ロスト・ドーター_母の罪をスローに描く【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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人間ドラマ
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(2021年 米、英、以、希)
含蓄に富んだ、いかにも評価されそうなタイプの映画ではあるのですが、娯楽性はほぼ切り捨てられているので面白くはありません。2時間は寝落ちしない程度のコンディションの日に見るべき映画。最後まで見れば、良い教訓を得られますよ。

感想

良くも悪くも賞狙いの作風

女優マギー・ギレンホールの監督デビュー作で、脚色も担当。ヴェネツィア国際映画祭では脚本賞を受賞しており、主に欧州で高い評価を受けているようです。

同じくNetflix作品であり、ヴェネツィア国際映画祭で監督賞を受賞した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)もそうでしたが、欧州の映画祭で受ける映画には共通する特徴があります。

意義深いテーマを扱っているのだが、主題が明確に語られることはなく、展開はスローで、演出にはたっぷりの余白が設けられている。

面白かったかと聞かれると、つまらないと答えますね。

脚本賞受賞ということで、もしかしたら含蓄に富んだ会話の妙でもあったのかもしれませんが、それが伝わるのはネイティブだけだし。

字幕か吹替で見る我々日本人にとっての加点要素にはならないので、これもツライところでしたね。

ただしそのつまらなさに耐えられれば、良いことを言っているので見る価値はあります。そういう映画。

観光地での不快な経験

この映画を貫くのは不快感の描写です。

ただしホラーやサスペンスのような劇的な不快感ではなく、もっと日常的で緩やかなものですが。

主人公の中年女性レダ(オリヴィア・コールマン)は、一人で海辺のホテルを借りて夏のバカンスを楽しんでいます。

リゾートには一番乗りだったようで、初日は景色も海も彼女一人のもの。ホテルやビーチのサービス係はレダ一人のために働いてくれて、日差しの角度が変わっただけでも「椅子の場所を変えましょうか」と言ってきてくれるなど、至れり尽くせり。

そんなパラダイスに柄の悪い大家族がやってきて、すべてをぶち壊しにされます。

見たくもない迷惑家族が視界に入ってきてうざくて仕方ないし、大騒ぎをするのでビーチ全体の雰囲気が悪くなってしまう。何のために高い金払ってここまで来たんだか。

この迷惑家族の振る舞いには際限がなく、これから誕生日パーティをするからという理由で、レダに場所を譲れとまで言ってきます。

「お前らの誰が誕生日かなんて知らんがな」とレダはささやかな抵抗を試みるのですが、「あのおばさん何なの?」みたいな目を向けられ、結局はプレッシャーに耐えかねてホテルに退散。

変な奴らのせいで旅行の思い出を台無しにされたという経験は多くの人に心当たりがあるもので、その場面を切り取ったギレンホール監督の手腕が光っています。

オリヴィア・コールマンはうまいけどミスキャスト

主人公レダを演じるのはオリヴィア・コールマン。

『女王陛下のお気に入り』(2018年)でアカデミー主演女優賞を受賞した他、これまた高評価を受けた『ファーザー』(2020年)でアンソニー・ホプキンスと共演するなど、毎年のように賞レースに絡む実力派です。

例に漏れず本作でもアカデミー主演女優賞にノミネートされており、知的で偏屈な役柄を高い演技力でこなしています。

ただし彼女がレダ役に本当にはまっていたかと言われると、微妙なところですが。

基本的にレダは美人扱い。エド・ハリス扮するホテルのサービス係からのアプローチを受けるし、海の家の学生バイトとのデートも楽しみます。

年齢は48歳なのですが、周囲からは実年齢よりも遥かに若く見えるようで、美魔女という言葉が当てはまる人物だと言えます。

日本で言えば松嶋菜々子や森高千里のイメージですかね。大きな子供がいると言われて驚くという感じは。

その点、オリヴィア・コールマンは年齢相応の見た目なんですよ。

なので、「え~、全然そんな歳には見えない!」という周囲からの反応が下手なお世辞にのようになっており、会話のニュアンスが変わってしまう場面もありました。

アンジェリーナ・ジョリーやウィノナ・ライダー辺りが演じるべき役柄だったんじゃないかと思いますよ。

子育ては苦行

話を映画の内容に戻します。

迷惑家族の中に、波長の合わない夫と抑えが効かない娘に挟まれ、実に生き辛そうにしている若いお母さんを発見して、レダは同情。

その執着たるや尋常なものではなく、常にガン見。あちらから気付かれるんじゃないのってレベルです。

レダは自分の子育て経験と重ね合わせて思いに耽っており、時に涙ぐんだりもするものだから、彼女はリゾート地らしからぬ異様な空気を発し始めます。

なぜそんなにこみあげているのかというと、レダ自身の子育て経験に全く楽しい思い出がなく、あの頃経験した苦痛が脳裏に甦ったからです。

私も3人の子の親ですが、子供って本当に厄介な生き物ですよ。

抑えが効かないほど大騒ぎをしたり、どうでもいいことで感情を爆発させたり、こちらの都合も考えずにまとわりついてきたり。

もちろん我が子はかわいいし、幸せを感じる場面もあるにはあるけど、どうしようもなく厄介に感じられる場面の方が圧倒的に多くて、うちの嫁もノイローゼ気味になっていた時期がありました。

「そんなに不満だらけなら3人も作るなや」と言われれば、「その通りでございます」としか言いようがないのですが、その「自分で選んで子供を作ったんでしょ」という正論も、親としてはキツかったりするんですよね。

それを言われてしまうと、誰にも相談ができなくなるので。

同じく、良い親でなきゃいけないという社会的な圧力も結構な負荷となっています。

こちらの対応力が限界で子供を無視してしまう、どうしても言うことを聞いてくれず子供に手をあげてしまう、こういう現実って子育てをしているとありますよ、残念ながら。

一方で、親は理想的に振る舞わなければならない、その理想からわずかでも外れてしまうと虐待だのネグレクトだのを疑われる世の中では、家庭内で起こっていることを誰にも相談ができません。

ママ友同士ですら、よほど親しくならないとこういう話をしませんからね。

そうして誰にも悩みを相談できない、ならばと育児書などを見ると、どこの天使ですかと言いたくなるような聞き分けの良い子供像を前提とした、実に理想的な子育て論しか書かれていない。

「うちの子供は言ったって分からないんですけど」という疑問を持っても、それに対する答えはどこにも書かれていない、誰にも相談できない。

そんな中で若い親たちは追い込まれていくのですが、レダの場合は更に一線を越えたことへの後悔も抱えています。

流れで不倫をしたところ家庭や子供といった呪縛からの解放感を味わい、それが忘れられなくなって、ついには家出をしてしまった。

家出した当初には、ちょっと息抜きをして満足すれば子供への愛情の方が勝り、またすぐに家庭に戻れるとでも思っていたのでしょうが、レダ自身も意外なほど子育てからの解放感は強く、結局3年も家を離れてしまった。

若いシングルマザーが子供を置き去りにして男と遊びに出てしまい、結果、子供を衰弱死させるという痛ましい事件が現実世界でも起こりますが、当事者はまさにこういう心境なんでしょうね。

ほんのちょっとの気分転換のはずが、気持ちが家庭に戻れなくなってしまったという。

レダの場合、代わりに育児を負担する夫と実家の存在があったので子供を死なせることはありませんでしたが。

しかし家庭や子供に背を向けた生活を「最高」だと感じてしまったことが彼女にとっての負い目となっており、何て酷い親なんだろうかといまだに自分を責めているわけです。

これら一連の感情は全部理解できましたね。子育てって苦行なのです。

人形の窃盗=説明のつかない悪事

そんなある時、迷惑家族の子供が迷子になるという事態が発生します。

かつて同様の経験をしたことのあるレダは、子供の行きそうな場所の当てを付けて無事保護。迷惑家族からも感謝されるのですが、その混乱の中で、子供が大事にしていた人形を自分のカバンに入れてしまいます。

この時のレダの心境はよく分かりません。

数日後には人形に着せる服を買いに行っており、綺麗にして返すつもりなのかなとも思ったのですが、結局は返さず仕舞い。

かと言って、大事な人形を失くして慌てる迷惑家族の姿を見て楽しんでいる様子もないので、意地悪をしたいわけでもなさそうだし、ホテルの管理人が部屋に来ても人形を隠したりもしないので、盗むつもりもないらしい。

終盤にてようやくレダ自身が人形について語るものの、「自分でもなぜ盗ったのか分からない」という曖昧な回答でした。

確かに悪いことはしたのだが、自分でもその説明ができない。

こういう無目的な悪事を働いてしまうことって、人間心理の一側面だと思いますね。「一体何の得があってこんなことを」と言われるような小さな悪事には、誰しもが心当たりあるんじゃないでしょうか。

本作のテーマに重ねて言えば、子供に辛く当たってしまった、子供からの愛情を拒絶してしまった、家庭に背を向けてしまった。傍から見ると「なぜそんなことを」とツッコまれることだし、当事者としても悪いことだという認識はあります。

悪いことだとは分かっているんだけど、その時はそういう反応をしてしまった。何の得もないのに。

これが人間という存在のどうしようもなさなのですが、後悔だけは残るわけです。

悩まなくても子供は育つ ※ネタバレ

そんなわけでレダは過去の子育てに対する後悔を抱えているし、バカンスには一人で来ている。

何よりタイトルが『ロスト・ドーター』なので、過去にやったことの報いで、家族から疎遠にされている人なのかなと思って見ていたのですが、クライマックスにて、特に親子仲が悪いわけでもないというどんでんが入ります。

子供達は幼少期に受けた仕打ちを恨んでいるでもなくあっけらかんとしており、過去を気に病んで心に壁を作っていたのはレダだけだったことが判明。

このオチは意外だったけど、ひとつの真理を突くような鋭さもありました。

子供って、意外と親のことを見てませんからね。

私自身、成人後にうちの母親から「実は私は家事も子育ても好きじゃなかった」と告白された時には、驚きましたから。全然そんな風には見えなかったけどって。

子供に親の内面なんて伝わっていないし、少々雑な扱いも受け流しています。「今のお母さんの態度は酷かったぞ!」などと感じて、それを後生覚えていることなんてありませんからね。

レダの子供達も、「なんかお母さんがいない時期がちょっとだけあったよね」としか感じていないのかもしれません。

子育てには思い悩む必要はなく、三食食わせて服さえ着せていれば勝手に育つくらいの心掛けでもいいんでしょうね。

終始暗い作風の中で、最後の最後にポジティブなメッセージを発した構成もよく出来ていると感じました。面白くはありませんでしたが。

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