ザ・クリエイター/創造者_自爆ロボの哀愁【7点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2023年 アメリカ)
ギャレス・エドワーズのセンス爆発のSFドラマで、リアルのロケーションとデジタルを組み合わせて作られた世界観には圧巻のものがあった。ただし脚本やドラマに粗すぎな点がいくつもあって、主人公の物語が思ったほど盛り上がらないので、問答無用の良作とも言い難い。

感想

ディズニープラスで鑑賞。

『ゴジラ』(2014年)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)のギャレス・エドワーズ監督作品で、脚本も『ローグ・ワン』のクリス・ワイツと共同で執筆している。

必ずしも評価が芳しいわけではないディズニー買収後の『スター・ウォーズ』シリーズだが、そんな中でも例外的に高評価を得られているのが『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)と、その前日譚にあたるドラマ『キャシアン・アンドー』(2022年)である。

なお『ローグ・ワン』(2016年)の監督がギャレス・エドワーズという表現にはやや語弊があって、実は公開半年前にエドワーズは降板しており、『ジェイソン・ボーン』(2016年)のトニー・ギルロイが半分近くを撮り直したとされている。

降板した監督がクレジットされ続けているという問題

『ローグ・ワン』のうちエドワーズが撮ったのがどの部分なのか、彼の構築した要素がどの程度残されたのかは定かではないものの、本作を見る限りでは、『ローグ・ワン』で評価を受けた部分の多くは、実はエドワーズが意図したものだったのではないかと思う。

大戦争を背景とした殺伐とした世界観、巨大な破壊力を前にした生身の人間たちの絶望的な戦闘、敵味方共にズルく弱いキャラクターばかりという英雄不在の物語などなど、『ローグ・ワン』で光っていた要素は、本作の中にも確実に存在しているのだ。

時は2060年代。LAにおける核爆発をきっかけに、AI撲滅を掲げるアメリカ+西欧諸国と、AIとの共存を続けるニューアジアとの間でAI撲滅戦争が勃発し、戦争は10年以上に及んでいた。

元米特殊部隊員の主人公ジョシュア(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、敵が開発したとされる新兵器の破壊ミッションに参加するというのが、ざっくりとしたあらすじ。

アメリカ都市部への攻撃が引き金になったことや、敵対者との直接的な戦争ではなく、AIを匿っている国も含めた戦争になだれ込んでいくという過程などからは、否応なしに911とその後の対テロ戦争を彷彿とさせられる。

さらには戦場をアジアに設定することでベトナム戦争のようなルックスとなっており、あまり輝かしいとは言えないここ半世紀の米戦争史をカリカチュアしたかのような設定となっている。

テクノロジー描写も独特で、この世界ではロボット技術や軍事技術が大きく発展している一方、テレビはブラウン管のままだし、携帯電話やインターネットのような通信技術は存在していない様子だ。

製作された2023年時点の社会を起点とした未来像ではなく、半世紀ほど前に現実から分岐し、我々が知っているのとは別ジャンルが発達した未来像として設計されたものだと考えられる。

すなわち「もしもロボットとの共存社会が生み出されていたら」という前提で構築された、現実と合わせ鏡の世界の物語なのだ。

よくこんな込み入ったことを考えついて、2時間の娯楽作に落とし込んだものだと感心する。

物語は大きな戦況を左右するかのような背景を持ちつつも、実にパーソナルな視点で推移し続ける。

AIvs人類の、種の存亡をかけた最終戦争という巨大な背景を持つ小さな物語として連想させられのは『ターミネーター』(1984年)で、本作はSF映画の落穂ひろい的作品だともいえる。

現役時代のジョシュアはニューアジアへの潜入ミッションに従事していたが、潜入先で偽装結婚した現地女性マヤ(ジェンマ・チャン)との生活に平穏を見出していた。

しかし米軍の介入によって二人の生活は唐突に終焉を迎えたばかりか、妻マヤは米軍による爆撃に巻き込まれてしまう。

傷心のジョシュアだったが、軍の上官よりマヤの生存を示唆する写真を提示されたことから、新兵器破壊ミッションへの参加を決意する。

なんだけど、新兵器の隠し場所にあったのは、というか居たのは子供型ロボット アルフィー(マデリン・ユナ・ヴォイルズ)だった。

アルフィーならマヤの居場所を知っているかもしれないということで、両軍から狙われつつ二人は逃避行を開始するというのが、主たるストーリーだ。

ロケーション映像とVFXを組み合わせたビジュアルは圧巻だ。

俳優以外はすべてデジタルの産物という昨今の大作映画にはない説得力があり、「未来に実在した戦争」を余すことなく映し出す。

また巨大構築物を禍々しく描く手腕は、監督デビュー作が『モンスターズ/地球外生命体』(2010年)であるほどの怪獣映画フリークであるエドワーズ監督ならではの強みだろう。

成層圏からターゲットを狙う巨大要塞NOMAD(ノマド)、山の木々をなぎ倒して姿を現す巨大戦車などは、監督のセンス全開だった。

またロボット達を人間臭く描いた点も秀逸で、個人的にツボだったのが米軍の自爆ロボット。

爆弾に手足が生えた残念にもほどがあるルックスで、自爆する場所めがけて全力疾走するという世にもあんまりな運命を背負ったロボット君なんだけど、こいつらにも死を恐れる感覚はあるらしく、「座標〇〇へ向かえ」という指示にいったんは聞こえないふりをし、「おい、聞いてんのか」と注意されると、「一緒に仕事をできて光栄でした」と健気に挨拶をして死地へと全力疾走していく。

なんちゅー可哀そうな奴らなんだと同情してしまった。

と、世界観もビジュアルも非常に素晴らしかったのだが、同時にエドワード監督の弱みもドバっと出ている。これこそが、彼が『ローグ・ワン』を下ろされた原因ではないかとも思う。

エドワーズはあえて事前に多くのことを決めずハプニングに委ねて撮影を進め、編集で繋げてみて最良の見せ方を探るという方針をとる監督であるために、作品内には粗過ぎるポイントが散見されるのだ。

ジョシュアとアルフィーの逃避行は、疑似的な親子関係のみならず、AIと人類の和解の儀でもあるのだけれど、どうにもここに感情的なスポットが当たっていかない。

役者の演技力にすべてを委ねているような状態で、脚本上の仕掛けがなさすぎる。

またクライマックスのNOMADでのアクションでは、ジョシュアのマスタープランがどういうもので、それがどう外れていったのかという点をはっきりと説明しないので、ジョシュアとアルフィーが行き詰るたびに選択する道に、観客側で意味付けができなくなってしまう。

二人のドラマは感動的っぽい終わり方をするんだけど、「結局何だったんだろうか」という感覚の方が勝ってしまった。

もうちょっと緻密に作ってくれれば見違えるほど良い作品になったかもしれないんだけど、つくづく映画とは難しいものだと思う。

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