8点/10点満点中
■善でも悪でもない人間の多面性
本作で描かれているのは単純な善悪では色分けできない人間の多面性です。完全に善良な人間はいないし、最低野郎にも同情すべき部分はあるという、人間社会の一側面を的確に切り取った内容となっています。
ミルドレッド
娘をレイプ殺人で喪った上に、警察の捜査が一行に進展しないことに業を煮やした彼女の行為には同情すべき点が多いのですが、物語を見ていくと彼女が単純な被害者感情のみで動いているわけではないことも見えてきます。
元夫や息子は家族の死から立ち直って自分の人生を生きようとしており、そんな彼らからすればミルドレッドの出した看板は自分達を悲劇に縛りつけ続けるものなので、二人とも看板の撤去を望んでいます。しかしミルドレッドは彼らの言い分を頑なに受け付けないのですが、その背景にあるのはミルドレッドの罪の意識です。事件当日に娘を夜歩きさせてしまったのはミルドレッドであり、その事実とまともに向き合うことには耐えられないから、彼女は常に憎むべき相手を探しています。本来それは事件の犯人であるべきなのですが、一体誰なのかが分からないので捜査に行き詰っているウィロビー署長に彼女の矛先は向いているのです。。
また、彼女は本質的な人間性に問題を抱えています。大きな恩義があるにも関わらず小人症のジェームズを邪険に扱い続けているのですが、他方で第三者の目がない二人だけの場だとジェームズに対しては普通に接していることから、ミルドレッドには「障害者のジェームズと親しいところを他人に見られたくない」という差別意識があるようです。被害を訴える側が決して善意の人間ではないという点にこそ、本作の秀逸性があります。
ウィロビー署長
序盤では捜査で結果を出せないダメ署長に見えていたのですが、実は登場人物中もっとも真面目で善良な人間であることが分かってきます。
末期がんで余命いくばくもない状態にあるにも関わらず自分自身の事情よりも家族や部下への思いやりを常に優先し、行き場のないミルドレッドの怒りの捌け口にされてしまった後でも彼女の立場への理解を示していました。責任者として結果を出せないことへの批判は仕方ないにしても、それはあくまで彼の立場に対する批判に留めるべきであって、個人への誹謗中傷の域にまで達するべきではありませんでした。
ディクソン巡査
短気で暴力的で人種差別主義者という最悪の人間として登場するのですが、「本来のお前は良い奴なんだから短気はやめろ」というウィロビー署長の遺書や、不当な暴力を振るったにも関わらず火傷をした自分に親切にしてくれたレッドの善意によって、彼は良い方向へと変わっていきました。最低の人間であっても巡り合わせによっては改善の余地があるということを彼の存在は示しています。
■人間関係のパワーバランスの変化
また本作で面白いのは、人間関係におけるパワーバランスの変化が大きなキーとなっていることです。同情される立場にいる人間の言い分は正義とされることが多いという社会の真理を的確に切り取った内容となっているのですが、これは固定ではなく常に流動しているという点が興味深くもありました。
まず本作で正義の立場をとったのはレイプ被害者の家族ポジションにいるミルドレッドであり、哀れな母親の意見看板に面と向かって言い返せる人間など居なかったのですが、彼女の批判の矛先を向けられたウィロビー署長の自殺によって、力関係は一気に逆転しました。実際にはミルドレッドの件とウィロビーの自殺には関係がないのですが、ミルドレッドを批判したい人達はウィロビーの死とミルドレッドの自殺を関連付けることで正義をとったのです。
■結論のつかないラストも的を射ている
物語は、この事件の犯人ではないが、たぶん何かをやらかしているであろう元軍人の元にミルドレッドとディクソンが出掛けるところで終わるのですが、肝心の犯人が見つからない上に、この元軍人を殺すのかどうかすら決まらない段階で物語は幕を閉じます。
この尻切れなラストに鑑賞時には「え、終わり?」と何だか肩透かしを食らったような印象を持ったのですが、鑑賞後に考えるとこの終わり方がもっとも正しいことに気付きました。本作は絶え間ない人間関係の変化をテーマにしており、終わりなどないのです。仮に元軍人を殺そうが、真犯人が見つかろうが、それが終わりになるわけではなくまた別の変化が起こるだけなのだから、結論を付けないラストこそがこのテーマにはもっとも相応しかったと言えます。
Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
監督:マーティン・マクドナー
脚本:マーティン・マクドナー
製作:グレアム・ブロードベント、ピート・チャーニン、マーティン・マクドナー
出演者:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ
音楽:カーター・バーウェル
撮影:ベン・デイヴィス
編集:ジョン・グレゴリー
製作会社:ブループリント・ピクチャーズ、フォックス・サーチライト・ピクチャーズ、フィルム4・プロダクションズ、カッティング・エッジ・グループ
配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(米)、20世紀フォックス映画(日)
公開:2017年11月10日(米)、2018年1月12日(英)、2018年2月1日(日)
上映時間:115分
製作国:アメリカ合衆国、イギリス
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