ミュンヘン_経験ゼロの暗殺者集団【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの
実話もの

(2005年 アメリカ)
国際的な報復合戦というテーマの捉え方、意外性に溢れた物語の展開のさせ方、感情移入可能なキャラクター描写、激しい暴力描写と、すべてにおいてよく出来た作品であり、スピルバーグの社会派作品群の中では、今のところ最高峰の作品だと思います。

作品解説

原作は『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』

本作は、1972年のミュンヘンオリンピックでイスラエル選手団がパレスチナ系テロリスト「黒い9月」に襲われ、殺害された事件に対するイスラエル政府の報復作戦を描いたジョージ・ジョナス著『標的は11人 モサド暗殺チームの記録』(1984年)を原作としています。

映画化権を購入したスピルバーグ監督は、以下3人の脚本家にそれぞれ脚色を依頼。

このコンペに勝って採用されたのはエリック・ロスの脚本で、劇作家のトニー・クーシュナーによる推敲を経て決定稿が完成しました。

監督はスティーヴン・スピルバーグ

本作の監督は映画史上最強のヒットメーカー スティーヴン・スピルバーグ。

当初、2004年公開を目指して製作する予定だったのですが、別途トム・クルーズと進めていた『宇宙戦争』の製作スケジュールが早まったことから、本作のスケジュールも大幅に変更となりました。

まず『宇宙戦争』を2004年8月からわずか10か月で完成させ、その全米公開日である2005年6月29日からは本作の撮影に移るという鬼のスケジュールを強行。

プロダクションは時間との戦いとなりました。その年のアカデミー賞への参加資格を得るためには2005年中に公開する必要があって、全米公開日は2005年12月23日に決定。撮影開始日から全米公開日まではたったの半年でした。これだけの短期間で大作を完成させるなど異例のことです。

そこで本作は「撮影→編集」という通常のステップを踏まず、マイケル・カーンが撮影と並行して編集作業を進めていくこととなりました。

スピルバーグはその日の撮影が終わると、2日前に撮影したフィルムの編集版をカーンから受け取ってそのチェックを行うという、並の映画人ならば頭がおかしくなりそうな作業を敢行。

そして編集済のフィルムからは2本のコピーが作られ、一本は音楽を担当するジョン・ウィリアムズに、もう一本は効果音を担当するベン・バートに送られて、彼らも適時に作業を進めていきました。って、どいつもこいつ凄すぎ!

その結果、ハードな日程にもかかわらず期日にはきっちりと間に合わせました。まさに神業です。

猛バッシング&アカデミー賞ノミネート

本作が完成すると大変な論議が巻き起こりました。ただし抗議してきたのはパレスチナ側ではなくイスラエル側。

かつて『シンドラーのリスト』(1993年)を作り、イスラエル政府に多額の寄付をしていたスピルバーグ監督だけに、イスラエルは彼を身内同然に考えていたのですが、作品では敵も味方も人間的に描かれていたために「思ってたのと違う!」という声が上がったのです。

以下、本作に対して上がった批判の声を簡単にまとめてみました。

  • イスラエルの正義の報復をテロ扱いしている(作家ジャック・エンゲルハート)
  • パレスチナのテロリストを悪人として描いていないスピルバーグは甘い。現実には邪悪な狂信者は存在している(『NYタイムズ』デヴィッド・ブルックス)
  • テロへの批判よりも、テロへの報復への批判に偏りすぎている(『ニュー・リパブリック』レオン・ヴィゼルティアー)
  • イスラエルが置かれた厳しい状況を理解していない思いあがった映画(イスラエル領事 エフード・ダノーフ)

とにかくユダヤ系の人々が滅茶苦茶怒ったのですが、業界内での評価は別。映画としては非常に高く評価され、その年のアカデミー賞では5部門(作品賞、監督賞、脚色賞、編集賞、作曲賞)にノミネートされました。

アメリカではコケた

内容を巡る論争もあってか興行的には低調で全米初登場9位。その後も低いランクを維持した結果、全米トータルグロスは4740万ドルと、スピルバーグ作品でもっとも興行成績の低い作品となりました。

ただし国際マーケットでは作品のクォリティが素直に評価されてそれなりに稼ぎ、全世界トータルグロスは1億3098万ドルとやや持ち直しました。特に欧州での人気が高く、フランスやスペインでは『ターミナル』(2004年)の興行成績を上回りました。

7000万ドルという製作費を考えると十分な売り上げではないものの、アメリカでの負けを国際マーケットである程度埋めることはできたというわけです。

感想

経験ゼロの暗殺者集団

舞台は1972年で、主人公はイスラエル諜報特務庁(モサド)所属のアヴナー(エリック・バナ)。

アヴナーは当時のイスラエル首相ゴルダ・メイア以下、軍の将軍やモサドのトップが集まる閣僚会議に呼び出されます。

アヴナーが軽く冗談を言っても全員に無視されるというピリついた空気の中、去るミュンヘンオリンピックでイスラエル選手団を襲撃したパレスチナ過激派組織「黒い9月」の首謀者11名の暗殺を命じられます。

世界中のマスコミで取り上げられるよう、爆弾などを使ってなるべく派手に殺せという附帯条件付きで。

なぜアヴナーが選ばれたのかというと、イスラエル建国前には代々ドイツにいた家系であるためヨーロッパ社会に溶け込みやすく、またモサドでの仕事を「世界一退屈な仕事」と言うほど何もせず温存されてきた人材であり、その筋で顔と名前を知られていないためでした。要は能力や実績を買われたわけではなく、条件が丁度良かったというわけです。

表面上はモサドを退職したことにされたアヴナーはヨーロッパに飛び、集められたメンバー達と合流します。

  • スティーヴ(ダニエル・クレイグ):運転担当
  • ロバート(マチュー・カソヴィッツ):爆発物担当
  • カール(キアラン・ハインズ):証拠隠滅担当
  • ハンス(ハンス・ツィッシュラー):文書偽造担当

かくして暗殺ミッションは開始されるのですが、経験ゼロの暗殺者集団なので首尾良くはいきません。誰が現場に行くのかをくじ引きで決めたり、いざターゲットに銃を突き付けても「お前が撃てよ」「いや、お前がやれよ」みたいな感じでドタバタするわけです。

最初の暗殺が成功したらしたで、気が大きくなってワインで宴会。銃を持たない紳士的な文化人を5人がかりで殺しただけで、そんなにテンション上がるかというほど態度がでかくなります。

その後も、危うく女子供まで殺しかける、爆薬の量を間違えて一般人を巻き込むなど、通常のスパイ映画に登場する正確無比の殺し屋像とはかけ離れた行動を連発。あまりにも普通ではないその行動は興味深かったし、「案外、現実はこんなものかもね」という妙な説得力もありました。何せ、原作はノンフィクションですから。

善悪のボーダーレス化

暗殺のターゲットが誰もかれも温厚な文化人で、話してみると良い人ばかりなので、次第にメンバー達は「殺しのリストが間違ってないか?」という疑問を持つようになります。「本国からの指示は間違いなく彼らなんだからいいんだよ。余計なことを考えるな」と言ってねじ伏せるアヴナー。

そんな中、中間業者の手配ミスでPLOと鉢合せになるというまさかの事態が発生。PLOとはパレスチナ解放機構の略であり、イスラエルからすれば天敵のような存在です。

こちらがモサドだとバレれば確実に殺し合いになる場面なので、「俺はバーダーマインホフ(ドイツの過激派)で、そいつはETA(スペインの民族組織)で…」と咄嗟に嘘をついてその場をしのぐアヴナー。危なぁという冗談はさておき、ここから映画は急展開を迎えます。

PLOと話してみると、熱い思いを持った良い若者達なのです。ちょっと前まで建国運動をやってた俺らと変わらないんじゃないのと。

加えて、PLOの要人をKGB(ソ連国家保安委員会)が警護していたり、CIA(アメリカ中央情報局)による横やりが入ったりと、実は大国が過激派を利用しているという側面があって、イスラエルvsパレスチナという単純な構図ではないことが見えてきます。

そうなってくると、いよいよ「暗殺の意義って何なんだろう」「本当に敵を恨まなきゃいけないんだろうか」ということになってきて、アヴナー達の迷いは決定的なものとなります。

ミイラ取りがミイラになる

そんな中、宿泊するホテルにハニートラップが仕掛けられます。あまりにバレバレのトラップなのでアヴナーは避けて通るのですが、相手が物凄い美人ということもあってこちらの警戒心も下がり気味となり、「あえて引っかかっちゃってもいいんじゃないの?」と冗談交じりに仲間に伝えたりもします。

しかしこのハニトラがガチのやつで、引っ掛かったカールは無惨にも殺されます。

思いのほかシリアスな状況であることを認識するメンバー達。ハニトラが仕掛けられるということは、もはやこちらの顔と名前が知れ渡っているということ。CIAが絡んできた辺りから、実は相当ヤバかったんでしょう。

おまけにPLOの奴らにも顔を見られてしまったし。

これまでは名もなき殺し屋としてターゲットに忍び寄ってきたアヴナー達ですが、今度はこちらがターゲットとなり、ある日突然寝首を掻かれるかもしれない。

今まで結構酷い殺し方をしてきたこと、善人であっても容赦なく殺してきたことが、すべてプレッシャーとなって返ってきます。ハンスに至っては「あんな酷いことをしなきゃよかった」なんて弱気なことを言い出すし。ここからアヴナーは重度にメンタルを病みます。

さらに彼を追い込むのが、すべての暗殺を終えてイスラエルに帰国した際の一幕でした。

空港に迎えに来た兵士が「アヴナーさんですよね。ご活躍伺っております。本当尊敬しますよ!」と言ってくるのです。なんでこんな下っ端が俺のことを知ってるんだ?もはやみんな俺がやったことを知ってるんじゃないか?

しかもモサド的には暗殺ミッションが完了したので、「お疲れ!」という感じで終わらせようとするし、任務に送り出す際にはあれほど熱く思いを語っていたメイア首相も、任務の終了にあたってはアヴナーの顔も見に来ないし。イスラエル的には完全に終わった話になったわけです。

しかしアヴナーにとっては「国際的に知れ渡った殺し屋」となったこれからが本番なんですが。

ここでようやく使い捨てにされたことに気付いたアヴナーは身分を変えてNYに潜伏するのですが、不安は一生付き纏います。そしてアヴナーの物語は何も解決しないまま終劇。「え?ここで終わる?」と言いたくなるほどの呆気ない幕引きで、この後味の悪さはものすごかったですね。

スピルバーグの社会派系作品の中では、今のところ最上位の作品だと思います。

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