ベケット_陰謀の正体に魅力がない【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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陰謀
陰謀

(2021年 イタリア・ブラジル・ギリシャ)
Netflix初のギリシャ映画で、国際色豊かな布陣を揃えてはいるのですが、どうにもそれが映画としての面白さには繋がっていません。またサスペンスアクションと政治劇のハイブリッドを狙った構成も成功しているとは言えず、全体的につまらなくはないんだけど上手くいっていない部分も多いという程ほどの出来に収まっています。

作品解説

国際色豊かな布陣

本作はもともと劇場公開される予定で製作されていたのですが、Netflixが配給権を買い取ったことから配信作品となりました。Netflixとしては初のギリシャ映画であり、他にイタリア、ブラジルも製作国として名を連ねているという国際色豊かな作品となっています。

スタッフ・キャストも同じく。

監督・脚本を務めたフェルディナンド・シト・フィロマリノはイタリア出身で、1986年生まれの若いクリエイターです。本作が長編2作目となります。

そんな彼をプロデューサーとしてサポートするのは、ヴェネツィア国際映画祭で審査員を務めた経験もあるイタリア映画界のベテラン監督 ルカ・グァダニーノ。

主演は話題作への出演が相次ぐアメリカ人俳優ジョン・デヴィッド・ワシントン、共演はスウェーデン人のアリシア・ヴィキャンデルにルクセンブルク人のヴィッキー・クリープス、音楽は日本人の坂本龍一。

これだけ国籍がバラバラだと現場での意思統一も大変だったのではないかと思います。フィロマリノは新人監督ながらこの異例の現場をよくまとめたものだと感心します。

なお、ギリシャでの撮影現場にはワシントンの父デンゼルも見学にやってきたそうです。デンゼル・ワシントンがやってきたら現場も沸くでしょうね。

ギリシャ財政危機について

ギリシャ政界の闇にスポットを当てた本作の物語には、2009年に発覚したギリシャ財政危機が大いに反映されているようなので、簡単にその内容にも触れておきます。

ギリシャ経済は観光業や海運業を軸とし、一人当たりGDPはルーマニアやトルコといった隣国のほぼ2倍で、バルカン半島ではもっとも豊かな国です。

政治的には『Z』(1969年)で描かれた軍事独裁政権が1967年から1973年まで継続し、その後に民主的な選挙に基づく二大政党制へと移行したのですが、ここで後の財政危機の種がまかれることになります。

時の政府は選挙に勝つため国の生産能力を越えた公共サービスを国民に対して提供するようになり、年金受給開始年齢は53歳にまで引き下げられ、年金支給額の所得代替率(リタイア前の給与に対する割合)は90%という超高福祉国家に。年金の所得代替率90%はドイツの2倍、日本の3倍という極めて異常な値です。しかも独身の娘は年金を受給する権利を相続可能という至れり尽くせりの状態に。

さらには労働人口の1/4が公務員となりました。

当然のことながら税収での維持は不可能であり、国債発行で国家財政を賄っていたのですが、2009年10月に破綻の時はやってきました。

総選挙による政権交代で左派の全ギリシャ社会主義運動が政権を握り、彼らは中道右派の前政権 新民主主義党が統計操作をしていたことに気付きます。

こうして巨額の財政赤字が明るみに出たことでギリシャ国債の格付けはジャンクにまで引き下げられ、ギリシャ政府は資金調達ができない状況に追い込まれました。

ただし新民主主義党だけが悪かったのではなく、統計局に政治的独立性がなく政治家による不正を許していたのは全ギリシャ社会主義運動が政権を担った時期も同様であり、どちらの政党も嘘をついていました。またアメリカの大手投資銀行による指南の下、デリバティブを使って数字を誤魔化すということもしていました。

その後、問題はEU全土に波及し、ギリシャと同じく巨額の財政赤字を抱える国々(ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペイン)の国債は軒並み暴落。

これに対し国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)は金融支援を決定したのですが、当然のことながらギリシャに対する厳しい緊縮財政・構造改革とセットだったことから、ギリシャ国内では「そんなものに付き合ってられるか!」「上から目線のメルケルむかつく!(財政支援の中心はドイツだった)」という世論も根強く、大規模なデモや暴動が頻発するようになります。

そして大衆迎合的な政権が現れては、国際的な信用との間での板挟みにあって機能不全を起こすということを繰り返し、金融危機に見舞われた他国が回復の道を歩む中で、ギリシャだけは2018年まで金融支援プログラムを継続しました。

これがギリシャ危機のざっくりとした内容であり、大衆に対して甘いことを言う政党と、薄々「おかしい」とは思いながらも国が投げるパンくず拾いに夢中になる国民が起こした大問題でした。

国民が聞きたがらないことでも言える、イヤなことでも国民にさせられるという政治のリーダーシップがなくなるとこうしたことに繋がっていくという教訓が詰まっています。

感想

前半は素晴らしい面白さ

ギリシャ旅行にやってきたアメリカ人旅行者のベケット(ジョン・デヴィッド・ワシントン)が居眠り運転で交通事故を起こしてしまい、同行していた恋人のエイプリル(アリシア・ヴィキャンデル)を死なせてしまうのですが、失意のどん底にいるベケットがなぜか銃を持った刺客に命を狙われるというのが本作のざっくりとしたあらすじ。

言葉の通じない異国でいきなり命を狙われるというシチュエーションはロマン・ポランスキー監督の『フランティック』(1988年)にも通じるのですが、このシチュエーションの怖さ・面白さをサスペンスに反映することに成功しており、正体不明の敵からベケットが逃亡する前半部分には終始力が入りっぱなしでした。

加えてギリシャの片田舎というロケーションの美しさと、主人公が追い込まれる舞台としてこれを切り取った撮影の良さが光っています。特にベケットが崖っぷちに追い込まれる場面は見ているこちらまでが冷や冷やするほどの効果を上げており、スタッフの力量が光っています。

主人公ベケットに扮するジョン・デヴィッド・ワシントンは、『テネット』(2020年)に引き続いてよく分からない状況に巻き込まれる人物を好演しており、不意打ちを喰らっては動揺する彼のリアクションが物語全体に説得力をもたらしています。

また敵の戦力設定も丁度いい塩梅でした。ベケットは地元警察官のおっさんと謎の女の二人に追われるのですが、めちゃくちゃ強そうでもなければ、簡単に撃退できそうなほど弱くもない。この辺りも物語に説得力を与えています。

しつこく迫ってくるこの二人がなかなか不気味で、しかも一般の目撃者に対して暴力を振るうことを躊躇しないという「常識の通じなさ」みたいものも良かったです。どこにも逃げ場はないなという。

ドンデン返しが面白くない

ただし、主人公の逃走劇がひと段落して陰謀の核心に迫っていく後半になると、物語は失速気味になります。

この時、ギリシャ社会では左派政党のカリスマ政治家の甥っ子が誘拐されるという事件が世を賑わせていました。そしてベケットは事故で偶然にも犯人の隠れ家に突っ込んでしまい、そこで被害者を目撃してしまったものだから命を狙われるに至ったというわけです。

このからくりに気付いたベケットは地元の民主化運動グループの助けを借りつつアメリカ大使館に辿り着き、事の真相を話すのですが、大使館員(ボイド・ホルブルック)の反応がどうにもおかしい。

実はアメリカも地元政府とグルだったというドンデンがここで入るのですが、なぜアメリカがギリシャ政府とつるんでいるのか、自国民であるベケットを犠牲にしてまでギリシャ政府の秘密を守ってやろうとするのかという背景が描かれないので、非常に底の浅いドンデンとなっています。

私はこれを面白いとは感じませんでした。

なお、アメリカがグルというのは2009年のギリシャ財政危機において、その隠蔽スキームにアメリカの投資銀行が関与していたことを反映したのだろうと思うのですが、これを知ったところで面白くなるわけでもありません。

そして大使館員によると、くだんの誘拐事件は海運業での利益配分を巡る政治家とマフィアとの間のいざこざで起こったものであり、政治闘争ではないとの背景が語られます。

正義の人だと思っていた政治家もまた汚職まみれだったということが第二のドンデンなのですが、こちらもまた当該政治家の人となりや活動内容がまったく触れられていない状態でなので、「まさかあの人が!」という驚きも何もありませんでした。

なお、綺麗事を言っている政治家も汚職まみれというのは、ギリシャ危機において統計不正を指摘した左派政党もまた財政悪化や不正の当事者でもあったという事実を反映したものと思うのですが、これもまた知ったところで特に面白くはなりません。

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