『マリッジ・ストーリー』(2019年)がアカデミー賞で大量ノミネートされたノア・バームバックですが、日本では話題に上がることがさほど多くありません。そこでバームバック監督作品を分かりやすく紹介したいと思います。
ノア・バームバックとは
ユダヤ系の父親ジョナサン・バームバックは作家、母親ジョージア・ブラウンは映画評論家で、ニューヨーク市ブルックリンにて生まれる。ヴァッサー大学で学び、24歳の時にコメディ『彼女と僕のいた場所』を書き、監督としてもデビューした。2005年の『イカとクジラ』でアカデミー脚本賞にノミネートされた。2005年に女優のジェニファー・ジェイソン・リーと結婚し、長男をもうけているが、2013年に離婚している。2011年よりグレタ・ガーウィグと交際し、2019年3月に2人の間の第一子である男児をもうけた。
wikipedia
イカとクジラ(2005年)
★★★★☆ 家族から引導を渡された中年男の地獄篇
バームバックの出世作。
彼の両親の離婚劇をモチーフにしており、ジェシー・アイゼンバーグ扮する長男がバームバックの視点だったと思われるのですが、プライドだけ高い芸術家という父バーナードにも、映画監督として伸び悩んでいた本作製作当時のバームバック自身の要素が入っているように感じます。
バーナードは最悪の人間です。過去の栄光にすがり、現在の自分の実力不足を認めず、妻を含めて現在成功している同業者を「商業主義に走った偽物」と言って批判する。家事をやっていないという妻からの批判に対しては、たった一度だけ子供のためにハンバーガーを作った話を持ち出して「俺だって料理をしている」と反論。
彼がイタいのは、すべてマジだということです。自分は依然として有能な作家であり、家庭人としても優れていると本気で思っているのです。
ただし世のお父さん方がわが身を振り返った時に、「自分はバーナードとは違う」とは言い切れないのが怖いところ。かのスティーヴン・キングは本作を年間ベスト作品に挙げた上で、「怖い作品である」と評しました。
あらすじ
かつて人気作家だったバーナードは長年に渡ってスランプが続き、今では教職で生計を立てている。一方、バーナードに触発されて作家業を始めた妻ジョーンは新進作家として成功を収めている。妻の成功を認めたくないバーナードと、成功を収めてもなお家事や育児を自分がやっている現状に不満を持つジョーンの間には亀裂が入り、二人は離婚を決意する。
製作年 | 2005年 |
出演 | ジェフ・ダニエルズ ローラ・リニー ジェシー・アイゼンバーグ アンナ・パキン |
上映時間 | 81分 |
製作費 | 150万ドル |
全米興行収入 | 1109万ドル |
受賞歴 | 【アカデミー賞】 脚本賞(ノミネート) 【ゴールデングローブ賞】 作品賞(ノミネート) 男優賞(ノミネート) 女優賞(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 7.3 |
マーゴット・ウェディング(2007年)
★★☆☆☆ クセが強すぎる家庭内愛憎劇
バームバックが当時のパートナーだったジェニファー・ジェイソン・リーを出演させた映画なのですが、この映画はめちゃくちゃに厄介です。
まず状況説明がありません。結婚式の映画なので親戚一同が介するのですが、画面に映っているのが誰なのかという説明がほぼなく、本当にその場面が切り取られているだけなので分かりづらいったらありゃしません。しかも比較的長めの会話をしたのに本筋にはまったく絡んでこない人物が居たり、登場場面はさらっと流されていたのに後に重要ポジションを担う人物が居たりと、視聴者に過度の集中力を要求してくる不親切設計です。
加えて主人公のマーゴットが性悪女なので、見ていてとてもしんどくなります。
とはいえ私個人は作品を評価しています。どうしてポーリンやクロードはマーゴットみたいな性悪人間を見捨てずに関わり続けるんだろうという点に普遍的な家族の愛憎関係が描かれていて、見る価値のあるテーマを打ち出せていたからです。
あらすじ
作家のマーゴットは、妹ポーリンの結婚式に出席するため息子クロードを連れて久しぶりに帰郷する。しかし妹の婚約者マルコムがどうにも気に入らず、妹に対してはネガティブな感情を隠さなかった。そこからマーゴットとポーリンの長年に渡る確執が再燃し始める。
製作年 | 2007年 |
出演 | ニコール・キッドマン ジェニファー・ジェイソン・リー ジャック・ブラック ジョン・タトゥーロ |
上映時間 | 92分 |
製作費 | 1000万ドル |
全米興行収入 | 195万ドル |
受賞歴 | – |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 6.0 |
ベン・スティラー 人生は最悪だ!(2010年)
★☆☆☆☆ 笑えないし意義深さもない凡作
パートナーのジェニファー・ジェイソン・リーと共同で脚本を書いた作品で。J・J・リーは出演もしているのですが、これが最悪にセンスのない邦題とどっこいどっこいのつまらない映画でした。
せっかくベン・スティラーを使っているのに全然笑えないし、ラブストーリーとしてもうまく流れていません。男に求められれば簡単に体を許す、いわゆるさせ子のフローレンスが、いつも通りに体を許したロジャーに対してのみ特別な恋愛感情を抱くのですが、彼女がロジャーのどこに惹かれたのかがサッパリ分からないために、彼女が友人に対してロジャーへ抱く恋心を語る場面では「え、いつの間に惚れたの?」と混乱させられました。深いことを語っているようでいて、実は毒にも薬にもならない凡作だと言えます。
褒められるのは、グレタ・ガーウィグのヌードが見られるところくらいですかね。
あらすじ
精神病院を退院したばかりのロジャーは、6週間の旅行へ行くことになった裕福な弟夫婦の家の留守番を任される。そこでロジャーは疎遠になっていたバンド仲間達との連絡を取るが、集まった仲間達は全員子連れだった。孤独感に苛まれたロジャーは、弟宅の家政婦であるフローレンスに手を出そうとする。
製作年 | 2010年 |
出演 | ベン・スティラー グレタ・ガーウィグ リス・エヴァンス ジェニファー・ジェイソン・リー |
上映時間 | 105分 |
製作費 | -(非公開) |
全米興行収入 | 423万ドル |
受賞歴 | 【ベルリン国際映画祭】 金熊賞(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 6.1 |
フランシス・ハ(2012年)
★★★★★ 甘くてビターな傑作青春映画
ジェニファー・ジェイソン・リーと別れて新彼女グレタ・ガーウィグを主演に迎えて作った映画なのですが、恐ろしいほどに作風が変わっています。
従前のバームバック作品の登場人物はたいてい偏屈で好感を抱けない人物だったのですが、本作の主人公フランシスは可愛げの塊のような人物です。物語も全体的に爽やかで前向きな終わり方をするので、彼女が変わるとここまで作風が変わるのかと驚きました。
ただし、バームバックらしいビターな味わい、人生の一側面を抉るような容赦のなさも健在です。夢追い人フランシスは若さという免罪符の有効期限切れが迫っており、「あなたはもう若くないのよ。真面目に働きなさい」というプレッシャーを受け続けます。
ニューヨークにはいい歳してぷらぷらしている人間が他にもいるけど、そういう人たちは金持ちの生まれでどうとでもなる人生を送っているんだから、庶民のフランシスとはそもそもの条件が違うという現実的なツッコミまでが入ってきます。
こうした現実的な分析と、フランシスという明るいキャラクターが奇跡的にマッチしており、甘くてビターな独特な味わいとなっています。これは観るべき青春映画です。
あらすじ
ダンサーを目指すフランシスは27歳になっても大学時代のルームメイトのソフィーと暮らし、定職にも就かずに夢を追っていた。しかしソフィーが結婚して部屋を出ていき家賃を払えなくなったことから、フランシスの流転が始まる。
製作年 | 2012年 |
出演 | グレタ・ガーウィグ ミッキー・サムナー アダム・ドライヴァー |
上映時間 | 86分 |
製作費 | -(非公開) |
全米興行収入 | 406万ドル |
受賞歴 | 【ゴールデングローブ賞】 女優賞(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 7.4 |
ヤング・アダルト・ニューヨーク(2014年)
★★★★☆ ほどほどの人生を受け入れる瞬間の切なさ
公開時には興行的にも批評的にも失敗したのですが、個人的にはとっつきやすい部類に入る作品だと思っています。
バームバックが頻繁に描く才能のない芸術家が主人公。新作が何年も製作中の状態で一向に完成させる気配がないことから察するに、才能がないことを本人も薄々は分かっているのですが、はっきりとは認めません。認めたらそこでキャリア終了だから。
「負けたと思うまで人間は負けない」という『超人機メタルダー』の歌詞を思い出しましたが、そんなことを言っていられるのは本当に才能のある人間だけなのです。凡人はどこかで諦めなきゃいけません。
そんな微妙な時期に「先輩凄いっすよね」と言ってくれる後輩が現れて、そいつと居る時だけは大物ぶれるので気持ち良くなっちゃうんですけど、大騒動の末には現実を見つめないといけなくなるという、なんとも切ないお話です。そして、凡人にとっては身につまされる思いのする映画でもあります。人間30歳を過ぎてくると、自分はこの程度だということを受け入れる局面を迎えるものだから。
このようにテーマは万人に共通するものだし、コメディ俳優ベン・スティラーのおかげで悲惨になり過ぎていないし、上映時間もコンパクトだし、多くの人にオススメできる作品となっています。
あらすじ
ドキュメンタリー監督のジョシュとその妻コーネリアは、子供を持たず自由なライフスタイルを満喫しているつもりでいた。しかしジョシュは監督として行き詰り何年も新作を完成させられずにいたし、コーネリアも物足りなさを感じるようになっていた。そんな折、ジョシュが講師を務めるカルチャースクールでジェイミーとダービーという若い夫婦と知り合い、特にジョシュは監督としての自分の手腕を評価し、教えを乞いに来るジェイミーを可愛がるようになる。
製作年 | 2014年 |
出演 | ベン・スティラー ナオミ・ワッツ アダム・ドライヴァー アマンダ・サイフリッド チャールズ・グローディン |
上映時間 | 97分 |
製作費 | 1000万ドル |
全米興行収入 | 758万ドル |
受賞歴 | – |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 6.3 |
ミストレス・アメリカ(2015年)
★★★☆☆ リア充の薄っぺらさ
『フランシス・ハ』(2012年)に続いてグレタ・ガーウィグと組んだ作品ですが、ガーウィグが演じるブルックはフランシスの匙加減をちょっと変えて、「これをやってる自分が好き」みたいな過剰な自意識を持つ人間として設定されています。
本作は一種の異文化交流ものであり、非リアの大学生トレイシーが29歳のリア充ブルックを観察し、最初は憧れるが段々と批判的になっていくという内容です。活動量と知り合いの数こそ凄いが、何事もじっくりと温めないリア充の薄っぺらさが容赦なく描かれます。
最大の見せ場は出資を得たいブルックがレストラン出店計画のプレゼンをする場面であり、レストランの話なのにメニューをどうするのか、どんな客層をターゲットにするつもりなのかという話は一切なく、あるのは「レストランを経営する私」の話だけ。
レストランを経営すると面白そう、みんなの喜ぶ店にしたいみたいな漠然とした構想のみで動ける行動力こと買うものの、たったそれだけのビジョンで人から出資をしてもらい、店を作るつもりでいたのかと唖然とさせられます。
やっぱリア充って八方美人なだけなんだなという意地の悪い結論に至るのがバームバックらしいのですが、全体的に軽いタッチなので人生の真理を突き付けられるような重苦しさはありません。ただしドタバタ劇は作り手の意図したほど面白くはなっていないので、もっとテンポを落としても良かったかなと思います。
あらすじ
大学生のトレイシーは、母の再婚相手の娘であり、再婚後には自分の姉になるブルックに会う。29歳のブルックはNYの夜の街の人気者で、トレイシーは華やかな世界に生きるブルックに魅了される。そんな中、ブルックが計画中だったレストラン出店に係る出資が打ち切られた。新たな出資を求め、ブルックとトレイシーは過去に因縁を抱えたメイミー=クレアの元を訪ねる。
製作年 | 2015年 |
出演 | グレタ・ガーウィグ ローラ・カーク |
上映時間 | 84分 |
製作費 | -(非公開) |
全米興行収入 | 250万ドル |
受賞歴 | – |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 6.7 |
マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)(2017年)
★★★☆☆ 意義深いが爆発力不足
ダスティン・ホフマン(父)、エマ・トンプソン(母)、アダム・サンドラー(長男)、ベン・スティラー(次男)、さらにはアダム・ドライヴァーやシガーニー・ウィーバーも出演というとんでもない豪華出演者による家族の愛憎劇。
とはいえ中身はいつものバームバック作品であり、特に『イカとクジラ』(2005年)との関連性の感じられる内容となっています。もしも『イカとクジラ』(2005年)の親父が家族から見限られずに家庭生活を続けられていたらどうなっていたのかという物語であり、実力はないがプライドだけは高い頑固親父が、自分はどうなのかも省みずに家族を振り回す内容となっています。
また『マーゴット・ウェディング』(2007年)と同じく家庭内での断絶を描いた作品でもあり、長男・次男は父親から厳しく躾けられた一方で、長女ジーンの存在は両親の目にすら入っておらず、幼少期からほとんど相手にされていなかったという壮絶なことになっています。最後までこの家族が一致団結することはなく、世の中には決して分かり合えない奴はいる、それが身内の場合もあるという悲惨な結論を出します。
このようになかなか意義深い作品ではあるのですが、アダム・サンドラーとベン・スティラーを共演させた割にはどうにも爆発力不足で、観客の側から積極的に理解しにいかないと何となく2時間が過ぎ去ってしまうような作品でもありました。
あらすじ
3人の兄妹ダニー、マシュー、ジェーンは、芸術家である父ハロルドのお祝いのため実家に帰ってくるが、ハロルドは年老いてもなお頑固で、家族を困らせる性格に変化はなかった。子供達は幼少期に父から受けた酷い仕打ちの数々を憎んではいたものの、成人した今となっては過去を水に流す気ではいたが、ハロルドは自分の問題点については一切気に留めている様子がない。そんな中で、ハロルドが昏睡状態に陥り病院に担ぎ込まれる。
製作年 | 2017年 |
出演 | アダム・サンドラー ベン・スティラー ダスティン・ホフマン エマ・トンプソン エリザベス・マーヴェル |
上映時間 | 110分 |
製作費 | -(非公開) |
全米興行収入 | -(Netflixで公開) |
受賞歴 | 【カンヌ映画祭】 パルム・ドール(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 6.9 |
マリッジ・ストーリー(2019年)
★★★★★ 離婚ドラマの新たな傑作
私生活のパートナーだったジェニファー・ジェイソン・リーとの離婚劇がベースにされたと思われる、結婚生活のリアルが描かれた切実なドラマでした。これを見れば「離婚はしちゃいけないなぁ」としみじみ感じます。また演出も演技もハイクォリティで最初から最後までダレる暇がなく、良質なエンターテイメントとしても仕上がっています。2020年時点でのバームバックの最高傑作であると言えます。 『イカとクジラ』(2005年)では両親の離婚を見守る青年の視点だったバームバックが、自身の離婚に子供を巻き込んでしまう物語を作ったという点にも興味を惹かれました。
あらすじ
舞台演出家のチャーリーと女優のニコールは離婚の準備をしていた。二人は円満離婚を望んでいたが、ニコールがNYからLAへ引っ越すことに伴い一人息子の親権問題が表面化したことから、双方弁護士を立てての泥沼の離婚劇へと突入していく。
製作年 | 2019年 |
出演 | アダム・ドライヴァー スカーレット・ヨハンソン ローラ・ダーン レイ・リオッタ |
上映時間 | 136分 |
製作費 | 850万ドル |
全米興行収入 | -(Netflixで公開) |
受賞歴 | 【アカデミー賞】 作品賞(ノミネート) 主演男優賞(ノミネート) 主演女優賞(ノミネート) 助演女優賞(ノミネート) 脚本賞(ノミネート) 作曲賞(ノミネート) 【ゴールデングローブ賞】 作品賞(ノミネート) 男優賞(ノミネート) 女優賞(ノミネート) 助演女優賞(受賞) 脚本賞(ノミネート) 音楽賞(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月16日閲覧) | 8.1 |
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