(2023年 アメリカ)
我らがガル・ガドットがスーパースパイを演じた、シリーズ化する気満々のスパイアクションだが、見せ場がやりすぎの遥か上を行っており、もはや生身の人間が戦っているという感覚が残っていないので、まったく手に汗握らなかった。
感想
インテリジェンスを感じさせないスパイアクション
盆と暮れになったら急激に増えるネットフリックスのテレビCM。
視聴者の時間の奪い合いという点ではゴリゴリの競合だと言える動画配信業者のCMを流すとは、民法各局はどんだけ節操ないんだと思わなくもないが、ともかくこの夏にネットフリックスが押していたのが本作『ハート・オブ・ストーン』である。
これだけcmで見せられれば興味もわいてくるもので、とりあえず私も視聴してみたが、のっけから見せ場の連続なのに手に汗握らないという、娯楽アクションの末期的な症状を示していた。
2時間程度のアクション映画なのに途中で寝落ちしてしまい、二夜連続視聴でようやく完走したのだから、本作の出来がいかにアレだったかがお分かりいただけるだろう。
冒頭、MI6のチームが欧州最大の武器商人を拘束するための作戦をアルプスの雪山で展開するのだが、敵のネットワークに入れないというまぁまぁ初歩的なところで躓き、そこから先は雪だるま式にスケジュールが狂っていく。
メンバーの一人レイチェル・ストーン(ガル・ガドット)は技術担当者。
リーダーからは「現場経験がないお前はバンに控えてろ」と言われるものの、敵ネットワークに侵入できなければ作戦も何もあったもんじゃないというわけで、機転を利かせて現場に出て行く。
…のだけれども、ガル・ガドットを見て技術担当者だと思う奴なんてこの世にはいないわけで、案の定、彼女はエージェント以上に現場慣れした猛者であることが分かる。このサプライズのなさ加減は凄い。
彼女はMI6に潜入した二重スパイであり、その正体はチャーターと呼ばれる秘密組織の凄腕工作員である。
崩壊しかけた作戦を裏から立て直すと、ドジっ子を装ってチームに戻っていくストーンだが、この状況でストーンの小芝居を真に受け続けるMI6の連中の勘の悪さが光る。
このチームを率いるのはジェイミー・ドーナン扮するパーカーで、悪人顔のドーナンのことだから何か裏があるんだろうと思って見ていたら、案の定そうだったというのが第二幕の内容となる。
ガル・ガドットに引き続き、いかにも過ぎるキャスティングで脚本上のトリックをことごとく潰しにかかっているのが凄い。
そして4人のチーム中2名が二重スパイだったというMI6のガバガバ加減も凄い。採用基準はそこら辺のバイト面接よりもユルいんじゃないだろうか。
パーカーはかつてチャーターの指揮する作戦に関与したのだが、ハートというAIによる実に冷淡な計算の結果、地獄の戦場に放置されたという過去があり、辛くも生き延びた後には身分を変えてチャーターへの復讐の機会を伺っていたという。
二重スパイ天国のMI6はともかく、全世界の森羅万象をモニタリングしているというチャーターですら、因縁浅からぬパーカーの正体にまるで気づいていなかったというのは如何なものか。
パーカーが有能すぎるのか、チャーターが無能すぎるのかのどちらかなんだけど、何となく後者のような気がしてくる。
ガンダム的設定のスパイ組織
ここでチャーターという組織について触れるが、国境を越えて結成された平和維持組織であり、先述したハートという人工知能を中心に据え、各国諜報機関出身のメンバー達が実動を担っている組織体のようだ。
国家間の争いごとに介入する私設武装組織であるという点や、AIがその参謀であるという点など、『機動戦士ガンダム00』のソレスタルビーイングを容赦なく思い起こさせる団体である。
そして組織内は”スペード””クラブ””ダイヤ””ハート”の4部門に分かれており、それぞれにトップがいる。この辺りは『機動武闘伝Gガンダム』みたいでしたな。本作の脚本家はコアなガンダムファンなのだろうか。
『Gガンダム』には5000年もの間、人類史を影から見守ってきたシャッフル同盟なる秘密結社が登場するのだが(5000年前からトランプがあったのか?というツッコミはなしの方向で)、第14話で登場したのも束の間、その翌週の第15話では「さらばシャッフル同盟」と銘打たれた回が放送された。
そのぞんざいな扱いに当時の子どもたちは度肝を抜かれたものだが、最強の組織として登場しつつも、すぐに壊滅の危機に瀕するというガッカリ感は本作のチャーターにも共通している。
チャーターは各国の諜報機関にすらその存在を掴ませていない幻の組織のはずが、パーカー一人の策略で面を剝がされてしまう。よく今の今まで秘密を守りきれていたものだ。
その核である人工知能ハートは誰からも手出しをされないよう、上空2500メートルの飛行船内に設置されているのだが、パーカーに飛行船の所在地まで掴まれた上に、容易に上がりこまれてしまう。
人工知能にはロクに護衛も付けられておらず、パーカーを防ごうとヒーヒー言って戦っているのはストーン一人という体たらく。組織として脆弱にもほどがある。
このチャーターという組織が間抜けすぎる上に、規模などもよく分からないという点が、映画全体の面白さを相当毀損していると思う。
本作はシリーズ化を意図しているとのことなのだから、第一作はストーンとチャーターの紹介編として、あくまで強力な組織として描くべきだった。本丸に上がりこまれるのは続編以降にすべきだったのに、いきなり弱みを見せてどうするんだろうか。
見せ場のバランスの悪さ
見せ場はやりすぎの遥か上を行っている。
アスリート以上の動きで雪山を滑走し、ウイングスーツで高高度を滑空し、猛スピードで走るバイクからトラックへと飛び移るストーン。その動きは超人的過ぎて、もはや生身の人間が戦っているという感覚はない。
かと思えば、パーカーとの一対一の格闘では随分ともたついていて、さっきまで超人的な身体能力を披露していたのと同一人物とは思えない。
この辺りの見せ場のバランスの悪さはどうにかならなかったものだろうか。
スカイダンスが製作していることから、本作には『ミッション:インポッシブル』シリーズのノウハウが投入されているものと推測するが、『ミッション~』シリーズが見せ場の統一感では割と成功しているのに対して、本作はとっ散らかっている感がある。
これは監督の力量の問題なのだろうか。
また、これほど大掛かりなアクションをやると、今日びの視聴者は視覚効果によるものだと思ってしまう。
この点、トム・クルーズは見せ場のメイキングを惜しみなく出していくことで「これは本当に撮ったものです」という予断を観客に対して与える戦略を取って成功しているのだが、本作に関しては「やりすぎると嘘臭く感じられる」という点に対して、一切の対抗策が講じられていない点も気になった。
インタビューによるとガル・ガドットはかなり大変な撮影をしたようなので、その苦労が見る側にも伝わる工夫が欲しいところだった。
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