(2025年 アメリカ)
大好きなノア・バームバック監督作品だが、本作はやや低調な評価となった。スターの生き辛さという題材のユニークさゆえに、一般人にとって共感の接点の少ないドラマになってしまったことが敗因だろうか。

ノア・バームバック監督作品
『マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)』(2017年)、『マリッジ・ストーリー』(2019年)、『ホワイト・ノイズ』(2022年)と、ここんところNetflixと懇意にしているノア・バームバック監督の最新作(中規模予算のドラマ作品には大手スタジオでは予算が付かないという事情もありそうだが・・・)。
なおバームバック監督は「『バービー』のグレタ・ガーウィグの旦那」としての認知度の方が高まっているが、本作においてもグレタ・ガーウィグは小さな役で出演している。
メタ的要素満載のドラマ
架空の大スター ジェイ・ケリーがイタリアの映画祭より功労賞を授与されることになった。
当初はこれを断るケリーだが、ちょうど同時期に実娘が卒業旅行でイタリアを訪れることが判明し、映画祭への出席にかこつけて娘の旅行に付いて回ることにするというのが、ざっくりとしたあらすじ。
主人公ジェイ・ケリーを演じるのは、最近、フランス国籍を取得したことでも話題になったジョージ・クルーニー。
クルーニーは『フィクサー』(2007年)あたりから中年の危機をテーマにした作品にばかり出演しており、本作もその系譜に連なるものである。
クライマックスの授賞式で上映されるケリーのフィルモグラフィはジョージ・クルーニーの実際の出演作のコラージュであり、ケリーとクルーニーは限りなく一体ものとして扱われている。
このドラマの特異な点は、表面上、ジェイ・ケリーの人格に大きな問題はないということだ。
彼は社交的で、スターのエゴを振りかざすこともなければ、重圧に耐えかねて人を怒鳴り散らすようなこともない。
一見すると感じの良い人なのに、かつてのルームメイトからは激しい恨みを買っているし、二人の娘たちからは避けられている。
特に長女とは絶縁状態に近いのだけれど、ケリー自身もその理由がよく分かっていないし、観客にも一体何が問題なんだか皆目見当がつかない。
ケリーの回想も交えつつ、彼のどこに問題があったのかを解き明かすのが本作のゴールと言えるのだが、問題は、このストーリーに力強さがないことだ。
これは中年男を突き放した視点から描く辛辣なコメディなのか、老いと後悔についての内省的なドラマなのか、はたまた家族や友人との関係の修復を描く温かい人間ドラマなのか・・・
作品のトーンは終始安定せず、どのような物語を見せたいのか作り手が決めかねている印象さえ受ける。
愛すべき変人を扱ってきたノア・バームバック監督にとって、表面上は常識人であるジェイ・ケリーというキャラクターの扱いが難しかったのか?
なおIMDBによると、当初主演に想定されていたのはブラッド・ピットだったという。
悪い人物評の聞こえてこないブラピだが、ご存じの通り、元奥さんのアンジェリーナ・ジョリーからは恨まれ、実の娘たちからは絶縁状を叩きつけられている。
もしもブラピがジェイ・ケリーを演じていれば、得意の八の字眉毛をするだけで観客は多くを察し、場面によっては捧腹絶倒となったことだろう。
しかしブラピの降板後に主演を務めたクルーニーは私生活面でのトラブルを抱えておらず、メタ的要素の強い本作においてはミスキャストだったと言える(クルーニーの演技自体に文句はないものの)。
ラストのセリフの意味は(ネタバレあり)
ケリーの抱える問題のうち、いくつかの謎は解明される。
ルームメイトの演技を丸パクリして出世作のオーディションをパスしたこと、長女が生まれた直後に共演者とのロマンスに溺れてしまったこと
こうした失敗を踏まえ、クルーニーはクライマックスに観客に向けてこう呟く
「やり直せるかな」
これは、撮影現場でリテイクを求める冒頭に対応している。
より良いやり方を思いついたのでもう一度やらせてほしいという撮影現場でのやり取りは、すべてが一発本番の実生活では通用しない。
しかしパブリックイメージのコントロールを求められるスターにとって、撮影現場と実生活との垣根は限りなく低い。
前述のブラピに加え、トム・クルーズもジョニー・デップも、ハリウッドの大物俳優はことごとく私生活で失敗している。
本作のジェイ・ケリーが尊敬してやまないマーロン・ブランドに至っては、私生活はほぼぶっ壊れた状態だった。
ペルソナに隠れたスター俳優の生き辛さを描くことが本作の核心だったわけだが、その題材のユニークさもあり、一般人が感じることのできるドラマにはなりえていない。
これが本作の弱点だと思う。

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