(2010年 アメリカ)
話は分かりづらいし、説明は不親切なんだけど、見せ場は圧巻の一言であり、一大アクション作品として楽しめた。よくよく考えるとディカプリオ扮する主人公コブの準備不足が混乱の原因ではあるが、そもそもが分かりづらい話なのでそうした欠点にも気づき辛いのが良い。
感想
単純なストーリーと難解なプロット
公開時に映画館で見て、ソフト化後すぐにBlu-rayを買った映画。数年に一度は見ているので鑑賞回数はなかなかの数に及んでいるが、これだけ見れば難解映画の見方も何となく分かってくる。
基本的なストーリーは至ってシンプル。
人の夢の中に入り込む技術が存在する世界線において、日系大企業からの依頼を受けた産業スパイが、ライバル会社に打撃を与えるべく、御曹司に誤ったインスピレーションを仕込もうとする。
夢の世界を舞台にした映画は『エルム街の悪魔』(1984年)や『ザ・セル』(2000年)などホラー風味の味付けを為されることが多く、例に漏れず本作もホラーの企画だったらしい。
クリストファー・ノーランが本作の初期稿をワーナーに提出したのは『インソムニア』(2002年)の撮影直後のことだったが、その後に『バットマン ビギンズ』(2005年)と『ダークナイト』(2008年)の製作に入ったことから、先に企画された本作は後回しとなった。
そのバットマンシリーズでアクション演出のスキルを身に着けたことが影響してか、ノーランは本作をよりスケールの大きな物語に変更し、2009年より本格的な製作を開始。
大スター レオナルド・ディカプリオが主演し、1億6000万ドルもの製作費がかけられた一大アクション大作となった。
夢を舞台にしたというだけあって見せ場の設定は自由自在で、ホテルの密室での格闘から雪山での軍事作戦まで、バリエーション豊かなアクションで目を楽しませてくれる。これらの見せ場が楽しすぎて、アクション映画として合格すぎるのが本作の強みである。
また夢の中でさらに追加の夢を見られるという前代未聞の特殊な設定を置いたことで、これらのアクションは同時多発的に起こっているという構図となり、一つのタイムリミットに向けて異常なテンションが生み出されるに至っている。
ただしこの「夢の中の夢」という構図が、本作を極めて分かりづらくしている原因ともなっているが。
複数の舞台で同時にアクションが展開しており、それぞれの光景が交互に映し出されるため、「今何やってんだっけ」と初見では話を何度も見失いかけた。
本作の類似作品としてしばしば『マトリックス』(1999年)が挙げられるが、ストーリー自体が難解だった『マトリックス』(1999年)に対して、本作はストーリーそのものは単純なのだが、話を横展開させまくったために情報過多となったという特徴がある。
さらにややこしいのが、夢の階層によって時間の流れるスピードが異なるということである。夢の中では時間の速度が20倍になるという設定が置かれている。すなわち現実世界での1分が夢の世界での20分に相当し、夢の階層を下っていくとそれが累乗されていくこととなる。
夢の世界での経過時間を単純計算すると↓のような感じで、ただの時間稼ぎのために下の階層に逃げ込むという場面もある。
舞台 | 夢のオーナー | 経過時間 | |
現実 | シドニー→LAの飛行機内 | – | 10時間 |
第一階層 | 雨のLA市街 | ユスフ(ディリープ・ラオ) | 8日8時間 |
第二階層 | 高級ホテル | アーサー(ジョセフ・ゴードン・レヴィット) | 166日16時間 |
第三階層 | 雪山の病院 | イームス(トム・ハーディ) | 9年48日8時間 |
虚無 | コブとモルが造った街 | ロバート(キリアン・マーフィー) | 182年236日16時間 |
この通り、本作独自のルールが独特なことと、舞台をやたら多く設定したことが混乱の原因ではあるのだが、ノーラン自身が意図的に混乱を引き起こしているんじゃないかと思われるフシもある。
次の階層で何をしたいのかという肝心の説明に限って超早口で、一度の鑑賞では何を言っているのか分からないのだ。
ちゃんと辻褄が合うような作りにはなってはいるのだが、観客が理解可能な形で提示するとミステリーが途切れてしまうので、あえて分からないように見せている。
これは『メメント』(2001年)や『TENET テネット』(2020年)でも見られたノーラン演出の特徴であり、ノーラン作品の中毒性の元にもなっている。
主人公は結構なポンコツ
そんなわけで徹頭徹尾計算の行き届いた作品ではあるが、唯一の問題は、主人公コブが結構なポンコツだということだ。
腕利き風に登場するし、演じているのは天下のディカプリオだし、初見時には私もうまく煙に巻かれていたのだが、よくよく考えてみるとこいつが阿呆すぎるのである。
- モル(マリオン・コティヤール)のゴーストが出ることを仲間に黙って作戦を強行
- ロバート(キリアン・マーフィー)がインセプション対策をしていることに作戦を開始してから気づく
- 睡眠薬がキツすぎて夢の中で死ぬと虚無に落ちることに作戦を開始してから言及し始める
特にモル関係のトラブルは事前に仲間に伝えておくべきものであり、もしもコブ以外の人間が同様の隠し事をしていればガチギレしていたはずだ。
事前準備が悪かったために作戦は首尾よく進まず、場当たり的な対応を繰り返しているうちに第二階層、第三階層と、どんどん夢を潜っていくこととなる。混乱の元凶はリーダーの準備不足だったのだ。
リーダーがこうもポンコツだとメンバーたちも大変で、特に女房役であるジョセフ・ゴードン・レヴィットは第二階層をたった一人で守らされてヒーヒー言っていた。
不測の事態が起こらなければ映画が広がらなかったとは言え、主人公にはもうちょい賢くあって欲しいものだ。
コメント
レビューありがとうございます。初期構想のホラーテイストなインセプションも見てみたさありますね。