アフターマス_シュワの演技力不足が史実を軽くしている【4点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2017年 アメリカ)
ドラマティックな史実を物凄く下手くそに映画化してしまった作品でした。語り口のまずさに加えて史実のどの部分にフォーカスするのかという選択もうまくいっておらず、全体的に失敗しています。また、シュワルツェネッガーに彼の演技力の限界を遥かに超えた役柄をやらせたことも失敗でした。唯一評価できたのは管制官ジェイクの物語であり、こちらをフィーチャーしてくれればより良くなったはずなのですが。

©Lionsgate

あらすじ

建築士のローマンは、近く孫を出産予定の娘と妻を迎えに空港へと向かうが、二人が乗った飛行機は上空で衝突事故を起こし、生存者はいなかった。この事故は、管制官のジェイクが飛行機の接近を見落としたために起こったものだった。

作品概要

2002年の実話がベース

原題は邦題と同じく”aftermath”。これは、大事件や災害の余波や過ぎ去った直後の時期を示す言葉です。

本作は2002年7月にドイツで発生したユーバーリンゲン空中衝突事故をベースにしています。この事故では乗員9名・乗客60名(うち45名が子供)を乗せたロシア旅客機と、乗員2名を乗せたDHLの貨物機がドイツ上空で接触し、71名全員が死亡しました。

その後の調査で、事故原因は当該地域の管制を担当していたスイスの管制会社スカイガイド社のミスによるものと判明しました。接近警報装置がメンテナンスのため作動していなかったこと、電話回線不調が原因で別の航空機の遅延が発生しており、管制官はそちらに集中していたこと、2名いなければならない管制官のうち1名が休憩中で、残る1名のみで管制業務をしていたことなどが重なって、両機の接近に気付かなかったのです。

2004年2月に、すでに離職していた元管制官が自宅前で刺殺されました。殺したのは事故で妻と子を失くしたロシア人建築士であり、彼は懲役8年を宣告されスイスの刑務所で服役しましたが、刑期を短縮されて2007年に出所。帰国したロシアでは英雄扱いされ、北オセチア共和国の建設副大臣に任命されました。

シュワ映画に似つかわしくないスタッフ

本作はダーレン・アロノフスキーがプロデュースし、『複製された男』(2013年)のハビエル・グヨンが脚本を書いており、おおよそシュワルツェネッガー主演作とは思えないメンツで製作されています。なおハビエル・グヨンはスティーヴン・セガールの娘である藤谷文子と結婚しているので、彼をアクション映画界の住人と言えなくもないのですが。

感想

シュワルツェネッガーが不適任

主人公の建築士を演じるのは70代のアーノルド・シュワルツェネッガーです。

隠し子騒動で大事な家庭を失い、俳優としてのパブリック・イメージも地に堕ちたシュワは、『サボタージュ』(2014年)や『マギー』(2014年)など家族を失う男の役柄をよく選択するようになっており、本作はその系譜に連なる作品であると言えます。史実上の人物がロシア人建築士であった点も、キツイ東欧訛りがあって常人離れしたゴツイ体格のシュワには合っていました。

ただし、スペック面での一致と役柄への適性は別問題であり、本作の主人公を演じるに当たって必要な演技力をシュワは示すことができませんでした。事故現場に入って娘の遺体を探したり、航空会社に直接掛け合おうとして相手方弁護士から侮辱されたり、妻子の墓標の前で寝るようになったりとシュワ扮するローマンの身にはいろいろ起こるのですが、狂気と背中合わせの喪失感というものをシュワはまったく表現できていませんでした。

それならそれで、シュワの演技力不足を補えるうまい脇役でも置いておき、その人物に感情表現を代行させればよかったのですが(グレン・モーシャワー扮する友人マットがちょっとそれっぽかった)、基本的にはシュワの一人芝居だったのでローマンの心境にまったく迫れていませんでした。

管制官側のドラマの方が面白い

管制官のジェイクがもう一人の主人公なのですが、ローマンとは対照的にこちらのドラマはうまく流れていました。

家庭を愛する真面目な管制官ジェイクは運悪く大事故の当事者となってしまい、やってしまったことへの罪悪感と猛烈なバッシングから死を考えるところにまで追い込まれるのですが、その後は職も土地も名前も変えて日常に戻ろうと努力します。

ジェイクの物語の振れ幅はローマン以上で小市民の悲哀というものに溢れているし、演じるスクート・マクネイリーは繊細な演技で見事にこれを体現できています。ただし作品は往年の大スター・シュワルツェネッガーをフィーチャーしており、ジェイクの物語にはさほど関心が払われていませんでした。これは残念な限りです。

史実に着目しても、設備不良や人員配置の不備といった組織の問題点が管制官個人の責任に転化された印象を受けるので、組織vs個人という社会派的な切り口を志向することも可能だったと思います。

作品はジェイクを基軸にして、背負いきれない罪を背負って生きなければならなくなった男の物語として全体を構築。観客がジェイクに感情移入し、彼の社会復帰を歓迎したところで遺族に殺されるというドラマにすれば面白くなったのではないでしょうか。

※ここからネタバレします。

クライマックスは蛇足

作品は基本的には史実通りに推移するのですが、クライマックスのみ大きく異なります。

史実での建築士の服役期間は2年程度だったのに対し、映画版では10年に延長されています。なぜこうなったのかと言うと、事件当時は幼かったジェイクの息子が成長してローマンに復讐しに来るというオチを加えたためです。

これにより作品は復讐の連鎖というテーマを鮮明にしたのですが、このテーマに意義があったかと言われると、そうでもありませんでした。殺す側の逡巡というものが事前に描かれていないので、殺人という行為がドラマ性を帯びていないのです。このオチにはむしろ安直さを覚えたほどであり、史実を改変してまでやることではなかったと思います。

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