わってるのに、その後も往生際悪くお披露目パーティーをする行動も謎だった。 さすがのガイ・ピアースをもってしても、リチャードの阿呆さ加減は隠しきれていない。


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