空白_モンスター遺族大暴れ【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの
実話もの

(2021年 日本)
被害者感情が幾重にも折り重なった複雑なドラマであり、娘を失った怒りからモンスターと化す古田新太と、悪いとは思いつつも、なぜそこまで責められなきゃいけないのかという感情もある松坂桃李の演技合戦が見もの。また登場場面は少ないものの、片岡礼子が披露する鬼気迫る演技にも圧倒されました。

作品解説

実際の事件がモチーフ

万引きした中学生を店主が追いかけたところ、交通事故に遭って子供が死んでしまった。

そんな衝撃的な話ですが、本作は実話を元にしています。

2003年1月、神奈川県川崎市の古書店で中学3年生の少年が漫画の単行本6冊を万引き。それを店主が捕まえてパトカーを呼んだところ、「自転車で来たので鍵をかけさせてほしい」と言って店外に出て、警察官達の隙を突いてそのまま逃走。

遮断機をくぐって踏切内に入り、快速特急にはねられて死亡しました。

こうして客観的事実を並べてみると、死亡した少年には3つの落ち度があります。

  • 商品を万引き
  • 警察から逃走
  • 遮断機の下りた踏切に侵入

少年が死亡したことを残念に思う反面、少年の過失があまりに大きく、自業自得の顛末であるとも思うのですが、当時はなぜか万引き犯を捕まえた店主が責められました。

「子供の万引き程度で追い込み過ぎ」「警察を呼ばれてビックリした子供は何をするか分からない。配慮が必要だった」など謎のバッシングがワイドショーで展開され、しまいには少年の父親までが「あそこを通るだけで辛いので、書店には潰れて欲しい」と言い出す始末。

結局、バッシングに耐えかねた店主は廃業を決意したのですが、どうして万引きされた側がここまでの損害を受けなければならなかったのでしょうか。

感想

被害者遺族がヤバイ奴だった

事件の概要は↑の通りなのですが、事実の通りだとあまりにも万引き少年側に落ち度があり過ぎるので、警察から逃げたという部分と、遮断機の下りた踏切に侵入したという部分はマイルドに変更されています。

中学3年生の添田花音(伊東蒼)がスーパーで化粧品を万引きして店長の青柳直人(松坂桃李)に捕まるも、その隙を突いて逃走。追跡を逃れるために車道を横断したところ、乗用車とトラックにはねられて死亡しました。

そこで出てくるのが花音の父の添田充(古田新太)で、こいつがマジでヤバイ奴なので画面越しにもビビりまくりでした。

職業は漁師なのですが、そもそも気性の荒い漁師の中でもとりわけ頑固で攻撃的な部類に入り、漁港でも「充さんねぇ…」なんて言われています。

何にでもキレて絡んでくるアブナイ人で、もしも街でお見掛けしたらその場から退散したくなる手合い。

この手のおっさんは平時には「ま~た発作が始まった」って感じで誰からも相手されないのですが、被害者遺族という絶対正義の立場を得たものだから、みんな相手しなきゃいけなくなるわけですよ。地獄です。

しかもこいつが厄介なのは、純粋に娘を悼む気持ち以上に、自分の中にあるやましさから目を背けたくて、自分以外の誰かが悪かったのだという図式を作ろうとしていることです。

娘の母親とは離婚しており、父娘の二人暮らしだったのですが、こういうタイプなので娘への配慮などなく、親子仲はうまくいっていませんでした。

事故前夜にも、何かを話そうとしている娘を「何の用だ!ハッキリ喋れ!」という激しい口調で黙らせ、離婚した妻から持たされていたスマホを見つけると、「お前にはまだ早い!」と言ってそれを窓から放り投げるという鬼の所業をしていました。

娘との最後の記憶がそんな感じなので、自分は娘を幸せにしていなかったのではないかという罪悪感が一気に押し寄せてきます。

万引きにしたって、自分が娘の成長をよく見ておらず、年齢相応に必要なものを与えていなかったことが遠因とも考えられるし。

そんな感じで、考えれば考えるほど自分の落ち度が目に付いてくるものだから、自分以外の犯人探しを始めてしまう。

本作の構成がよく出来ているなと思ったのが、被害者の母であり充の別れた妻である翔子(田畑智子)には、冷静な状況認識をさせているということです。

事故に関連して充の持つ疑問に対しては彼女がすべて回答しており、「真実を知りたい!」と言って暴れ回っている充は、実際には真実など追いかけていないということが一目瞭然となっています。だから厄介。

追及される側が「丁寧にご説明いたします」と言ったって、充の最終目的はそこにはないのだから、どれだけ説明したって充は引き下がらないわけですよ。

で、最初に殴り込む先が学校。「娘が化粧品を万引きする理由がない!いじめがあったはずだ!クラスメイトと面談させろ!」と無茶なことを言い、それは無理だと拒否されると、「いじめがなかったことの証拠を持ってこい!」と言う。

証拠の証明力すら分からない人間に限って、何かあれば「証拠!証拠!」と騒ぐのですが、彼らにとっての証拠とは客観的事実に迫るためのものではなく、あくまで相手を黙らせるためのマジックワードに過ぎないので、仮に反証を示したところで大人しく引き下がるでもないことは目に見えています。まさに地獄。

本件からはちょっとズレますが、子供が自殺をしたという時事問題を見ていても、同様の背景が伺える案件はありますね。

客観的にはそうではなさそうなのだが、死んだ生徒の親御さんが「いじめの調査をしろ!」と言って学校に怒鳴り込んでいくという。そういったものを見ると、家庭の外に原因を求めたいのだろうなぁという親心を私は感じます。

話を戻します。一応、学校は生徒にアンケートをとるのですが、影の薄い生徒だったので「よく知らない子だが、多分いじめはなかったと思う」みたいな回答ばかりで、火に油を注ぐ結果に。

学園の平和を案じた校長は、咄嗟の機転で「あそこのスーパーの店主、若い子にいたずらしたって聞きましたよ」と言って矛先をよそに向けさせます。

その餌に喰いつく充。ここからターゲットはスーパーの店主へと移ります。

攻撃的な被害者感情

スーパーの店主 直人は、急死した親からスーパーの経営を継いだ若者であり、感情を表に出すタイプではなく、経営者らしい交渉術も持ち合わせていません。

そんな直人に猛り狂った充が襲い掛かってくるものだから、やり場のない被害者感情のサンドバック状態となります。

恫喝されて土下座をしたが、「そんなものに意味はない」と言われる。スーパーに張り付かれて迷惑行為をされるが、それで被害者感情が満たされることもない。

充から常に出てくる言葉は「そんなことで娘は戻ってこない」で、それを言われてしまうと、どこにも落としどころはなくなるわけです。

耐えがたい苦痛を受けているが、その苦痛から逃れる方法もない。そんな状況で直人はどんどん精神を病んでいきます。

『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)で広島弁の暴力刑事を演じたかと思ったら、同年には大人しく気弱な店長役を演じる。松坂桃李の芸域の広さには感銘を受けました。

そんな直人の唯一にして最大の長所とはイケメンであることで、スーパーのパートのおばちゃん草加部さん(寺島しのぶ)は彼の味方をし続けます。

ただし「直人君は正しいのよ」という草加部さんからの励ましも、ちょっと違うのですが。

誰が正しくて誰が間違っているという問題ではなく、感情の収めどころのない人間がどうやって折り合いをつけるのかって話なので。

だから草加部さんからの応援もちょっと重いし、隙を見てキスをされても「いや、そういうことではなくて」となってしまいます。

折り合いの付け方が見事

そんな感じで無間地獄に思える状況でしたが、ある時を境に、充からの迷惑行為はピタッとやみます。

何が起こったのかというと、娘をはねた車を運転していた若い女性が自責の念から自殺し、彼女からの謝罪を拒み続けた自分にも非があると思った充がその葬儀に出てみると、彼女の母親(片岡礼子)から謝罪を受けたことでした。

お宅の娘さんの命を奪った上に、その責任から逃れる弱い娘で申し訳ありませんでしたと。

この母親もわが子の死に対しては相当なショックを受けており、充のせいだと思う感情はあったはずなのですが、それでも気持ちに折り合いをつけて、加害の事実に向き合っているわけです。

ここでの片岡礼子の演技には鬼気迫るものがありましたね。充を呪う言葉を必死に抑え込みながら謝罪を口にしている演技は。

こうまでして我が子のやったことの始末をつけようとする別の遺族を見て、充はようやく自分の置かれた立場を客観的に受け止められるようになり、ここから憑き物が落ちたように大人しくなります。

直人は直人で、スーパーを閉店して交通誘導員となっており、社会的にはほぼすべてを失った状態となるのですが、見ず知らずのお兄ちゃんから「スーパーアオヤギの焼き鳥弁当が好きだった」と声を掛けられて、ちょっとだけ救われます。

彼にとってスーパーは呪いの場でしかなかったが、それを喜んでくれていた人もいたと知ることで、すべてが悪くはなかったと認識したわけです。

何も解決はしてはいないのだが、当事者たちの感情のやり場がようやく見つかったという終わり方も実に絶妙でしたね。

ワイドショーは相変わらずクズですな

そんな被害者感情が幾重にも折り重なった因果な物語の中で、本当に許せなかったのが面白半分に煽ったワイドショーですね。

いろんなところに押しかけて嫌がる人を撮影し、好き放題に編集して無責任にも事を荒立てていく。

事件発生から間もない頃、インタビューを受けた直人は前段部分で「うちは万引きの被害者」と言いつつも、後段部分では「そうはいってもお嬢さんの事故には責任があります」と言っているのに、後段部分を丸々カットして前段のみを放送。

それをスタジオで見ていたミヤネ風のMCが「ひどい店主ですね」なんてコメントするわけです。性根が腐りきってますね。

また別の場面。

歩道を歩く充に無理矢理にインタビューしようとしたレポーターが勝手につまづいて倒れたのですが、これを充から押されたかのように演出して悪意を拡散します。

当事者はつまづいただけということが分かっているにも関わらず、平気で嘘を垂れ流すという神経には反吐が出ましたね。

本作は一応フィクションではあるものの、実際の川崎の事件でもワイドショーが一方的な報道をしたということはあったし、また香川で起きた殺人事件では、強面の父親を犯人だと見做して報道するなど、行き過ぎた事例はいくつもあります。

こんなことを毎日毎日やっていて、ワイドショーに関わっている人間は良心が痛まないのでしょうか。

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