(2021年 韓国)
一話ずつ見るつもりが、一日で全話を見てしまったほど面白いドラマでした。地獄からの使者が人を殺しまくるという超常的な設定を置きつつも、集団ヒステリーや権力の暴走といった社会派な内容を据えた驚異の構成力が光っています。
感想
イカゲームを越える面白さ
韓国ドラマ×Netflixと言えば全世界の視聴回数の記録を塗り替えた『イカゲーム』(2021年)で、私も大いに衝撃を受けたのですが、たった2か月後にその『イカゲーム』を上回る作品に出会ったことは更なる衝撃でした。
本作『地獄が呼んでいる』は『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)のヨン・サンホ監督が自身のウェブコミックを実写化した作品なのですが、着想のオリジナリティと言い、問題の捉え方といい、娯楽への落とし込み方といい、『イカゲーム』を凌駕していました。
ダークファンタジーでありながら描いているのは現実社会であり、視聴者の感情を大きく揺さぶるドラマでもある。
一日1話ずつ見る予定が、僅か一日で全6話を鑑賞し終えるほどの勢いと没入感がありました。
ファンタジーの処理方法が見事
地獄からハルクのような3体の怪物が現れ、人をなぶり殺し始める。
本作の基本にあるのはダークファンタジー的な要素で、この現象の真偽や原因を探る物語だけでも1シーズンは使えそうな気もします。しかし作品の趣旨はそこにはないので、この現象自体に視聴者の関心を引き付けすぎないよう、ダイナミックな処理が施されています。
第一話の冒頭にて、大勢の目撃者や物的証拠を残す形で怪物を暴れさせて、起こっている現象の真偽や、人間が仕掛けた陰謀ではないかという推理の余地がまったく生まれない描写としているのです。
また怪物の暴れ方が圧倒的であり、人間側の反撃やコミュニケーションが一切通用しない人知を超えた相手であることを一目で理解させた演出も見事でした。
正義は大衆の感受性を鈍らせる
では本作で一体何が描かれているのかと言うと、圧倒的な脅威に対して人間社会がどう反応するのかという現実のドラマです。
まず、この現象に意味付けをする者が現れます。新真理教という新興宗教のチョン議長という若いイケメンが「罪を犯した者が地獄の制裁を受けている」と言い、そして「ああならないよう清く正しく生きよう」と社会に対して訴えかけます。
不可解な現象への説明をしてくれるので、みんなチョン議長の言葉を有難く拝聴するようになり、またその対処法も至極真っ当なものなので、「議長の言う通りだ!」と大いに納得するわけです。
各個人が内面で「これからは清く正しく生きよう」と納得するだけならまだ害もないのですが、目の前で生身の人間が地獄からの使者によってなぶり殺しにされているにも関わらず、「被害者はああなって当然の悪党」と考えて一切の同情をしなくなるという人間性の欠落にはそら恐ろしくなりました。
が、今は冷静ぶって論評をしている私自身もそうならない保証がどこにもない辺りが、人間心理の怖いところでもあります。正義を確信した瞬間に、人間の感受性は鈍くなってしまうのです。
そうした人間性の闇や集団心理の罠に容赦なく斬り込んだことこそが、本作の意義であると言えます。
正義を笠に着る暴徒
そして尖鋭化する者が現れ、「チョン議長のお言葉に従わない奴は社会にとって害悪だから、俺らが始末する!」といきり立って大変な迷惑行為を行うようになります。
そうした暴徒化した若者は「矢じり」と名乗っており、新真理教との形式面でのつながりこそないものの、直接手を下せない相手を処分する際に便利なので、新真理教は彼らをうまく利用しています。
この辺りはドラマ版『ウォッチメン』(2019年)の、秘密結社「サイクロプス」と白人至上主義集団「第7機兵隊」の関係のようで面白かったですね。バカな暴徒を利用する権力者という構図は社会を問わず普遍のものなのでしょう。
この矢じりは正義を唱えながら器物損壊や暴行を行うという大いなる矛盾を抱えた組織なのですが、当人達にその自覚がないので非常に厄介。正義を笠に着る組織は自己統制が利かないという真理を地で行っています。
我に正義ありとする集団は本当に情け容赦がなく、老婆を集団で取り囲んでバットで殴打するなど、常人ではやれと言われてもできないことを平気でやれてしまうのですが、人類史を振り返ればこのような集団はリアルに何度も出現しており、正義こそがもっとも厄介だということがよく分かります。
矢じりの大暴れと、その矢じりを煽動する新真理教のドラマにはかなりのフラストレーションを感じたのですが、フラストレーションこそがこのドラマの原動力であり、ぐいぐいのめり込んでいきました。
誤謬を認めない大組織
そんなこんなで新真理教は韓国社会の一大権力となり、警察すら彼らの言いなりというディストピアが生まれます。
そんな新真理教にとってのアキレス腱とは、「罪を犯した者が地獄の制裁を受けている」 という根本的な認識が、実は誤りであるということ。
彼らは誤った認識を元に誤った思想を流布し、実は罪人でも何でもない人達を公開処刑していたという同義的に許されない活動を行っていたわけですが、この誤謬を認めれば我が組織は崩壊ということで、この秘密を必死で守ろうとします。
正義を熱弁する一方で自分達は嘘をつくのかいという点に憤りを覚えるのですが、守りに入った大組織とは、往々にしてこういうもの。
「本当のことが発覚すると社会が大混乱する」ともっともらしいことを言って、隠ぺいを正当化するわけです。
そしてついに教義の反証となる決定的な事例が現れたことから、これを隠滅しようとする教団と、明るみに出そうとする抵抗勢力の攻防戦が始まるのですが、これが息をもつかせぬ展開の連続で、異様な面白さでした。本作は思いっきり娯楽もしているわけです。
最後の最後には感動もあって、実に充実した視聴体験ができました。物凄く面白かったです。
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