セルフレス/覚醒した記憶【8点/10点満点中_B級を越えたB級映画】(ネタバレあり感想)

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(2016年 アメリカ)
一流の建築家のダミアンは末期がんで余命半年と宣告されているが、クローン技術により作り出した若い肉体に頭脳を転送することを提案される。ダミアンはこの話に乗るが、移植後のダミアンには身に覚えのない記憶がフラッシュバックするようになる。

8点/10点満点中 B級素材も演技と演出で磨けばここまで光る


(C)2015 Focus Features LLC, and Shedding Distribution, LLC.

本来はコテコテのB級素材

末期がんの金持ちが最新の科学技術によって新しい肉体を得たが、どうもこの肉体には裏がありそうだと気付くという本作のあらすじからはコテコテのB級臭がしています。ヨーロッパコープがリーアム・ニーソン辺りを主演に撮りそうな。

脚本を書いたパストール兄弟とは

本作の脚本を書いたアレックスとタビのパストール兄弟は監督業も行っている人達であり、今のところの代表作はクリス・パイン主演の『フェーズ6』。同作は2007年に完成していたものの出来が芳しくないためお蔵入りしており、その後にクリス・パインが売れてリブート版『スター・トレック』の主演に抜擢されたことから、その公開に合わせて2009年にリリースされたという経緯があります。要は、ロクな映画を作らない人達ということです。

『フェイス/オフ』×『ハード・ターゲット』

この兄弟が意識的に参照したのかどうか分かりませんが、本作には1990年代にジョン・ウーが撮った2本のアクション映画との共通項を見出すことができます。1997年の『フェイス/オフ』と、1993年にジャン=クロード・ヴァン・ダムが主演した『ハード・ターゲット』です。

B級アクションにSF風の技術が関連するという点や、外観の変化が内面にも影響を与えるというドラマは『フェイス/オフ』を思わせます。原題の”Self/less”は”Face/off”からの影響を主張しているようだし。

また、ニューオーリーンズを舞台に、金持ち用に貧乏人の体を調達する悪の組織という設定は、まんま『ハード・ターゲット』です。同作からは、マルディグラの山車の倉庫(年に一度しか人が寄り付かないので悪事をやるにはうってつけの場所ってことでしょうか)を舞台にした最終決戦までが引き継がれています。

監督はターセム・シン

これだけB級要素の揃った企画なのですが、監督にビジュアルの鬼・ターセム・シンを据えたことから、A級の演出力とB級の脚本の間で想定外の化学反応が起こっています。物凄く過剰な言い方をすると、お化け屋敷ものをキューブリックが撮ったことでとんでもない風格が出た『シャイニング』みたいなことになっているのです。

高級感を前面に出す

まずターセムはセットや衣装にこだわっており、金持ちの世界を目で見せようとしています。ベン・キングズレー扮するダミアンの自宅マンションはドナルド・トランプ所有の物件で撮影したとのことですが、本来、B級アクション映画がさほどこだわらない部分にフォーカスしたことが、本作独自の味わいとなっています。

楽しくもバカバカしい部分は最小限に

対して、通常のB級映画ではこだわりそうなマークの肉体や格闘スキルに係る説明は、意図的に省かれているような印象を持ちました。「元特殊部隊員であるマークの肉体と、実業家であるダミアンの頭脳が組み合わされたことで、最強の殺人マシーンが誕生した!」みたいな設定があったと思うんですよ、本来は。これってB級映画としてはなかなか燃える設定ではあるんですが、それをやっちゃうと一気に安っぽくなってしまうので、ターセムは意図的にこの要素を排除しているように思います。

フラッシュバックによってマークには軍歴があるという最低限度の説明だけをして、特殊部隊絡みの話は本筋では明確にされていません。後述の通り、本作はダミアンが人生をやり直す物語なので、あまりB級要素が主張しすぎても全体のバランスがおかしくなったはず。よって、この部分を控え目にしたことは正解だったと思います。

プロットの取捨選択がうまくいっている

本作で印象に残ったのは、観客にとって分かり切った部分をビュンビュン飛ばしていくということです。

例えば、手術後のダミアンが新しい肉体の正体を突き止めるくだり。下手な監督だとここにやたら尺を割きそうなのですが、他方で観客にとっては記憶のフラッシュバックが起こり始めた時点で、これはクローンではなく生きていた人間の体だという当てが付けられます。よって、この部分にこだわっても仕方ないので、本作では大胆なカットが施されています。ダミアンが異変を感じてから数場面後にはマークの家を突き止めており、不要な描写を入れていないのです。

マークの妻・マデリーンが、目の前に現れたマークの体を持つ男が、実はマークではないことを受け入れる過程についても同じく。下手な監督だと「俺はマークではなくダミアンだ」、「いやいや、あなたはマークよ」みたいな何の生産性もないやりとりを挿入しかねないのですが、こちらもまたこだわっても仕方のない部分なので、ターセムはほぼ切り捨てています。

こうしたプロットの取捨選択は的確だったと思います。

老人が人生を生き直す物語

冒頭、ダミアンは最低の金持ちとして登場します。人間は死が迫ると丸くなると言われていますが、この人は例外のようであり、末期がんで余命幾ばくも無い状態であるにも関わらず、若手を蹴落とすことには余念がありません。

また家族との関係は完全に崩壊しており、疎遠となっている娘の前に意を決して姿を現しても、「お前の主宰するNPO法人に活動資金を寄付してやるから、一回くらい食事に行かないか」くらいのことしか言えません。金をやるという前提を置くから娘としても誘いに乗りづらいのに、ダミアン本人にはそんな簡単なことすら見えていないのです。

そんなダミアンは30代のマークの肉体を得て、マークの家族との逃避行を行う中で、30年前に失った家族との時間をやり直します。マデリーンとアナはほっとくと口封じに殺されるという状況にあり、当初、ダミアンは否応なしに二人との行動を開始したのですが、生前のマークが家族から心底愛される良い父親だったこともあって、ダミアンはマークの代わりを演じるうちに父親らしくなっていきます。この辺りの心境変化を自然に描けていることから、感動の押し売りになっていない点も好印象でした。

ライアン・レイノルズが良い

ライアン・レイノルズはスターなのに特段の色のついていない俳優で、『デッドプール』でイケメン・チャラ男をやったと思ったら、『白い沈黙』で娘を誘拐された父親役をやったりと、どんな役柄にも器用に合わせることができます。

本作ではそんなレイノルズの個性が活かされており、ある時は夜な夜な遊び回る長身イケメンの顔を見せ、ある時は人生の重みを背負った老人の内面を表現し、またある時は殺人マシーンの動きを披露し、ダニエル/マークの多面性をたった一人で見事に表現できています。

※ここからネタバレします。

感動的な結末

そして、これは既視感溢れる本作における数少ないオリジナリティなのですが、薬を飲み続ければマークの体にダミアンの意識が定着してマークの意識はそのうち消え去り、薬を飲まなければ逆のことが起こるという設定が置かれています。薬を飲むか飲まないかによって、ダミアンには自分とマークのどちらの意識を残すのかという選択肢が与えられており、彼は一体どうするのかという点が最後の見せ場となります。

ぶっちゃけ、最終的にダミアンがマークを残すだろうことは推測できるのですが、そのプロセスがさりげなくも感動的だったのでとても印象に残りました。彼は実の娘に伝えられなかった言葉、ダミアンの顔では娘に伝わらない言葉をマークの顔を使って伝え、それに満足して体をマークに返すのです。

ダミアンの頭脳とマークの肉体があればまた財産を作ることは可能だっただろうし、新しい家族を作って幸せな人生をやり直せたはずなのですが、彼は多くを求めずマークに肉体を返す。しかも、家族愛や自己犠牲を過剰に謳うわけでもなくサラっとこれを見せるので、その見せ方も含めて感動的でした。

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