(2018年 アメリカ)
ディック・チェイニーの伝記ドラマ。ディックがのし上がっていく前半部分は面白いし、彼の家庭人としての一面も分かって好感を抱けました。しかし後半でイラク戦争の真実に触れ始めると、途端に語り口が雑で事実のぶつ切り状態になります。
感想
序論が面白く、本論が微妙
アメリカ史上最強で最凶の副大統領と呼ばれたディック・チェイニーの人生を通して、イラク戦争の真実を描いた作品。
後半で描かれるイラク戦争の真実こそが本論であり、その主導的な立場にいたディック・チェイニーとは何者かを描いた前半部分が序論だと思われるのですが、序論の方が面白くて、本論の方はとっ散らかっているというのが全体の印象です。
ディック・チェイニーの人生は起伏があってそもそも面白い上に、伝記映画としてきちっとまとまっていたし、クリスチャン・ベールとエイミー・アダムスの演技にも特筆すべきものがありました。
一方で、イラク戦争の裏話は特徴的なエピソードを羅列しているだけという感じで、あまりドラマティックではありませんでした。
絶大なる権力を誇ったチェイニーとラムズフェルドのメッキが剥がされていく様も凄く駆け足で、「そろそろバレるかも」という焦燥感を抱く余裕もなく一気に凋落していった感じが残念でした。
冒頭のテロップで監督が断っている通り、秘密主義のチェイニーに関してはよく分からん部分も多く、嘘にならない範囲を守ろうとした結果、詳細に描くことが不可能だったのかもしれませんが。
チェイニーの人生がドラマチック
というわけで、まずは面白かった前半部分から。
チェイニーの学生時代の成績は中の中、名門イェール大に入学したものの酒飲んでばかりで授業にも出なかったことからドロップアウトという、意外な経歴を持っています。
大学中退後には電気技師として電柱にのぼる仕事をして、酒場で起こした喧嘩沙汰で警察のご厄介になるなど、後に副大統領となる人材とは思えないプロフィールで、一気に引き込まれました。
一方、奥さんのリン・チェイニー(エイミー・アダムス)がかなり猛烈なタイプで、「女の私じゃ偉くなれないんだから、あなたが代わりに頑張りなさいよ!」とだらしない旦那のケツを叩いてきます。
で、血気盛んな外での顔とは裏腹に、ディックは家庭内では黙って妻の指示に従うので、こちらも良いコンビになっているわけです。
そんなディックが唯一妻とは異なる判断を下したのが、次女メアリーが性的少数者であることが発覚した時で、リンが「保守の共和党でそれは命取りよ!」と言って隠そうとしたのに対して、ディックは「君を愛しているよ」と言って娘を受けいれ、それ以上どうこうしようとはしませんでした。
また、90年代に共和党の大統領候補に立候補するかどうかの局面においても、もし出れば娘の性的嗜好がやり玉にあがり、彼女を傷つけてしまうかもしれないという読みから、家庭の方が大事であるとして念願の大統領職も狙いに行かないことにしました。
ディックは滅茶苦茶に良い奴なのです。
それは政界をのし上がっていった若い頃も同様。
ニクソン政権内で大統領補佐官を務めていたドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)から気に入られると同時に、党内の主流派ともうまく付き合っており、後のラムズフェルドの左遷騒動にも巻き込まれずに出世の道を掴みます。
かつ、当のラムズフェルドからも恨まれずにその人脈はちゃんと残しているのだから、いかにディックの人柄が支持されていたかが分かります。
本作で描かれるディックの処世術とは、こちらからは何も言わずに相手の話をしっかりと聞く姿勢を示すこと。
人間、自分を偉く見せようといろいろ喋ったりするもので、論破なんて言葉も流行っていますが、黙って聞いてあげることで相手を気持ちよくさせる、自分を味方だと思わせるという技も大事なのです。
オリバー・ストーン監督の『ブッシュ』(2008年)にもみられたことなんですが、明らかに保守政治家を批判する意図で作られた作品なのに、リサーチするうちに憎き保守政治家に同情し、結果的にその人となりに対しては好意的な映画になっている辺りが興味深いところです。
悪の捉え方が一面的で面白みに欠けた『新聞記者』(2019年)などでは辿り着けない境地に、アメリカの社会派映画は達しているわけです。
イラク戦争の真相は駆け足で残念
その後、共和党の大統領候補に立候補しようとしているジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)、いわゆるブッシュ・ジュニアから、私の政権で副大統領を務めてくれないかとの打診を受けます。
しかし当時のディックは二女のことを考えて政界を引退していた時期であり、かつ、その時点での生活で満ち足りていたことから、政界復帰するつもりはありませんでした。
ブッシュ・ジュニアはアル中のどうしようもない奴だという認識もあったし。
ただし、パパ・ブッシュには世話になったこともあってジュニアを無下にも扱えないというわけで、ちゃんと会って話すことにしたのですが、そこでディックは重要なことに気付きます。
「こいつすげぇ馬鹿だ」
ためしに「副大統領職にお飾りではない権限を与えて欲しい」とか、「私が軍事や外交などを取り仕切ってあげよう」と言ってみると、ブッシュ・ジュニアは「おお!いいねぇ!」と言って食いついてくる。
いろんなことを吹っかけるディックと、むしゃむしゃとフライドチキンを食べながら相槌を打つブッシュ・ジュニアとの対比で、カモが餌に喰いついた瞬間を切り取った描写は実にお見事でした。
かくしてブッシュ政権は発足し、チェイニーは副大統領職に就任。
ラムズフェルドを始めとした仲間達を要職に迎えるわ、大統領あてのメールにはすべてBCCで自分を入れろと指示を出すわと、権力を自分に集中させ始めます。
で、911テロが起こって政権としての対応を迫られるのですが、ディックはこれに乗じてイラクをぶっ叩こうとします。パウエル国務長官は「イラクは関係ないけど」と抵抗するのですが、ディックは聞かない。
ここでディックがなぜイラク攻撃に固執したのかがよく分からないので、映画の勢いに陰りが見え始めます。
この点、オリバー・ストーン監督の『ブッシュ』では、父が成しえなかったレガシーを求めたブッシュ・ジュニアが、どうしてもイラクを倒したがったという分析になっていましたね。
ともかく、ディックはごり押しでイラク戦争を始めてしまったのですが、そのことで意外な副産物を生んでしまいました。
イラク戦争を始めるかどうかの国連決議の際に、テロリストのザルカウイを適当に名指ししたのですが、そのことによってテロリスト界隈でのザルカウイの評価が爆上がりし、後にイスラム国を建国する大物にまで成長してしまったのです。
瓢箪から出た駒とはこのことなのですが、アメリカにとっては要らん戦争を始めてしまうわ、新しい脅威まで作ってしまうわと、踏んだり蹴ったりです。
なのですが、このパートもやはり事実への目配せのためか面白く組み込めておらず、駆け足気味になっているのが残念でしたね。
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