推しの子_普段アニメを見ない中年の感想【9点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2023年 日本)
驚異の構成力と洞察力で紡がれる超ド級のアニメ。↑のサムネを見て「自分の趣味じゃないわ」と思った人こそ見て。そういうアニメではまったくないので。

感想

期待していなかったら激しく面白かった

このブログを見ていただければお分かりの通り、基本、私は洋画ばかり見ている。

たまにアニメの記事を書いてもほぼガンダムの話なので、私の興味の対象がどこにあるのかははっきりしている。

私にとってアニメとはロボットが出てくるものであり、それ以外のアニメにはさして関心がない。特に可愛らしい美少女キャラクターが出てくるアニメは苦手で、背筋がぞわ~っとしてくる。

そんなわけなので本作には基本、関心なかった。珍しくリアタイ視聴していた嫁から「面白い」とやたら勧めてこられて、むしろ見たくなくなったりで。

2023年4月の放送から半年は放置の状態が続いていたんだけど、40歳を過ぎてくると「流行りものは素直に見ておいた方がいい」という感性も芽生えてきて、空き時間はできたけどガッツリ映画を見るほどでもないという日に、Netflixで第一話を鑑賞した。

ちょっと脇道に反れるけど、なぜ「流行りものは素直に見ておいた方がいい」かと言うと、大勢が見た作品に触れておくことで社会との接点ができるし、その積み重ねが知識や感性の引き出しを増やしてくれるからだ。

20代の頃にはどうしようもないB級映画ばかりを見ていて、たまに当たりを引き当てた時の感動や、ほとんどの人が知らない良作を独り占めしている感覚に酔いしれていたものだが、その感動をシェアする相手はほぼいなかった。

流行ものから背を向ける生活を10年単位で送ると、もはや趣味の話なんて家の外でできなくなる。

そうした経験の結果、「みんなが見ているものを同時代に共有する」という経験の積み重ねは、思いの外大事だということを痛感した。

あと、新しいものに触れ続ける経験は前頭葉の活動を鈍らせないことにつながるというネット記事を読んで、おおいに影響されたというのも大きい。

私がなりたくないものNo.1は頑固じじいなんだけど、老人が頑固になってしまう原因は前頭葉の劣化にあるらしい。前頭葉とは思考や社交性を司る部位なんだけど、その機能の衰えが頑固じじい化の主たる要因なのだとか。

人間は歳を重ねると「面白いか面白くないか分からない未体験のジャンル」よりも、「若い頃に見て面白いことが分かっている旧作」を選びがちになるのだけど、そうして脳の動きがパターン化されてくることで、前頭葉の活動は鈍る。

よって「新しいものを見る」という体験は、意識的に行った方がいいらしい。

前置きは長くなったが、こういう経緯があって本来は苦手意識の強いジャンルの本作に挑戦したのだけど、あまりの面白さにぶったまげた。

第一話で心を掴まれ、「空き時間はできたけどガッツリ映画を見るほどでもないという日」だというのに5話まで見た。

第一話が90分もあるので合計すると3時間ほどで、『プライベート・ライアン』(1998年)を見るのとさして変わらない。

翌日は仕事終わりに帰宅して、残りの6話を一気見した。もはや虜だった。

衝撃のプロローグ

何がそんなに良かったのかというと、作品の構成と、その内に秘められた批評性、そしてストーリーテリングの意外性が神がかり的なレベルに達していたことだ。

『推しの子』というタイトルが示す通り、アイドルから産まれた子供を主人公にした作品だ。ただし特殊なのは、その子供はアイドルファンが輪廻転生した姿であり、かつ、前世の記憶を持った状態だということ。

主人公ゴローは地方の総合病院の勤務医で、星野アイという売り出し中のアイドルのファンなんだけど、ある日、アイが極秘出産のため入院してきて、ゴローは彼女の主治医になる。

何としてでもアイの安全を守ると誓うゴローだが、そこに熱心すぎるあまりストーカー化したアイのファンが現れ、揉み合いの末にゴローはストーカーに殺されてしまう。

…のだけど、なんとゴローはアイの息子アクアとして転生し、推しのアイドルの愛情を全身に受けて育つという幸運をゲットする。

そしてアイの子供は双子であり、もう一人はルビーと名付けられた女の子。彼女もまたアイドルファンの転生であり、前世の記憶を持っている。

アイドルファンが「推しの子」として転生するという概要のみを切り取るとコメディっぽくもあり、実際、可愛らしい描写やコミカルな描写も多いのだけど、そのプロセスにおいて「ストーカー」や「殺人」といった気味の悪い要素が混入しているので、見ている側も落ち着かない。

物語は、元ファン・現息子アクアの目を通し、アイドルとして今まさに開花しようとしているアイのサクセスストーリーとして進むかに見えるのだが、第一話ラストで件のストーカーが再登場し、アイは志半ばで刺殺される。

「何だ!この展開は!」と驚いたと同時に、それまで楽しく見ていた物語が、実はプロローグに過ぎなかったということに激しく動揺した。

テーマとストーリーの完全一致

十数年後、アクアとルビーは高校進学をする年齢に成長しているが、さすがはトップアイドルの血を引くだけあって、常人とは違うものを持っている。

ここから物語は二軸に分かれる。

第一軸は、推しの死の真相に迫ろうとするゴロー(=アクア)による謎解き。加害者の自殺によって世間的には終わったと認識されている星野アイ殺人事件だが、そのストーカーがアイドルの極秘出産を嗅ぎ付けるほどの背景を持っているとも思えないゴロー(=アクア)は、アイの周囲に情報を流した者がいたと推測。推しを死に追いやった者を探し出そうとする。

第二軸は、芸能の道を志すアクアとルビーのサクセスストーリー。アクアは端正なルックスと味のある演技が評価されて期待の若手俳優となり、ルビーは母と同じくアイドルの道を志す。

まず第一軸だが、アイドルと殺人ミステリーという一見すると結びつかない構成要素を、完全一致させていることが凄い。

↓は本作のOPテーマ曲「アイドル」の歌詞の一節で、アイドルとは虚構の存在であることが示されている。

無敵の笑顔で荒らすメディア

知りたいその秘密ミステリアス

抜けてるとこさえ彼女のエリア

完璧で嘘つきな君は

天才的なアイドル様

「アイドル」作詞Ayase

アイドルは、一個人としての生活も、生物としての欲求もない、「異性にはこうあってほしい」というファンの願望を具現化した存在として熱狂的な支持を受けるのだけど、当然のことながら、彼ら彼女らだって生身の人間である。

「んなわけない」と分かりつつも、ファン達はアイドルに虚構を押し付け、虚構に夢中になる。

それを受けたアイドルは本当のことを言えなくなり、彼ら彼女らを取り巻く何もかもが嘘になる。

まさにアイドルという存在自体が嘘の塊であり、このOPはその事実を容赦なく突き付ける。

そして、そのアイドルの頂点に立とうとしていた星野アイは嘘の天才であり、転生後の数年間、彼女と生活を共にしたゴロー(=アクア)にすら、その実像は分からなかった。そのことが生前の彼女に対する謎を深める。

アイドルというテーマと、犯人捜しというストーリーの完全一致。

この構成には唸らされた。クリストファー・ノーランを越えているとすら思う。

強烈な「恋愛リアリティショー」編

次に、第二軸の芸能サクセスストーリー。

表面的にはアクアとルビーが実力を開花させる物語として構築されているのだが、やはり一筋縄ではいかない。エンタメ業界の暗部をえぐる内幕ものとしても機能しているのである。

エンタメは商品であり、ただひたすらに作品としての完成度が追及される世界ではない。そこには醜い政治や駆け引き、身を削るような熾烈な競争があるという「視聴者も薄々感づいていたけど、実際そうだったのね」という事情が白日の下に晒される。

本作は「2023年の覇権アニメ」と呼ばれたにも関わらず、その放送はローカル局であるTOKYO MXだった。

なぜそんなビッグタイトルがキー局に軒並み見送られたのかというと、やはりこのパートが手厳しかったからだと思う。

そんな中でも白眉だったのは中盤の「恋愛リアリティショー」編。

大物プロデューサーに見初められたアクアは恋愛リアリティショーに出演する。

芸能人として売れたいという思いがさして強くないアクアは適当にやり過ごすんだけど、一方で所属事務所の思いを背負った真面目な出演者もいる。

その中の一人 黒川あかねが何とか目立とうとした結果、視聴者からの反感を買ってSNSは大炎上。根が真面目な彼女は自殺を考えるまで追い詰められる。

2020年5月に発生した「テラスハウス大炎上事件」を彷彿とさせる展開だが、原作連載は2020年4月なので現実の事件にインスパイアされたものではなく、偶然タイミングが重なっただけらしい。

これだけ類似した事件がリアルに起こってしまうという辺りも、この原作の鋭さを示している。

現実のテラハ事件は「テレビのショーを真に受けて本人のSNSにまで突撃した一般人が悪い」という落とし所で終了したが、本作の分析はそこに留まらない。

「ショーを真に受けるバカが視聴者である」ということを重々承知した作り手側が、番組を盛り上げるため一部の出演者を意図的にヒールに仕立て上げ、炎上を煽ったという不都合な事実までを指摘するのだ。

本作の構成の凄い点は、この「恋愛リアリティショー編」の直前、アクアが世に出るきっかけとなったドラマ出演で、彼は悪役を演じたという展開を入れていることだ。

ヒールを演じたという点でアクアと黒川あかねは共通しているのだけど、「これは作りものです」という前提の置かれたドラマでは炎上が起こらず、「本当にこういう人です」という見せ方をされるリアリティショーでのみ炎上は起こる。

リアリティショーという体裁自体が、倫理的にかなりギリギリのものだと言える。

リアリティショーは、その名の通り台本がない。そういった意味では看板に偽りなしなのだが、であるからこそ炎上した本人が受けるダメージも大きく、テレビ局側は彼ら・彼女らに対するケアが必要ではないのかという点への言及もある。

この鋭い批評性も本作の魅力となっている。

あと有名人のSNS炎上について私見を追加すると、ネットニュースが与える影響も大きいと思う。

「コタツ記事」というものがよく問題になる。コタツ記事とは、ライターが取材に基づかず、テレビ番組やSNSで見た内容を、そのまま書き起こしただけの記事とも言えない記事だ。

「テレビ番組●●で大物司会者▲▲が問題発言!」「▲▲の発言を巡りSNS大炎上!」という記事をよく見かけると思うが、そういうのがコタツ記事の最たるものだ。

PVを稼ぐことが目的なので極端な部分のみが切り取られており、これだけ読むと全体を見誤らせる内容となっていることが多く、個人的には害悪がかなりあると思っている。

直近の例だと、2023年10月21日に放送された『キングオブコント2023』内でのハプニングを取り上げた記事で、こんなものがあった。

浜田雅功 キングオブコントでスタッフに“公開説教” すでにステージ裏に移動も呼び戻され(2023/10/21 23:07 スポニチアネックス)

番組を見た人ならわかるが、次のネタの準備に裏方が手間取るという、生放送内で起きたグダグダの進行を、司会者が瞬発力で笑いに変えて場をつないだだけの一幕なのだけど、こういう書き方をされると「大物によるパワハラがあった」という印象となる。

SNSにおける誹謗中傷では、最初に騒いでいるのは一部のアンチだけなんだけど、極端な部分だけを切り取ったコタツ記事がネットニュースという確固たるメディアで拡散されることで、否定の声に何となく「中立性」「権威性」「みんなそう言ってる感」が生まれてくる。

そうなってくるとアンチ以外、場合によっては番組を見ていない人までが誹謗中傷に参加し始めるわ、そもそも騒いでいたアンチの言葉はより激しくなるわで、収拾がつかなくなる。

ヤフーニュースは通勤時などに私も読んでるけど、こういう害悪の大きな記事の規制は行うべきだと思う。作品の感想から話は大きくそれてしまったけども。

正統派としての面白さ

ここまで変化球としての面白さばかりを挙げてしまったが、王道のサクセスストーリーとしても十分に面白いのが本作の凄いところである。

もう一人の主人公ルビーはゼロの状態からアイドルグループを作り上げ、運や偶然にも助けられつつ、初ステージへの出演の機会を掴む。

この「成り上がっていく様」が、中年のおっさんの目にも十分に面白かった。

そして地味にすごいと思ったのが、架空のヒット曲をがっつり仕上げてきていることである。

コミックは音のないメディアなので、原作において彼女らの歌う楽曲は適当に流されていたようだが、アニメという音のあるメディアではそうはいかない。

「確かにこれは売れるわ」と視聴者を納得させるだけの架空のヒット曲を作って、彼女らに歌わせないと作品として成立しなくなるのだ。

その昔、天才ボーカリストをテーマにした『BECK』というコミックがあって、2008年には実写映画化されたんだけど、天才ボーカリスト佐藤健の歌唱パートを無音にするというまさかまさかのインチキをはたらいて、失笑を買った。

実写版『BECK』は、説得力ある楽曲やパフォーマンスを生み出さなければならないという重い宿題から逃げたわけだが、本作はそこで妥協していない。

劇中のアイドルグループ「B小町」は『STAR☆T☆RAIN 』『サインはB』『HEART’s♡KISS』の3曲を披露するのだけど、そのどれもがアイドルの楽曲としてちゃんと成立しているし、星野アイ役の高橋李依の歌唱力も絶妙だ。

ただ歌が上手いだけではなく、アイドルらしい歌い方をしている。この説得力が凄い。

また上記にあげたOPテーマ『アイドル』とEDテーマ『メフィスト』はどちらも名曲で、クリエイティブ面では全方位に力の入った作品だと言える。

最後に一点だけ不満を書くと、キャラクターの美醜の描き分けが不完全で、作品中で「美しい」とされるキャラと、「凡人並み」とされるキャラが見た目的にさして違いがなかった。

これは本作固有の欠点というよりもアニメという媒体の限界なのだろうとは思うけど、アイドルとファンというテーマを描くにあたって、美醜の描き分けができていないのはまぁまぁの問題だと思う。

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