リチャード・ジュエル_保身に走った権力の恐怖【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの

(2019年 アメリカ)
実際に起こったメディア被害事件の映画化ですが、非を認めたくない権力が暴走して個人が犠牲にされるという構図には胸が痛むし、好戦的な弁護士の登場で不利な形勢を逆転していく過程には興奮があり、ドラマとしてもエンタメとしてもイケる満足度の高い映画でした。

あらすじ

1996年、オリンピック開催中のアトランタ。しがない警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)がイベント会場に仕掛けられた爆弾をいち早く発見し、周辺に居た人々を迅速に避難させたので人的被害が最小限にとどめられた。リチャードは英雄として持て囃されたが、FBIは彼のプロフィールに過去の爆弾犯や放火犯と一致する点があるとして、極秘裏に捜査を開始する。

そんな折、スクープを狙う地元紙の記者がFBI捜査官に接触し、リチャードが捜査対象であるという内部情報を入手した。地元紙がこれを一面トップで報じ、その他の報道機関もこれに追従したことから、英雄から一転してリチャードは疑惑の人となる。

スタッフ・キャスト

監督はクリント・イーストウッド

1930年サンフランシスコ出身。

映画監督としては『許されざる者』(1992年)と『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)でアカデミー作品賞と監督賞を受賞。なお、『ミリオンダラー・ベイビー』では74歳という史上最年長受賞の記録も出しました。

その他、『ミスティック・リバー』(2003年)、『硫黄島からの手紙』(2006年)、『アメリカン・スナイパー』(2014年)の3作品は作品賞・監督賞にノミネートされており、どんだけ傑作ばっか撮ってるんだという映画の生き仏様です。

脚本は『キャプテン・フィリップス』のビリー・レイ

1990年より脚本家業を開始し、ブルース・ウィリス主演の『薔薇の素顔』(1994年)で初クレジット。『ニュースの天才』(2003年)、『アメリカを売った男』(2007年)の2本の社会派映画では監督も務めて高評価を受けました。

他に、大ヒット作『ハンガー・ゲーム』(2012年)、ポール・グリーングラスの実録アクション『キャプテン・フィリップス』(2013年)、ウィル・スミス主演の『ジェミニマン』(2019年)を手掛けています。

主演はコメディアンのポール・ウォルター・ハウザー

1986年ミシガン州出身。

高校卒業後にコメディアンを目指してLAに渡り、10代の頃からスタンダップコメディアンとして舞台に立っていました。

2010年以降は俳優としてテレビドラマに出演するようになり、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)と、『ブラック・クランズマン』(2018年)への出演で評価と知名度を上げました。

アカデミー賞女優キャシー・ベイツが出演

1948年メンフィス出身。1971年に映画デビューしたものの、当初の活動の中心は舞台でした。

『ミザリー』(1990年)でアカデミー主演女優賞受賞。『パーフェクト・カップル』(1998年)、『アバウト・シュミット』(2002年)、そして本作『リチャード・ジュエル』(2019年)でアカデミー助演女優賞にノミネートされています。

作品概要

1996年の実話がベース

本作は1996年に起こった名誉棄損事件を元にしています。

史実は映画で描かれていることとほぼ同じであり、FBIが爆弾事件の第一発見者リチャード・ジュエルの身辺を洗うという当たり前の捜査をしていたところ、捜査官の一人が記者に情報をリークしてしまい、地元紙アトランタ・ジャーナルが一面トップで報じたことから具体的な根拠のないままリチャード・ジュエル犯人説が独り歩きを始めました。

非を認めたくないFBIとマスコミは疑惑をどんどん煽り、容疑をかけられたリチャードと母親はプライバシーを失いました。

88日間に及ぶ捜査を経て、連邦検事ケント・アレクサンダーは「証拠を精査した結果、リチャード・ジュエルを捜査対象とは見なさない」との結論を出し、別の声明文で捜査情報の漏洩を批判しました。

なお、作品でオリヴィア・ワイルドが演じたキャシー・スクラッグスは実名。映画で描かれている通り、スクラッグスは金髪とミニスカート、性的なアピールを武器にして情報源に迫っていくタイプの記者でした。

リチャード・ジュエルに係る誤報は彼女に多大なストレスを与え、2001年9月、43歳にして急性モルヒネ中毒で死亡しました。

作品中でのスクラッグスの描写にアトランタ・ジャーナルは事実ではないと抗議をしてきたのですが、ワーナーは信頼性の高い情報源に基づいているとして、アトランタ・ジャーナルからの抗議に取り合いませんでした。

新聞社も記者も実名を出すという辺りにアメリカらしさを感じました。ジャーナリストは半公人であり、世論に多大な影響を与え、場合によっては人を傷つけることもある権力者であることを考えると、その仕事の結果起きたことには実名を使わせてもらうぜという。

製作の紆余曲折

2014年に本作の製作が発表され、リチャード・ジュエル役にジョナ・ヒル、弁護士役にレオナルド・ディカプリオがキャスティングされ、二人はプロデューサーも兼任しました。

監督にはポール・グリーングラスが考えられており、『キャプテン・フィリップス』(2012年)でもグリーングラスと仕事をしたビリー・レイが脚本を執筆しました。

しかしグリーングラスは『ジェイソン・ボーン』(2016年)の撮影へと移っていき、代わりに『アメリカン・ハッスル』(2013年)のデヴィッド・O・ラッセルや、『O.J.:メイド・イン・アメリカ』(2016年)でアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したエズラ・エデルマンに監督依頼をしたのですが、いずれも軌道に乗りませんでした。

2019年4月にジョナ・ヒルとディカプリオは降板を発表したのですが、その後、一度は本作の企画を下りていたクリント・イーストウッドが監督として戻ってきました。

そこから2か月足らずでキャスティングなどを行い、6月24日に撮影開始。8月24日には撮影を終え、11月20日のAFI映画祭で初披露となりました。

複数人の監督が何年もまとめられなかった企画を、僅か7か月足らずで完成にまで持っていったイーストウッドの神業には恐れ入ります。

イーストウッド史上屈指の低い興行成績

そして2019年12月13日に全米公開。批評家からのレビューは上々だったものの、初登場4位、4週目にしてトップ10から姿を消し、全米でのトータルグロスは2234万ドルに留まりました。

これは評判の悪かった『15時17分、パリ行き』(2018年)をも下回る数字であり、興行的には失敗しました。

感想

イーストウッドの熟練技が光る

本作の監督はクリント・イーストウッド。90歳に突入してもなお、年一本のペースで新作をリリースし続ける映画の生き仏様です。

保身に走った権力と対決せざるを得なくなった個人を描いた本作は、12年前にイーストウッドが監督した『チェンジリング』(2008年)を彷彿とさせます。

『チェンジリング』は、シングルマザーが可愛い一人息子を誘拐されたが、警察の初動ミスで犯人の足取りを完全に見失うわ、数か月後に「無傷で息子さんが戻ってきましたよ」と言われて対面して見ると赤の他人の子供だわ、自分の子ではないと主張すると精神病院に入れられるわと散々な話でしたが、不条理さでは本作も負けてはいません。

FBIとマスコミが一個人を爆弾犯だと見做すのですが、スクープという花火を打ち上げてしまったからには後には引けないとして、証拠もなく雰囲気で主人公を追い込んでいきます。

ここで描かれるのは正論が通じなくなってしまった環境の恐ろしさ。

被虐的な描写を得意とするイーストウッドは主人公が打ちのめされる様をこれでもかと描写して観客の心を搔き乱し、彼を救いに現れる弁護士には正義の味方のような圧倒的な安心感があって、巨悪に立ち向かう物語としてエンタメ的な楽しみも提供されます。

圧倒的に感動的で面白い。本作は社会派ドラマの教科書的な作品だと言えます。

保身に走る権力の脅威

ただしそんな権力の暴走も、そのきっかけは些細なボタンの掛け違えでした。

特ダネを求める地元紙の記者キャシー・スクラッグス(オリヴィア・ワイルド)がFBI捜査官トム・ショウ(ジョン・ハム)に接触し、実は爆破事件の容疑者としてリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)を調べているという内部情報を得ます。

ただしトムは自分以外のソースからの裏付けも取れてはじめて記事にするようにとの注文を付けたのですが、先走ったキャシーはトムのコメントのみでリチャード・ジュエルが容疑者であることを一面トップで報じてしまいます。

作劇上の悪役はこの二人なのですが、そのきっかけは二人の間での些細な行き違いであり、特に悪意はなかったことが分かります。

捜査機関が第一発見者や現場の目撃者を調べることは通常の手続きだし、ちょっと変わり者だったリチャード・ジュエルに疑いの目が向いたことも、さほどおかしなことではありません。

そのうちリチャード犯人説を裏付ける物的証拠が何も出てこないことや、脅迫電話をかけることが物理的に不可能だったことに気付いて、FBIはその線での捜査を取りやめることになったのでしょうが、報道が先に出てしまい捜査機関としてのメンツを守るためにはリチャードが犯人であってくれないと困るという状況が出現しました。

ここからFBI、というか「マスコミに喋ったのは誰だ!」と上司からどやされたトム・ショウが暴走を始めます。

それは報道機関も同じくで、全国紙に負けじと単独スクープとして一面トップで報じてしまった以上、今さら誤報でしたというわけにもいきません。

そこでリチャードがいかに疑わしい人物であるかを連日報じるようになり、彼が犯人であるという印象がどんどん固まっていきます。

捜査機関と報道機関という二つの権力が一個人に襲い掛かってくる恐怖。しかもそのスタート地点にあるのは当事者二人の些細なボタンの掛け違えなのですが、「間違いであっては困る」という組織のメンツが関わった瞬間に、制御不能な人権抑圧マシーンになるという点に恐ろしさを感じました。

闘志を失っていた弁護士の再起の物語

そうした脅威に見舞われて絶体絶命となったリチャードを救うのは、彼とは旧知の仲である弁護士のワトソン・ブライアント(サム・ストックウェル)でした

ワトソンは、かつてリチャードが中小企業局で備品係をやっていた時代に同じ職場で相談員をしていた弁護士なのですが、キレやすい性格が災いして周囲に人を寄せ付けず、そのうち誰も居ない書庫にたった一人でデスクを構えさせられるという不遇を受けました。

その後ワトソンは中小企業局を退職して弁護士事務所を開設するのですが、またしても激しい性格が災いしたのかクライアントの付かない閑古鳥の鳴く事務所になっており、たった一人の事務員と細々とした経営を行っています。

法執行官を目指すが行き先のなかったリチャードと同じく、ワトソンもまた弁護士としての活躍の場を得られずに燻ぶっていたのでした。

そこに捜査機関と報道機関からロックオンされたリチャードからのSOSが舞い込んできます。

人助けができる、しかも思う存分喧嘩していい相手ができたということで、俄然張り切るワトソン。

彼のファインプレーの連続でリチャードは救われることとなるのですが、そこにあるのは利他的な行動ではなく、「こんな仕事をやりたかったんだ!」というワトソンにとってのやりがいでもありました。

闘志を失って燻ぶっていた中年弁護士が、大仕事にぶつかったことで職業人としての本分を取り戻す物語。本作は職業映画としても熱く面白くなっています。

キャシー・ベイツの樹木希林的な演技に注目 ※ネタバレあり

リチャードと同居の母親バーバラを演じるキャシー・ベイツは本作にてアカデミー助演女優賞にノミネートされましたが、確かに印象に残るパフォーマンスを披露しています。

ちょっと困ったところもある息子ジュエルを優しく見守り、彼が冤罪事件に巻き込まれても激しく動揺したりせず、比較的落ち着いた対応をします。

しかし後半にてワトソンがセッティングした記者会見で感情を爆発させる場面だけは別。あそこにすべてが集約されていました。

それまで淡々としていたバーバラが涙ながらに息子の無実を主張し、その言葉に力があったことから世論を一転させます。

あのスピーチは親子愛を感じさせる非常に感動的な場面であったと同時に、世論を完全にこちら側に付けるという逆転の興奮も宿っていました。

加えて「息子を告発する気がないのなら手を引いて欲しい」という最後の言葉は、本件の核心をも突いていました。

争点はもはや真犯人が誰かではなく、捜査機関や報道機関が自分達の非を認めたくない余り、リチャード犯人説に執着し続けているということでした。

バーバラはその本質を見抜き、リチャードが犯人であって欲しいと願っている人間達が一番言われたく一言を言ったのです。 こうした感情や洞察力の入り乱れたスピーチをキャシー・ベイツは見事にこなしてみせます。

ちょっと前の日本なら樹木希林がやっていたであろう役柄を、アメリカの肝っ玉母さんは実に見事に演じています。この熱演には一見の価値ありです。

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