(1998年 イギリス)
ベルリン国際映画祭で特別表彰を受けた美しい撮影や、オチを知る前後では全然違う話に見えるという凝った構成など、技術的には素晴らしい映画だと思います。ただし87分という短い上映時間すら退屈に感じるほど娯楽性が薄く、何か意味ありげなものを眺めていたら特に面白くなることもなく終わったという、インディーズ映画の悪いところもドバっと出ている映画でした。
あらすじ
マーティン(アレッサンドロ・ニヴォラ)は当時交際していたヘレン(レイチェル・ワイズ)の父を殺した罪で服役しており、刑期を終えた彼は9年ぶりに港町に帰ってくる。成長し美容師になったヘレンは、マーティンとの接触を避ける素振りを見せる。
スタッフ・キャスト
監督は『キラー・インサイド・ミー』のマイケル・ウィンターボトム
1961年イングランド・ブラックバーン出身。オックスフォード大を経てブリストル大で映画製作を学び、テレビ演出を経て『バタフライ・キス』(1995年)で映画監督デビュー。
時代劇(『日陰のふたり』)、社会派ドラマ(『ウェルカム・トゥ・サラエボ』)、SF(『CODE46』)、サイコサスペンス(『キラー・インサイド・ミー』)と幅広いジャンルを扱う監督で、国際映画祭の常連でもあります。難民問題を扱った『イン・ディス・ワールド』(2002年)でベルリン国際映画祭金熊賞受賞。
撮影は『ガタカ』のスワヴォミール・イジャック
1945年ポーランド出身。理由はよく分からないのですがポーランドは優秀な撮影監督を多く輩出している国であり、彼もそんな中の一人。
ポーランド映画界で活躍した後の1990年代に世界進出し、アンドリュー・ニコル監督の傑作SF『ガタカ』(1997年)やリドリー・スコット監督の『ブラックホーク・ダウン』(2001年)、大人気シリーズ『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(2007年)などを手掛けています。
本作にてベルリン国際映画祭特別表彰受賞。
主演はレイチェル・ワイズ
1970年ロンドン出身。ケンブリッジ大学で演技に目覚め、1993年に女優デビューし、スティーブン・ノリントン監督のSFアクション『デスマシーン』(1995年)で映画初出演。デスマシーン、何度も言いたくなる素晴らしいタイトルです。
すぐにハリウッドからも声がかかってキアヌ・リーブス主演のアクション大作『チェーン・リアクション』(1996年)のヒロイン役をゲットしたのですが、「1から10まで屈辱的な経験だった」と言うほど気に入らない現場だったらしく、すぐにイギリスに出戻りました。なおキアヌとの因縁はなかったらしく、『コンスタンティン』(2005年)で再共演しています。
『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999年)でハリウッド再進出するまでの間に出演したのが本作でしたが、ハリウッドの経験の反動からか、アーティスティックな映画に出たかった時期なんでしょうね。
国際的な謀略に巻き込まれた夫婦を描く『ナイロビの蜂』(2005年)でアカデミー賞助演女優賞受賞。ダーレン・アロノフスキー監督との結婚・離婚を経て、現在はホラー映画『ドリームハウス』(2011年)で共演したダニエル・クレイグと結婚しています。
登場人物
- ヘレン(レイチェル・ワイズ):舞台となる港町で美容師をしている。9年前、マーティンに父を殺されて天涯孤独の身になっている。目を引くほどの美人で男性との交際歴は豊かだが、決して体は許さない。
- マーティン(アレッサンドロ・ニヴォラ):9年前に交際していたヘレンの父親を殺害し、刑期を終えて街に戻って来た。
- ホンダ(ルカ・ペトルシック):ボスニア難民の少年で両親はなく、姉スモーキーと二人で浜辺の小屋に住んでいる。母親を自殺で失くして以来、言葉を発していない。盗聴が趣味。偶然道端でぶつかったヘレンに一目惚れし、その後を付いて回っている。
- スモーキー(ラビナ・ミテフスカ):ホンダの姉で街のバーで歌手をしている。奔放な性格で、誰とでも寝る。マーティンに惹かれている。
- ボブ(ベン・ダニエルズ):街の人気DJで、ヘレンと交際している。ヘレンが一向に体を許さないことから苛立ちがピークに達している。
感想
気味の悪いキャラの織りなす陰気な物語
登場人物は全員おかしいです。視点人物であるホンダという少年なんて言葉を発しないのにストーカーチックなところがあって、意中のヘレン(レイチェル・ワイズ)に無言でグイグイ迫っていくものだから、こんなのに付きまとわれたら大変だなとヘレンに同情してしまいました。
しかも趣味は盗聴であり、結構な機材を使って男女のやりとりなどを盗み聞きし、録音テープをストックしており、しかも盗聴行為を隠す気すらありません。よくこんなことされてヘレンも怒らないなと思いました。
ヘレンに付きまとうもう一人の男マーティン(アレッサンドロ・ニヴォラ)も同じくで、過去の殺人事件にまつわる複雑な事情を抱えているにも関わらず、思いつめた顔で突然ヘレンの前に姿を現わしたりするので、こんな怖い人とは誰だって距離を置きたくなるよなと思いました。
後の展開でマーティンには同情すべき背景があり、ヘレンの側にこそ相当な問題があったことが分かるのですが、それにしてもですよ。
ヘレンへの思いが通じないものだからヘレンに似た娼婦を呼んで思い出の曲をかけたりとか、あまりのイタさにドン引きでした。
短い上映時間なのに冗長さを感じる
本作はエンドクレジットを含めても87分という極めて短い映画なのですが、それでも冗長さを感じるという物凄い出来になっています。ただひたすらウジウジした登場人物が映し出されるだけで、物語がどの方向に向かって走っているのかも定かではないので、次の展開がまったく気にならないのです。
一般にキャラクターの成長などがないと長編映画の上映時間はもたないと言われていますが、その点があまり追及されていないことも問題だったと思います。
しいて言えばホンダの物語ですかね。ホンダ少年がいろんな背景を飲み込まなければならない大人の恋愛の難しさや、好きだけではうまくいかない男女関係の厄介さを垣間見ることで成長する話だったような気もします。
しかし、ホンダのキャラが特殊すぎて観客にとっての感情移入の対象になっていない上に、スタート地点とゴール地点を見比べてホンダに一体どんな変化があったのかが分かり辛いことから、観客を物語に縛り付けておけるレベルに達していません。
※注意!ここからネタバレします。
無償の愛が届かないこともあるという真理
とまぁ途中までは全然面白くなかったのですが、物語の見え方が180度ひっくりかえるオチと、それに付随するメッセージは良かったと思います。
前述の通りマーティンはヘレンにストーカーしていて気味が悪いのですが、ラストに明かされる9年前の事件の真相とは、父親を殺したのはヘレンであり、マーティンはその罪を被っていたというものでした。
マーティンはその人生をかけてヘレンの身代わりになったのに、ヘレンはその思いに応えてくれない。9年前の事件と8年間の服役ということで間に1年のタイムラグがあるのは、マーティンが黙ってヘレンを待っていた時期があったことを示しています。
自ら押しかけては迷惑だろうから、ヘレンの気持ちの整理がつくまで待とうという自制心が働いていたのがその1年間だったのでしょう。しかし待てど暮らせどヘレンは自分の前に現れないので、仕方なく様子を見に来たと。
いざ行ってみると当のヘレンはマーティンとの接触を極力避けるし、あまりにマーティンがしつこいので警察に付きまといを訴える始末。罪を被ってくれたマーティンの扱いがあんまりすぎやしませんかね。
もちろん服役中の8年間は時間の止まっていたマーティンと、その間にも人生が絶え間なく動き続けていたヘレンという外部環境の差もありますよ。それにしても、ここまでマーティンを袖にするヘレンは冷たく感じられました。
そして、ここから「無償の愛が相手から受け入れられるとは限らない」という監督からのメッセージが導き出されます。非常に冷酷だが、世の真理を的確に突いたメッセージ。これにはやられました。
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