ゲティ家の身代金【7点/10点満点中_良質な大人のエンタメ】(ネタバレあり・感想)

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実録もの
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(2017年 アメリカ、イギリス)
1973年。大富豪・ジャン・ポール・ゲティの孫がローマで誘拐された。犯人グループは身代金1700万ドルを要求するが、ゲティは支払を拒否する。

7点/10点満点中 ゲティはドケチか策略家か

1973年に発生した実際の事件

人類史上初のビリオネアとなったジャン・ポール・ゲティの孫が誘拐され、ゲティ家の総資産額からすればはした金程度の身代金が要求されるものの、ゲティは「身代金を払う気はない」と支払を断固拒否したという実話が本作のモチーフです。

ゲティをどう評価するかは観客に委ねられている

本作は明確に善悪の色分けをしていないので、見る人によってゲティへの評価は異なるのではないでしょうか。彼を守銭奴のドケチじじぃと切って捨てることは簡単なのですが、私には一定程度の合理性のある行為として映りました。少なくとも、ミシェル・ウィリアムズ扮するアビゲイルのように「お金はお支払いしますから、お願いだから息子には手を出さないでください」という態度よりは良い結果をもたらしたと思います。

ゲティの対応は間違っていない

「もしここで身代金を支払ったら、他の14人の孫たちも金目当てに誘拐されるかもしれん」という彼の言い分は的を射たものだったし、身内も含めて周囲は敵だらけと見ているゲティが全幅の信頼を置く数少ない腹心の部下だった元CIAのチェイスを送り込んで対応に当たらせたという点からは、ゲティとしても本件を最優先事項として捉えていたことが伺えます。

また、言われるがままに身代金を払えば犯人からチョロい相手だと見做されて際限なく要求されたり、侮りを受けた結果として約束を反故にされて人質を口封じのために殺される虞もあっただけに、犯人より一枚も二枚もうわての交渉人を置いて主導権を奪われないようにし、同時に身内はテンパっている様子を見せず、犯人の思い通りにはいかないという意思表示をした対応策は最善だったと思います。

非凡さゆえに理解されなかった人物ではないか

本作を見ているとロン・ハワード監督×メル・ギブソン主演の『身代金』を思い出したのですが、あの映画でも身代金を払ったとしても人質が必ず帰ってくるという保証はないし、払わないからといって絶対に帰ってこないわけでもないという大命題の元で、命を挟んだ駆け引きが描かれていました。メル・ギブソン演じる主人公は強気を装った態度から(内心では息子の無事を祈るような気持ちだが、犯人に対して懇願する態度は決してとらない)、FBIからも奥さんからも理解されずに孤立するという展開を迎えましたが、本件におけるゲティにも似たようなところがあったのではないでしょうか。ビジネスで大成する人間には非凡な部分があるのですが、ゲティは凡人からは理解されないレベルで一切の事象を捉えており、それが非情と受け取られることも多々あったのだろうと思います。

金の問題ではない(©コウ・キエイ)

ゲティは極端なドケチとして描かれていました。高級ホテルに宿泊しているのに小銭が勿体ないからと言って衣服の洗濯を自分でしたり、所帯を持った息子に一切の経済的援助を与えずに富豪の子息とは思えないほどの庶民的な生活をさせていたりと。ただし、彼は持っている金を自分でも把握できていないと言ったり、また美術品の収集など金をかけるものには惜しみなく支払っており、何よりも金が大事というわけでもないようです。

金持ちを見ていると思うのですが、生活にはまったく困らないレベルで資産を持った人々は、金を評価の指標として捉えている傾向があります。もはや一生かけても使いきれないほどの金を持っているのだからこれ以上求める必要はないのですが、彼らは自分自身の評価を稼ぎの額や総資産額で測っているし、目の前の支出の価値も同様に測定しているのです。投資価値がないと判断すれば1セントも払うつもりはないが、価格以上の価値があると見做したものには100万ドルでも即決できる。庶民と金持ちでは金というものの捉え方が根本的に違うのだろうと思います。ちょっとでもお金が入ると普段なら絶対に買わないものにでも無駄遣いをしてしまう私のような人間からすれば、すべての支出を冷静に判断するゲティのようなメンタリティが欲しいものです。

俳優交代劇の影響

騒動の顛末

当初、ゲティ役はケヴィン・スペイシーで撮影は完了しており、予告の時点でもスペイシーだったのですが、2017年12月25日の公開まで2か月を切った2017年10月29日にスペイシーのセクハラ報道がなされ、10月30日にスペイシーは謝罪文を公表したもののセクハラ問題を性的マイノリティへの差別問題に転嫁させるような内容で大炎上。これを受けて、11月8日にリドリー・スコットはケヴィン・スペイシーの全出演シーンの撮り直しを決断。11月20日から29日にかけて再撮影を行い、徹夜での編集を行って12月7日に劇場公開版を完成させました。

コッポラがハーヴェイ・カイテルをクビにした『地獄の黙示録』や、全体の半分近くを撮り終えたところでエリック・ストルツがコメディに向いていないと判断された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など、撮影がある程度進行した段階での俳優交代劇はごく稀に発生するものですが、一本丸々撮り終えて編集までが完了した段階でメインキャストが交代するという事態は前代未聞。再撮影報道がなされた際、私は公開延期かと思ったのですが、わずか1か月で再撮影と再編集を終えてみせたリドリー・スコットとそのスタッフ達の早業にはただただ驚嘆しました。企画からたった9か月で公開にまで持っていった『ペンタゴン・ペーパーズ』でのスピルバーグの早撮りにも驚かされましたが、不測の事態の発生をたった一か月でリカバリーし、しかも代役を務めたクリストファー・プラマーにオスカーノミネートの栄誉までもたらしたスコットの手腕はその比ではありません。

晴れて監督が要望したキャスティングが実現した

さて肝心の役柄へのハマり具合ですが、事件発生当時80歳だったジャン・ポール・ゲティを58歳のスペイシーに演じさせる当初キャスティングの方にこそ無理があり、88歳のプラマーの方が適役だったと言えます。リドリー・スコットが当初ゲティ役に希望していたのはプラマーだったものの、ビッグネームを望むスタジオの意向によってスペイシーがキャスティングされたという経緯があったのですが、それが監督の要望通りに修正されたということになります。

スペイシー版が日の目を見ることは恐らく永久にないため完成した作品の比較はできないのですが、スコットによるとスペイシーが演じるゲティは情け容赦のない感じだったのに対して、プラマーは非常に人間的だったとのことであり、単純な善悪を付けない作風においてはプラマー版の方が正解だったのではと思います。

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All the Money in the World
監督:リドリー・スコット
脚本:デヴィッド・スカルパ
原作」ジョン・ピアースン「ゲティ家の身代金」(Painfully Rich: The Outrageous Fortunes and Misfortunes of the Heirs of J. Paul Getty)
製作:リドリー・スコット、クリス・クラーク、クエンティン・カーティス、ダン・フリードキン、ブラッドリー・トーマス、マーク・ハッファム、ケヴィン・J・ウォルシュ
出演者:ミシェル・ウィリアムズ、クリストファー・プラマー、マーク・ウォールバーグ、チャーリー・プラマー、ティモシー・ハットン、ロマン・デュリス
音楽:ダニエル・ペンバートン
撮影:ダリウス・ウォルスキー
編集:クレア・シンプソン
製作会社:スコット・フリー・プロダクションズ、インペラティヴ・エンターテインメント
配給:トライスター・ピクチャーズ(米)、ソニー・ピクチャーズ・リリーシング(英)、KADOKAWA(日)
公開:2017年12月25日(米)、2018年1月5日(英)、2018年5月25日(日)
上映時間:133分
製作国:アメリカ合衆国、イギリス

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