KAPPEI カッペイ_推しの熱愛を祝福すべきか【5点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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終末を迎えなかった世で「終末の戦士たち」が悩み苦しむ様を描いたコメディで、冒頭30分は面白かったんだけど、同じ笑いをひたすら繰り返すのみなので、途中からは完全に飽きた。本来は90分でやるべき内容を120分近くにまで引き延ばしたことが敗因だと思う。

感想

豪華キャスト共演のバカ映画

2011年から2014年にかけて連載されたギャグマンガの実写化企画。

2022年の劇場公開時には結構な宣伝がなされていたので存在こそ認識していたが、特段関心はなかったのでスルーしてきた。この度アマプラに上がっていたのを鑑賞したが、その感想は「良いところも悪いところもあったけど、総合すると金払って見なくてよかった」だった。

監督したのはTBS社員 平野隆氏で、彼の初監督作品に当たるが、長年にわたってTBS製作映画のプロデューサーを務めてきた功労者というだけあって、その顔で集められたであろう有名俳優達がずらっと名を連ねている。

主人公 勝平役には『海猿』シリーズの伊藤英明。暑苦しい体育会系という、これまで得意として来た役どころを茶化した内容ながら、これまで通りのストイックな体作りでこれに応えてみせている。そのハマり具合は見事なもので、少なからず難のある企画内容ながら、屋台骨となって何とか映画をまとめ上げている。

そして、ある意味で伊藤以上に振り切れていたのが終末戦士 正義役の山本耕史。同年の『シン・ウルトラマン』(2022年)におけるメフィラス役での人を喰ったような演技からは一転、アツいだけが取り柄のバカをケツまで出して熱演している。

不良に絡まれたところを助けられたことから勝平を家に招き入れることになり、物語における普通の人の視点を担うことになる大学生 啓太役には、なにわ男子の西畑大吾。ドラマ出演の経験が豊富なので、演技はベテラン並みに安定している。

その他、小澤征悦、古田新太、鈴木福などが意外な役柄で登場するし、出演時間は短いながらもインパクトを残すべき役どころには、3時のヒロインのかなで、マテンロウの二人、シンガーソングライターの岡崎体育など、視聴者にとっては馴染みのある面々が顔を揃えている。

そして勝平が恋する女子大生 山瀬ハル役には上白石萌歌。姉の上白石萌音と比較するとテレビ等でお見掛けする機会は少なく、個人的にはほとんど気にしたことのない人だったが、そうは言っても東宝シンデレラオーディショングランプリ受賞者である(姉は審査員特別賞)。

観客からの満場一致の支持を取り付けられるであろう圧倒的な可憐さで、勝平に惚れられるヒロイン役を具体化しており、「こんなに素敵な人だったんだ」と見なおした。

そんなわけでキャスティング面では恵まれているので、ある程度は楽しめた。

これは誰をターゲットにした映画なのか

1999年7月に世界は滅びるとしたノストラダムスの大予言を信じた師範(古田新太)は、絶海の孤島に少年たちを集め、来る終末の世に向けた訓練を積ませていたが、結局予言は外れ、良い歳の成人に成長した弟子たちに向かって解散を宣言する。

いきなり社会に放り出された弟子たちは、平和な世ではまったく使い物にならない殺人拳を持て余すというのが、ざっくりとしたあらすじ。

世紀末救世主になるはずだった拳法の使い手という設定は『北斗の拳』のパロディだし、ノストラダムスの大予言がキーフレーズになっていることは、現在40代以上の世代には響くと思う。

当時のことを知らない世代には衝撃かもしれないが、日本社会において、ノストラダムスの大予言は割と深刻に受け止められていた。

予言を扱った特番はゴールデン帯で頻繁に放送されていて(特に多かったのはTBSとフジテレビ)、「人類が滅ぶとしたら原因はこれじゃないか」という予測・考察も、ネタではなく大真面目になされていた。

原子力電池搭載の木星探査機カッシーニが制御不能となって放射線をまき散らすという説をしつこくしつこく放送していた『奇跡体験!アンビリバボー』なんて、今やれば確実にクレーム案件でしょうな。うちのおかんは「NASAはどう責任取るんだ」と起こってもいないことで勝手に憤っていたが、NASAにとっては名誉棄損もいいところだろう。

何が言いたいかというと、当時の日本社会の反応を知っている世代にとって「ノストラダムスの大予言」というネタのチョイスは面白い。ただし四半世紀近くも前の話なので、今これをやったところで分からない世代も多いんじゃないかってこと。

それは『北斗の拳』同じくで、馴染んでいた世代は完全なおっさんである。

漫画が発表された2011年頃には大勢から理解されるネタだったと思うけど、そこからさらに10年も経ってしまったことで、多くのネタには賞味期限切れ感がある。

「この映画は一体どの層をターゲットに捉えたものなんだ?」ということが分からなくなってきた。

若い人には刺さらないネタのチョイスだし、中年を相手にするには内容が粗すぎる。

元終末戦士たちがおかしなことを言う→現代の若者達がつっこむ(たいていは啓太、たまにハル)

基本はこの繰り返しである。最初30分は楽しめたが、それを過ぎても延々このパターンなので飽きてくる。

物語の骨子は『オースティン・パワーズ』(1997年)によく似ている。

『オースティン・パワーズ』の、特に一作目は、時代錯誤のスパイを軸にしたコメディでありつつも、身に染みついた価値観を否定された男の悲哀であったり、60年代後半のカルチャーのサンプリングであったりと、大人を楽しませるための高度な工夫がそこかしこに施されていた。

40代以上を相手にするにはその程度の作り込は必要だろうと思うんだけど、本作の場合はそうした小技が一切効いていない。

「普段はまともな役を演じている豪華俳優陣がおかしなことをやっている」という一点だけで攻めてくるので、あまりに演出の手数が少なすぎる。

それでも90分程度なら持ちこたえたかもしれないが、2時間近くこの内容だけではツラすぎた。

推しの熱愛を祝福すべきか

とまぁ映画としての出来は芳しくなかったんだけど、いくつかはっとする指摘はあった(作り手側がどの程度意図していたのかは不明だが)。

勝平は女子大生ハルに恋をする。女性というものに触れたことのない勝平が、ドストレートすぎるアプローチをかけることが作品の横糸なのだけど、初めて片思いに心を焦がした勝平は「心がこんなにも痛いものか」とダメージを受けまくる。

何とか自分の片思いが成就しないものかと思案する勝平だが、その過程において、ハルはハルで先輩の堀田(岡崎体育)に片思いをしていることを知る。

その情報を知るや、一方的に堀田をライバル視し、二人の関係がうまくいかないことを願う勝平だが、次の瞬間、「ハルも自分と同じように堀田への思いで心を焦がしている」「同じ痛みを知る者として、またハルに好意を抱く者として、二人の関係を祝福すべきでは」という思いが心をよぎる。

これって核心を突いた指摘ではないかと思う。

人を思うとはどういうことなのだろう。

一番良いのは彼女と自分が一緒になって、二人で幸せになることだろうが、自分が求められていない場合はどうなんだろう。彼女が他人と幸せになる様子を、指を咥えて眺めているのが究極の愛ということになるのだろうか。

丁度良いタイミングというか、映画を見たのは12月17日だったけど、翌日12月18日のSNSでは「推しの恋愛」がトレンドワードとしてあがっていた。

有村架純と高橋海人(King&Prince)の熱愛が週刊誌報道され、二人の事務所も関係を否定しなかったことがきっかけなんだけど、突如として降ってわいたこのビッグカップルに対し、双方のファンが「これは祝福すべきなのか?」と思い悩んだのだ。

中途半端なお相手ならば双方のファンが「なんであんな奴と!」といきり立ったところ、どちらも完璧に近く、「そりゃあんなのと付き合えれば幸せだろうよ」と白旗を上げざるを得なかった。

アイドルとファンという関係はちょっと飛躍が過ぎるにせよ、惚れた相手にとっての運命の人が自分じゃなかった時、その恋路を邪魔してでも自分とくっつくよう仕向けることが本当の愛なのか。これは大変重大な命題だと思う。

繰り返すが、本作の作り手がどれほど意識していたのかは分からないが(後半の展開に絡んでこないので、あまり意識していなかったとは思うけど…)。

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