Mank/マンク_しくじり脚本家の物語【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの

(2020年 アメリカ)
歴史的傑作『市民ケーン』(1941年)の脚本家にスポットを当てたバックステージものなのですが、市民ケーンに係る有名な逸話はことごとく落とされていることから、事前の想像とはかなり違った作品で戸惑いました。フィンチャーの意図がわかるとそれなりに納得できるのですが、面白い逸話が生かされていないこともあって、事前の期待値には届いていません。

あらすじ

1940年。脚本家のハーマン・J・マンキーウィッツ(ゲイリー・オールドマン)は新人監督オーソン・ウェルズからの要請で『市民ケーン』(1941年)の脚本の執筆を開始する。それは実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト(チャールズ・ダンス)をモデルにした作品であり、マンキーウィッツはハーストと友人関係にあった。マンキーウィッツはなぜ友人を題材にした脚本を書くに至ったのか。

スタッフ・キャスト

監督はデヴィッド・フィンチャー

1962年デンバー出身。映画好きな父ジャックの影響で自身も映画好きとなり、『スター・ウォーズ』(1977年)に魅了されて映画界入りを決意。高校卒業後にジョージ・ルーカスが経営するVFX工房ILMに入社し、アニメーターとして働きました。

現在の作風からは想像もできませんが、映画人としてのフィンチャーの原体験はスター・ウォーズだったのです。

その後独立して25歳の時にドミニク・セナと共にプロパガンダ・フィルムズを創業。MTVを製作する会社として同社は大きく成長し、1990年には全米のすべてのMTVの1/3を一社で製作するまでになりました。

フィンチャーはMTVであってもストーリー性を織り込むことにこだわりを持っており、その姿勢から『エイリアン3』(1992年)の監督に抜擢されました。ただし『エイリアン3』はスタジオからの干渉に遭ってうまく製作することができず、興行的にも批評的にも苦戦を強いられました。

その後『セブン』(1995年)で持ち直し、『ファイト・クラブ』(1999年)で再び興行的・批評的な苦境に立たされるも(今では傑作扱いですが、公開当時は失敗作と見られており、フォックス社長のクビまで飛びました)、その確実な作風からコアな映画ファンは彼に味方しました。

21世紀に入ると巨匠の仲間入りをしたのですが、名声のあるフィンチャーをもってしても大手スタジオとの仕事では制約条件が多かったようで、連続ドラマ『ハウス・オブ・カード』(2013-2018年)の製作を機に作家主義のNetflixとの蜜月が始まりました。

以降は連続ドラマ『マインド・ハンター』(2017年-)、成人向けアニメシリーズ『ラブ、デス&ロボット』(2019年) と創作活動の場を完全にNetflixのみに絞っており、本作で初めてストリーミング向けの長編作品を監督するに至りました。

本作の完成後にはNetflixと4年間の独占契約を締結しており、映画館で上映される作品を撮る気はもうないということが伺えます。

主演はアカデミー賞俳優ゲイリー・オールドマン

1958年ロンドン出身。

大学で演技を学んだ後に舞台俳優として活躍し、多くの賞を受賞しました。映画界への進出は1982年であり、アレックス・コックス監督の『シド・アンド・ナンシー』(1986年)でシド・ヴィシャス役を演じて注目されました。

その後しばらくはパッとしなかったのですが、オリバー・ストーン監督の『JFK』(1991年)で復調し、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)に主演。

この2作のインパクトが強かったためか90年代には悪役専業となっており、『トゥルー・ロマンス』(1993年)、『レオン』(1994年)、『告発』(1995年)、『フィフス・エレメント』(1997年)、『エアフォース・ワン』(1997年)とあまりにも似たような役が連続したために、本人もうんざりしていました。

2005年からスタートした『ダークナイト』トリロジーでは一転して正義のゴードン本部長を演じており、悪も正義もどちらもイケる芸達者ぶりを披露。

同業者からの支持の強い俳優であり、特にブラッド・ピットは彼を神とまで呼んでいるのですが、そんな評価とは裏腹に賞とは無縁の状態が長く続きました。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017年)でようやくアカデミー主演男優賞を受賞。

フィンチャー組集結

デヴィッド・フィンチャーは馴染みのスタッフと仕事をすることが多いのですが、本作ではそんなスタッフが大集合しています。

  • エリック・メッサーシュミット(撮影):『マインドハンター』(2017年)
  • カーク・バクスター(編集):『ゾディアック』(2007年)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年)、『マインドハンター』(2017年)
  • トレント・レズナー&アッテイカス・ロス(音楽):『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)
  • トリッシュ・サマーヴィル(衣装デザイン):『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)
  • ドナルド・グレアム・バート(プロダクション・デザイン):『ゾディアック』(2007年)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年)、『マインドハンター』(2017年)
  • ラリー・メイフィールド(キャスティング・ディレクター):『ファイト・クラブ』(1999年)、『パニック・ルーム』(2002年)、『ゾディアック』(2007年)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年)、『マインドハンター』(2017年)

作品解説

『市民ケーン』(1941年)とは

本作は映画『市民ケーン』(1941年)の撮影にまつわる実際の人間模様を再現したドラマなので、そもそも『市民ケーン』とは何ぞやについて簡単に触れておきます。

『市民ケーン』はオーソン・ウェルズが25歳の時に製作・脚本・監督・主演を務めた作品であり、固有名詞こそ変えてあるものの、実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの人生をまんまトレースしたドラマでした。

同作はパンフォーカス、ローアングル、ハイコントラスト、時間軸の解体など当時としては革新的な技法をこれでもかと動員した芸術的価値に加えて、映画として滅茶苦茶に面白いということもあって、映画史上でもトップクラスの名作という評価を獲得しています。

ただし当然の如くハースト本人からの怒りを買い、公開当時は猛烈な上映妨害運動を受けました。 その結果、興行成績は惨敗し、アカデミー賞にも圧力をかけられて脚本賞のみの受賞となりました。

プロダクション

本作の脚本はライフ誌の記者だったデヴィッド・フィンチャー監督の父である故・ジャック・フィンチャー(1930-2003)が生前に執筆したものであり、フィンチャーは『ゲーム』(1997年)の次回作としてケヴィン・スペイシー主演、ジョディ・フォスター共演で製作しようとしていました。

しかしモノクロというフィンチャーのビジョンに、当時フィンチャーと共に企画を進めていたポリグラムが同意せず、結局製作には至りませんでした。

その後、『ハウス・オブ・カード』の製作によってフィンチャーはストリーミング最大手のNetflixと懇意になり、そのNetflixはアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(2018年)やマーティン・スコセッシ監督の『アイリッシュマン』(2019年)など、通常のシステムではなかなか新作を撮れなくなった一流監督に自由な製作の場を与えるというモデルを確立したことから、いよいよフィンチャーも念願の企画実現に向けてNetflixと共に動き出したのでした。

フィンチャーとオールドマンの元奥さんは同じ人

ただし90年代の企画でフィンチャーが主演に希望していたケヴィン・スペイシーは2017年のセクハラ騒動で引退済であり、あらたな主演俳優が必要になりました。

そこで現れたのが演技派として名高いゲイリー・オールドマンだったのですが、二人の接点は意外なところにありました。

デヴィッド・フィンチャーには2度の結婚歴があるのですが、そのうちの最初の奥さんはドーニャ・フィレオレンティーノという女性で、1990年から1995年までの5年間、婚姻関係にありました。

このドーニャという女性がなかなか強烈な方のようで、彼女との婚姻期間の経験が後に製作する『ゴーン・ガール』(2014年)のインスピレーションの源になったようです。

で、1995年にフィンチャーと離婚したドーニャは、1997年にゲイリー・オールドマンと再婚。フィンチャーとオールドマンの接点はここで生まれたようです。

オールドマンとドーニャの間には2子が誕生したのですが、やはり結婚はうまくいかず2001年に離婚しました。

ドーニャ・フィオレンティーノとゲイリー・オールドマン
https://biographypedia.org/the-untold-truth-of-gary-oldmans-ex-wife-donya-fiorentino/

2018年3月にオールドマンが念願のアカデミー主演男優賞を受賞した際、ドーニャはマスコミに対して過去のオールドマンのDVを告発しました。ただし成人していた息子が理想的な父親であるとしてオールドマンを擁護し、それ以上スキャンダルが広がることはありませんでした。

知っておいた方がいい人名

後述の通り、本作は1930~40年代のハリウッドの有名人を知っているという前提で作られているので、人名とその功績については事前に頭に入れておくことをお勧めします。

スタジオ関係者

  • ハーマン・J・マンキーウィッツ(ゲイリー・オールドマン):大手スタジオと契約していた脚本家であり、MGMの名作『オズの魔法使い』(1939年)ではカンザスパートを担当した。『市民ケーン』(1941年)の脚本執筆のために雇われたが、その時点ですでにベテラン脚本家だった。
  • ジョゼフ・L・マンキーウィッツ(トム・ペルフリー):ハーマンの弟で、後にアカデミー監督賞と脚本賞のダブル受賞を2年連続で成し遂げ、ハリウッドきっての知性派と呼ばれるようになる。
  • デヴィッド・O・セルズニック(トビー・レオナルド・ムーア):『キング・コング』(1933年)、『風と共に去りぬ』(1939年)、『レベッカ』(1940年)を製作した大プロデューサー。メイヤーの義理の息子。
  • ルイス・B・メイヤー(アーリス・ハワード):MGM創始者にしてハリウッドの頂点に君臨している。ハーストの友人であり、セルズニックは義理の息子。
  • アーヴィング・タルバーグ(フェルディナンド・キングズレー):メイヤーの右腕である大プロデューサー。

ハースト関係者

  • ウィリアム・ランドルフ・ハースト(チャールズ・ダンス):下世話な記事で人気を集めたメディア王。RKOが自分をモデルに『市民ケーン』(1941年)を製作中と知り、作品を潰しにかかる。
  • マリオン・デイヴィス(アマンダ・サイフリッド):女優で、ハーストと愛人関係にある。ハーストの威光で映画に出演しているが、彼女が本来演じたい役柄ではない。アーヴィング・タルバーグとは友人関係にある。
  • チャールズ・ㇾデラー(ジョセフ・クロス):傑作『ヒズ・ガール・フライデー』(1940年)を書いた名脚本家で、同業者のハーマン・L・マンキーウィッツとは友人関係にある。マリオン・デイヴィスの甥であり、後にウェルズの元妻と結婚した縁でウェルズ朋友人になる。

オーソン・ウェルズ関係者

  • オーソン・ウェルズ(トム・バーク):10代で舞台俳優となり、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』(1898年)をラジオドラマとして放送する際に臨時ニュースのような体裁をとったことから、物語を事実と勘違いした聴取者を多数出してパニックを引き起こすという伝説を残した。その評判を聞きつけたRKOは、監督経験のない24歳のウェルズに現場の全権限を与えて本作『市民ケーン』(1941年)を製作。
  • ジョン・ハウスマン(サム・トラウトン):後にアカデミー賞を受賞する俳優であり、ウェルズの友人。ともにマーキュリー劇団を立ち上げた。

感想

相当な知識を要する映画

本作はいわゆるバックステージものの映画です。

このジャンルはたいていが観客に対して優しい作りになっており、題材とされる映画を見ていなくても理解や共感が可能な作りとなっていることが多いのですが、本作に限っては観客に対して相当な量の知識を要求するという、かなりスパルタな作りになっています。

まず『市民ケーン』(1941年)を見ていることは大前提。80年近くも前の映画だし未見の観客に対する配慮があるのかなと思いきや、これを見ていないとまったく話になりません。また後世における『市民ケーン』への評価も当然知っているものとして扱われます。

『市民ケーン』が実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしており、製作から公開に至るまでハーストからの圧力を受け続けたというよく知られている舞台裏も、本作ではもはや説明すらなされません。

またクリエイティブ面での功績をすべて自分のものにしようとしたオーソン・ウェルズと、それを不服としたハーマン・J・マンキーウィッツの対立もはっきりとは描かれません。

加えて厄介だったのが、当時の映画関係者をある程度知っていることも必要だということでした。スタジオの大物だったルース・B・メイヤー、アーヴィン・タルバーグ、デヴィッド・O・セルズニック、そして主人公ハーマンの弟であり後に大監督となるジョーゼフ・L・マンキーウィッツ辺りは一体何者で、どんな功績を持っているのかを知っておかないと、何の話をしているのだか分からなくなります。

こうした前提知識は上記「知っておいた方がいい人名」にまとめておいたので、鑑賞に当たってご参考になさってください。

良くも悪くも鑑賞前の想像と違う映画だった

鑑賞前には、何となく「権力者からの圧力と戦うクリエイターの物語」を想像していました。

史実におけるハーストからの圧力や当時の興行面・批評面での苦境を考えると、ブライアン・クランストン主演の『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)みたいな不屈のクリエイター魂を描いた作品、映画ファンにはよく知られたゴタゴタを名監督フィンチャーが華麗に再現する作品になるのかなと勝手に思っていたわけです。

しかし蓋を開けてみると、ハーストからの圧力や監督と脚本家の対立といった「みんながよく知っていること」にはほぼ触れられていません。これはかなり意外でした。

すでに知れ渡っている80年前の史実を今さら再現してどうするんだという企画意図だったと思われ、確かにその切り口は間違ってはいないと思うのですが、然は然れどせっかく面白い史実があるのに、これをほぼ無視してしまったことは残念でもありました。

身の程知らずの中年男の物語

では「みんながよく知っていること」を意図的に避けてまでフィンチャーが何を描いたのかというと、大傑作『市民ケーン』(1941年)の脚本を書いたハーマン・J・マンキーウィッツ(通称マンク)という男の物語でした。

作品では、マンクが『市民ケーン』の脚本を執筆中の現在パートと、それから遡ること10年前の回想パートが交互に映し出されます。執筆過程と、なぜそこに至ったのかの背景が説明されるというわけです。

この物語によって、映画ファンにもあまり知られていなかった二つの事実が浮かび上がります。それは、マンクとハーストはもともと友人関係にあったということと、ハーストの人柄は『市民ケーン』で描かれるほど悪くはなかったということです。

マンクは友人であるハーストを無断でモチーフにして脚本を書いた上に、実物よりも悪く描いたということになります。ハースト側から見れば近しい者による裏切りであり、これは怒って当然ですね。

ではなぜマンクがそんなことをしたのか、それが本作の物語の中心部分をなします。

1940年の現在パート。マンクは事故で足を骨折し身動きすら取れない状態であるにも関わらず、新作の執筆を開始します。しかもこんな状態なのに90日間で仕上げろと無茶を言われるし(後に60日まで短縮される)、その無茶を言ってくるのは映画経験のない若干24歳のオーソン・ウェルズだし、この時点ですでにベテラン脚本家だったマンクにとってはなかなか屈辱的な扱いだったといえます。

続いて回想パート。10年前のマンクは大手スタジオMGM内を肩で風切って歩く売れっ子脚本家であり、スタジオ創設者のルイス・B・メイヤー(アーリス・ハワード)や大プロデューサーのアーヴィング・タルバーグ(フェルディナンド・キングズレー)ともタメ口で話すほどの仲でした。

マンクは、最近になって映画界入りした弟ジョゼフ・L・マンキーウィッツ(トム・ペルフリー)に業界事情を教えて歩くのですが、その振る舞いは業界人そのもの。

そんな中で、もともと面識のあった女優のマリオン・デイヴィス(アマンダ・サイフリッド)を通じて、その夫でありメディア王でもあるウィリアム・ランドルフ・ハースト(チャールズ・ダンス)と知り合いになります。

初対面からハーストに気に入られたマンクはハースト家のパーティなどにも出入りするようになるのですが、いつしかマンクはハーストや、その友人で自分を使ってくれているルイス・B・メイヤーら超ド級の大物たちと自分が同格であると錯覚し始めるわけです。

そしてハースト家で催されたある年の仮装パーティにおいて、大勢の客人の前でハーストやメイヤーを長々と批判するという失態を犯し、「お前、一体何を勘違いしてるんだ」という感じで華やかなる世界を追い出されます。

マンクは本人が思うほど大物ではなく、傍から見ればハーストやメイヤーの取り巻きの一人にすぎませんでした。また脚本家としての手腕を評価されていたわけでもなく、しゃべると面白いので手元に置いておきたいということで、ハーストがメイヤーに給料の半分を支払ってまで彼らエグゼクティブと同じテーブルにつかせていただけでした。

しかしマンク本人だけは自分をハーストやメイヤーと同格だと思い込み、「友人として忠告してやろう」という思い上がった発想にまで至ってしまったわけです。何ともイタイ失態なのですが、社会人をやっているとこの手の失態は結構ありがちです。

私自身も、ある組織で雇用されていた時に「現場の目から見た職場の改善点を教えて欲しい」という代表者の言葉を鵜吞みにし、ほぼ文句として受け取られても仕方のないほどの改善提案を長々と披露してしまった過去があります。

今になって振り替えると、あの頃の自分は組織にとってお荷物に近いほど仕事ができず、常に職場の誰かにフォローしてもらっていた存在であり、改善点の指摘などをしてもいい立場にはありませんでした。しかし当時の私には自分自身の状態が見えていなかったのです。

そんな私の話を聞かされた当時の代表者は、内心では「どの口で言ってんだ、こいつ」と思っていたことでしょう。優しい方だったので私の話を最後まで否定することなく聞いてはくれましたが、私にとってはいまだ思い出すたびに顔から火が出そうになる黒歴史となっています。

話を映画に戻しますが、マンクの失敗はさすがに許されることがなく、大手スタジオMGMという後ろ盾を失います。そして拾われたのがMGMよりもかなり格が落ちるRKO。序盤よりマンクの口からは『キング・コング』(1933年)を揶揄する発言が繰り返し飛び出すのですが、これを製作したRKOに拾われる身となったわけです。

そして18歳も年下のオーソン・ウェルズに顎で使われるまでに墜ち、友人として知りえたハーストの個人情報を使って『市民ケーン』の脚本を書くという、一個人としてはなかなかみっともないことになります。しかも実際のハーストよりも相当悪く描くというおまけまでつけて。

そんな人間としては間違いまくったスタンスと、まったく十分ではないコンディションで締め切りに追い立てられながら執筆した『市民ケーン』がマンクの脚本家人生において突出した作品となったのだから、人生とはわからないものです。

フェイクニュースと『市民ケーン』

ではなぜマンクが『市民ケーン』でハーストを実態よりも悪く描いたのかというと、当時のカリフォルニア州知事選を巡るねつ造報道の意趣返しだったと説明されます。

1934年のカリフォルニア州知事選において、民主党はアプトン・シンクレアという候補を立てていました。

シンクレアは作家で、ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)の原作となる小説『石油!』(1927年)などの著者なのですが、政治家としてはかなりリベラルでした。というか完全な社会主義者ですね。

最初は泡沫候補の一人と考えられてほとんど注目されていなかったのですが、世界恐慌の折に彼のような社会主義者は注目を集め、次第に支持を集めるようになりました。

1934年のカリフォルニア州知事選ではいよいよ共和党候補を打ち負かすのではないかというところにまで迫ったために、焦った共和党支持者のハーストとメイヤーは彼を批判する街頭インタビューをねつ造し、これをニュース映画として上映するというネガティブキャンペーンを行いました。

最近ではトランプを落としたい大手メディアがよくやってたやつの元祖であり、客観的に集められた街の声と見せかけておいて、実は作り手側の意図の元に編集された世論誘導報道の第一号が、このシンクレアの一件だったようです。

その結果、シンクレアは落選したのですが、社命を受けて仕方なくねつ造報道に参加したMGMのスタッフや出演者達は良心の呵責に苦しみ、中には自ら命を絶つものも現れました。

心情的にはシンクレアを応援しているが表立っての政治活動は避けてきたマンクも、さすがにねつ造で投票結果を変えるという権力者側の暴挙に怒り、ならばとハーストに対してもフェイクを仕掛けた。それが『市民ケーン』だったというわけです。

この辺りの新解釈はなかなか興味深く感じました。

面白さには欠けるが見る価値のある映画

そんなこんなで本作の総評ですが、『市民ケーン』に係る有名な逸話をかなり落とし、知られざるエピソードを中心として組み立てているために、面白い史実が扱われていないというもどかしさがありました。

加えて傑作そろいのフィンチャー作品としては中程度の出来であり、突出した何かが見当たらなかったことから、見ごたえという点でもイマイチでした。

ただし出ずっぱり状態のゲイリー・オールドマンの熱演や、政治と創作活動を結びつけるという斬新な解釈などは長所となっており、決してダメな映画というわけでもありません。

【余談】マンクの弟ジョーゼフについて

ここで、作品では脇役だったマンクの弟であるジョーゼフ・L・マンキーウィッツについても触れておきます。

劇中、ジョーゼフは脚本家の労働組合を結成しようと兄マンクに持ちかけるのですが、そもそも脚本家連中はみんな高給取りだし、そんな高給を守るために組合を作ろうなんて言い出したら市中の労働者達が納得しないぜと言ってマンクは取り合いませんでした。

劇中でのジョーゼフの話はここで終わるのですが、史実でのジョーゼフはその後プロデューサー、脚本家として順調なキャリアを歩み、1947年に監督デビューするやハリウッドきっての知性派としての賞賛を受け、アカデミー監督賞と脚本賞のダブル受賞を2年連続で成し遂げてトップディレクターとなりました。

そんな功績や、そもそも社会活動に関心が高かったこともあって1950年に全米監督協会の会長の座に就くのですが、ゴリゴリのリベラルだったジョーゼフは多くの敵を作りました。

1950年10月22日の臨時総会では、赤狩りの影響を受けた大御所監督セシル・B・デミルがジョーゼフを危険思想の持ち主として解任動議を行い、総会は紛糾。

会議は深夜にまで及んだのですが、それまで沈黙を貫いてきたある監督がおもむろに立ち上がり、発言を始めました。

「名前はジョン・フォード。西部劇を撮っています。」

神様がついに発言をなさったということで場内は静まり返り、全員がフォードの発言に耳を傾けました。フォードは「君の態度が気に入らない」と言ってデミルを批判。一転してデミルは評議員の立場を追われ、ジョーゼフの地位は守られました。

そもそもフォードは保守思想の持ち主なのでジョーゼフの思想を好んでいたとは思えないのですが、赤狩り時代特有のヒステリックなやり方に辟易としていたのではないかと思います。

『市民ケーン』を含め、ハリウッドと政治が思いのほか近かった時代がかつてあったのです。

≪デヴィッド・フィンチャー監督作品≫
エイリアン3【駄作】絶望的につまらないシリーズ最低作
セブン【傑作】バディ刑事ものとしての魅力
ゾディアック_怖くて不思議で面白い【7点/10点満点中】
ドラゴン・タトゥーの女_キャラは良いがミステリーが面白くない【6点/10点満点中】
Mank/マンク_不義理な脚本家の物語【6点/10点満点中】

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