(2016年 アメリカ)
素晴らしい映像と音響、上質な演技、知的な脚本、硬派な雰囲気とすべてが揃った高尚な作品だったのですが、面白くないという欠点だけは如何ともしがたかったです。こういうのを見ると、知的なのに娯楽性もちゃんと担保するクリストファー・ノーランってやっぱり凄いんだなと思います。
感想
思考と言語の話
ちょっと前にNHKの人気番組『チコちゃんに叱られる!』を見ていたら、「なぜ国によって言語が違うのか」という問いを扱っていました。
その回答とは、大事なものがバラバラだから。
フィンランドでは「雪」にまつわる言葉が数十種類もあり、モンゴルでは馬を表す言葉が細分化されています。これが言語の多様性に繋がっているというわけです。
私が聞いた話でも似たような例があって、「肩こり」というのは夏目漱石が名付けた日本にしかない表現なのですが、来日した外国人がこの言葉を知ったことで、自分の体に起こる肩こり症状を自覚し始めたと言います。
すなわち思考と言語は密接に結びついているというわけです。
そのテーマを宇宙的なレベルで敷衍したのが本作。
ある日、巨大な宇宙船が世界各国に飛来。とりあえず彼らの意図を探らなきゃいけないというわけで、各国政府は言語学者を集めて彼らの言語を理解しようとするのですが、宇宙言語を身に着けることで宇宙人の思考方法も習得することになるというのがザックリとしたあらすじです。
原題は来訪者を意味する”Arrival”なのですが、過去にチャーリー・シーン主演のB級SF『アライバル-侵略者-』(1996年)があったためか、邦題は『メッセージ』に変更されています。
作品の主題を考えると、邦題の方が合っているような気がしますが。
そして良くも悪くも本作の特徴なのが、ファーストコンタクトものの王道を意図的に外してきているということです。
巨大UFOの仰々しい登場場面なんて『未知との遭遇』(1977年)やら『インデペンデンス・デイ』(1996年)やらで散々やってきたことなので今回は割愛するよとか、市民のパニックや大統領演説はなしよとか。
また、限られたコンタクトのチャンスをどう有効利用するかという従来の筋書きを覆して、UFOは長期に渡って同じ場所に滞在し、内部には簡単に入ることができる。コミュニケーションの機会も豊富に与えられるという筋書きにしています。
定石を崩してもなお映画として成立させた脚本家の構成力が光っているのですが、UFO飛来のようなバカバカしくも盛り上がる場面が落とされたことは味気なくもありました。
とんかつを塩で食べてくださいと言われた時のような感じでしょうか。こちらはソースをドバドバかけて食べたいのに、店主のこだわりに付き合わされているような気がしました。
そんなわけで、高尚だしよく出来てはいるのですが、面白くありません。それが本作最大の欠点ですね。
科学というよりも哲学
そうして辿り着いた宇宙人の思考には、時間の概念がありません。まだ事が始まっていない段階から、将来の結果ありきで話をする『ウォッチメン』(2009年)のDr.マンハッタンみたいな感じです。
本作で言えば中国人将軍との絡みがまさにそれで、主人公はUFOを攻撃しようとする中国人の将軍を電話で説得し、思いとどまらせることに成功します。
ただし彼の携帯番号を聞き出したのはすべての事が終わってから開催された祝賀会の席であり、「過去の私にこの言葉を言えば、その時点では見ず知らずのあなたの言葉でも信用しますよ」というキーワードもその場で与えられます。
事態が円満に解決した後の未来で与えられた情報を元に、過去において電話をかけて事態を解決する。
タマゴが先かニワトリが先かみたいな話になってきて頭がこんがらがってくるのですが、要は、時間とは我々が認識しているような”線形”のものではなく、原因が発生した時点ですでに結果までが確定する”点”のようなものなのでしょう。
「要は」と言いつつ、本音では今でもしっくりと来ていないわけですが(笑)。
なぜしっくりこないのかというと、物理的にどうすれば原因と結果が同時に発生するのだろう、プロセスがベールのように薄いものとなり、原因と結果が重きを占めるということが現実にあり得るのだろうかということがスッキリしないためです。
このように本作の時間の概念を論理的に突き詰めていくと分からないことだらけなので、おそらくこれは哲学的な命題として理解する方が正しいのでしょう。
で、哲学的にこれを捉えると結構ショッキングです。
対象を知覚した瞬間にその結果までが見通せてしまう。結果が分かっているということは、自分がそれをやるということもすでに決定済みであるわけで、そこには選択という概念も存在しない。
顛末が分かり切ったことをただただ受け入れ、イヤな結末であっても改善の余地はなく、なるようにしかならない。もし私ならこういう主観は耐えられませんね。
「悪いことが起こるとは限らない」という結果の不透明性と、「自分の努力が結果に影響を与えられる」という希望的観測があるからこそ、前向きに生きられるのです。
だから辛い将来のビジョンと共存する主人公の凛とした態度には疑問が沸きました。人間って、本当にあの境地でも生きていけるのだろうかと。
SFに登場する軍人はなぜ阿呆揃いなのか
もう一つ残念だったのは、徹頭徹尾クールな本作において、軍人たちがやたら間抜けだったということです。
『地球の静止する日』(1951年)よりSF映画の軍人とは過剰なまでにタカ派であり、UFOと見ればとりあえず攻撃しようとする性分の持ち主なのですが、この手合いが本作に登場するとかなり浮いてしまいます。
宇宙人を敵と見做すにせよ、攻撃するからには「勝ち目」というものが必要になります。すなわち、こちらの攻撃力でも相手に損害を与えられるという根拠があってこそ攻撃が選択肢になってくるわけで、どうすれば倒せるのか分からない相手に発砲するのは、タカ派を通り越してバカ派です。
『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)で、ゴジラに対して臨戦態勢を取ろうとする軍人に対して、カイル・チャンドラーが「攻撃したとしてゴジラを倒せるのか?倒せないなら無闇に刺激するな」と言う場面がありましたが、そういう分別が本作にはないわけです。これは残念でした。
また、攻撃すると決めた途端に国同士の連絡が途絶えることも変でした。攻撃するならばこそ国家間の連携が重要であり、むしろ連絡は密に取らねばならない場面だと思うのですが。
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