(2008年 アメリカ)
前作『ビギンズ』で為した正義の帰結が描かれる続編であり、正義が生み出すのは平和ではなく、より厄介な悪であるという徒労感全開の作品となっています。二転三転どころではない展開、哲学的な問いかけ、絶望的なラストと、すべてにおいて容赦がありません。
作品解説
ノーラン リターンズ
前作『バットマン ビギンズ』(2005年)はフランチャイズのやり直しではあったものの、クリストファー・ノーランは続編も監督するかどうかは決めていませんでした。
『ビギンズ』のラストでジョーカーの存在を示唆する場面はありましたが、その時点で何か構想があったわけではなく、ファンサービス的に入れたに過ぎないし。
なのですが、『ビギンズ』も手掛けた脚本家デヴィッド・S・ゴイヤーが、ジョーカーとトゥー・フェイスを登場させる2本のトリートメントを執筆。ノーランもジョーカーのキャラクターを掘り下げることに関心を持ったことから、2006年7月に『ダークナイト』の製作が正式に発表されました。
主要スタッフ・キャストもほぼ続投だったのですが、唯一戻ってこなかったのがレイチェル・ドーズ役のケイティ・ホームズでした。彼女は本作を断って『デンジャラスな妻たち』(2008年)に出演しました。
結果から振り返ると、ホームズは歴史的傑作『ダークナイト』を蹴って、誰も覚えていない犯罪コメディを選ぶという、理解に苦しむ決断をしたことになります。
彼女の穴を埋めたのはマギー・ギレンホールでしたが、芯の強そうなギレンホールの方が今回のレイチェルに求められる条件をクリアーしていたので、結果的には良い交代劇でした。
IMAX撮影を本格導入
品質にこだわるクリストファー・ノーランは、本作の一部の場面でIMAXカメラを用いる撮影を行いました。
IMAXは通常の35mmフィルムの4倍もの面積のある大判フィルムを用いるため、超高解像度の画を撮れるというメリットがある反面、撮影機材が余りに巨大であるため通常の映画撮影で使用することが困難であり、本作以前には環境記録などでしか使われてきませんでした。
20年ほど前に観光でケネディ宇宙センターを訪れた際に、IMAXシアターで見たスペースシャトルの記録映像に感動した記憶があるのですが、昔はそんな目的でしかIMAXは使われていなかったのです。
それをノーランはアクション映画で使うことを思いつき、映像美で観客を圧倒しました。あまりに挑戦的すぎて、当時世界に4台しかなかったIMAXカメラの1台を壊してしまいましたが。
Blu-rayではIMAXフォーマットがビスタサイズ、通常フォーマットがシネスコサイズで収録されているので、どの場面がIMAXなのかの判別が容易なのですが、素人目に見ても精密度がハッキリ違うと言えるほど、IMAXの画の情報量は圧倒的です。
歴代全米興収第2位(当時)
2008年7月18日に全米公開されるや、最初の週末だけで1億5830万ドルを売り上げ、『スパイダーマン3』(2007年)が持っていた初動記録を塗り替えました。
その後も勢いは衰えず全米トータルグロスは5億3334万ドルにのぼり、当時としては『タイタニック』(1997年)に次ぐ歴代2位の記録的ヒットとなりました。
国際マーケットでも同じく好調で、全世界トータルグロスは10億304万ドル。こちらは当時歴代4位で、10億ドルの大台を突破した初のコミック映画となりました。
そんな中、本作がヒットしなかった唯一とも言える国が日本であり、興行成績は16億円で、年間興行成績33位という不調に終わりました。信じられないことに『ハムナプトラ3』や『L Change the World』よりも下。
これは一体どうしたことでしょうね。
アカデミー賞2部門受賞
批評面でも高く評価され、アカデミー賞では9部門にノミネート(助演男優賞、撮影賞、美術賞、メイクアップ賞、視覚効果賞、音響編集賞、編集賞、録音賞)、うち助演男優賞と音響編集賞を受賞しました。
ただしこの回のオスカーは物議を呼びました。
これだけの映画が作品賞にノミネートすらされていないのはおかしいという批判が起こり、翌年からは作品賞のノミネート本数が5本から10本に増やされ、早速SFアクション『第9地区』(2009年)がノミネートされました。
なお、本作と同年に作品賞受賞したのはダニー・ボイル監督の『スラムドック・ミリオネア』(2008年)でした。
『スラムドッグ~』も良い映画でしたけど、歴史的評価や後続作品への影響を考えると、本当に適切なジャッジだったのかは微妙です。
感想
正義で悪は根絶できない
舞台となるのは前作から9か月後。
ゴッサムの病巣であるマフィアを追い込むというバットマン(クリスチャン・ベール)とゴードン警部(ゲイリー・オールドマン)の作戦は成功しており、彼らの資金を管理しているラウ(チン・ハン)という男を捕まえて、こいつが法廷で証言すればマフィアは一網打尽というところにまで漕ぎつけます。
これでゴッサムに平和が訪れるのかというとそうではなく、バットマンの思惑とは正反対の方向に物事が動き始めるというのが本作の骨子。
追い込まれたマフィアはジョーカーと名乗る得体の知れない男を使うことにします。
ジョーカー(ヒース・レジャー)は、バットマンが正体を明かして逮捕されるまでは市民を殺し続けると宣言。手始めに市警本部長と判事を殺してみせたものだから、こいつは本当にそれをやる能力があるということで、ゴッサムは震撼します。
その後も「ハービー」と「デント」という二人の市民を殺したり、式典で市長を暗殺しようとしたりと、悪事が止まりません。
しかもこいつには目的がない。
ウェイン・エンタープライズのM&Aアドバイザーが不透明な資金の流れからバットマン=ウェインであることを突き止め、テレビで正体を公表すると宣言。
するとジョーカーは「バットマンがいなくなると退屈だから、正体をバラそうとしている奴を殺せ」と言い出します。ちょっと前までバットマンは正体を明かせと言ってたのに。
東に行けば西だと言い、西へ行けば東だと言う。ジョーカーとはそういう男なのです。
またマフィアから多額の成功報酬を受け取っても、自分に金は必要ないと言って札束をすべて燃やしてしまいます。
ジョーカーは怨敵を倒したいのでも、大金が欲しいのでもなく、ひたすら暴れて他人に迷惑をかけることが楽しくて仕方のない男なのです。だから際限がない。
で、こういう狂った人間は平時であれば誰からも相手されず埋もれていた可能性が高いのですが、バットマンという異物が出現したために浮上してきたわけです。
「お前が俺を完璧なものにする」
ついにまみえたジョーカーからこう言われたバットマンは、途方に暮れるしかないのでした。
先の見えない対テロ戦争
目的のない純粋悪と言われて思い出すのが、本作の前年に公開されてアカデミー作品賞を受賞した『ノーカントリー』(2007年)の殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)です。
アントンも行く先々で無関係な人を殺し、しまいには雇い主まで殺して何やってんだか分からなくなる人物でしたが、両者は当時のアメリカの社会背景を反映したキャラクターだったと思われます。
2001年9月の同時多発テロ事件に端を発したイラク戦争は、2003年5月にブッシュ大統領の勝利宣言で終わったはずでした。悪の総元締めサダム・フセインも逮捕したし。
それによりテロの脅威が除去できたかと言えばそうではなく、逆に事態は混迷を深め、先の見えないトンネルと化しました。
国家というはっきりとした敵を認識できていた時期の方がまだマシだった。敵国を倒したことで脅威は得体の知れないものへと変貌し、いつまで中東の監視を続けなければならないのか、皆目見当も付かない泥沼へとはまっていったのです。
そもそもサダム・フセインを倒したことが間違いで、フセインをうまく使って国内をコントロールさせておいた方が随分マシだったのでは。2008年頃のアメリカ国民たちは内心そう思っていたのではないでしょうか。
で、娯楽作においてもこちらの理解を越えた悪が現れ始めたというわけです。
バットマン完全敗北
しかし、バットマンにも希望の光はありました。
ゴッサムの地方検事ハービー・デント(ハービー・デント)は、 ブルースの意中の人レイチェル(マギー・ギレンホール)の新恋人でもあります。
当初、ブルースはハービーに対して訝しい目を向けるのですが、いざ会って話してみると「滅茶苦茶良い人!」と感銘を受けます。
優秀だし、不正を許さない熱い心も、難題に取り組むためのガッツもある。こういう人が地方検事として法の枠内で戦ってくれるのであれば、バットマンは自警団活動を卒業できるはず。
ジョーカーに対するバットマンの切り札はハービーだったわけです。
しかしジョーカーの仕掛けた罠でレイチェルを亡くしたことから、ハービーは怪人トゥー・フェイスに変貌。
それまで三度も殺害対象にしていたことから、当のジョーカーにとっても想定外の展開だったのでしょうが、思いのほかトゥー・フェイスの仕上がりが良い様子で、ジョーカーは大満足。
一方バットマンはトゥー・フェイスを説得しきれず、最後は人質にされたゴードン警部の家族を守るために彼を殺すしかなくなりました。
ジョーカーの仕掛けた悪意を克服できず、バットマンは完全敗北したわけです。
そんなバットマンにできたこととは、トゥー・フェイスの悪事は徹底的に隠ぺいしろ、隠しきれないことはバットマンのせいにしろという指示をゴードン警部に出すことくらいでした。
もしもハービーが闇落ちしたと分かれば、これまでの活動でゴッサム市民に根付いてきた不正を許さぬ心は失われてしまう。
なので嘘でも誤魔化しでも不正でもいいから英雄ハービーの物語を守れというヒーローらしからぬ判断を下したわけです。
この落とし方は衝撃的でしたね。ヒーローもので正義が勝たないという。
フェリーの一件は如何なものか
そんなわけで徹頭徹尾知的で容赦のない作風だったのですが、そんな中で唯一首を傾げざるを得なかったのが、フェリーの一件でした。
このフェリーのくだりはハンス・ジマーの素晴らしいスコアのおかげで見ている間はハラハラさせられたのですが、よくよく考えてみるとおかしかったなと。
ジョーカーの悪事にパニクった多くの市民はゴッサムからの脱出を図るのですが、ジョーカーは市民が乗ったフェリーと、囚人を護送しているフェリーに爆弾を仕掛けた上で、双方の船に相手の船の起爆スイッチを持たせます。
一方を爆破すればもう一方は助けてやるというのがジョーカーの出したゲームであり、結局爆破が起こらなかったことを受けて、バットマンは「正義を信じる心が勝った」とか言うのですが、違いますよね。
相手を爆破してまで生き延びる必要はないという良心的な判断を下したのはマイク・タイソンみたいなごっつい囚人だけで、市民の側は多数決によって囚人のフェリーを爆破するという結論を出していました。
ただ、ビビって起爆スイッチを押せなかっただけで。
そもそもこのゲームには問題があって、0時になってどちらも起爆しなければ両方を爆破するという条件付きなので、どっちみち爆破が待っているのであれば、相手の船を爆破して我々だけでも生き延びるという選択肢がもっとも合理的です。
もしも正義の心を試したいのであれば、何もしなければ爆破は起こらない。しかし相手が本当に自分達を爆破しないと信じ切ることができるかというゲームであるべきでした。
文句は以上です。
アクションは超重量級
1億8500万ドルもの製作費がかけられただけあって、アクションも重量級です。
白眉は中盤のカーチェイスで、ハービーを乗せた護送車をジョーカー一味のトレーラーが追いかけてきて、その攻撃をバットモービルが防ごうとするという内容なのですが、まぁ凄いことになっています。
ロケットランチャーを持ち出してまで護送車を破壊しようとするジョーカーに対し、頑丈なバットモービルをぶつけることでジョーカー軍団の車両を次々に破壊するバットマン。破壊が破壊を呼んでおります。
また当初はBGMなしなのですが、トンネルを出たところでハンス・ジマーのかっこいい音楽が鳴り始め、待ち構えていた警察側のヘリが「反撃だ」と言って降下してくるという転調にも震えましたね。
このヘリはすぐに撃墜されるのですが。
また、徹底的にリアリティに拘りつつも、大破したバットモービルからバットポッドが分離するというヒーローものらしいギミックも抜群のタイミングで繰り出しており、気持ち良いくらいに演出が決まっております。
ノーランがノリノリでやってることが伝わってきますね。
≪バットマン シリーズ≫
バットマン_狂人がヒーロー【7点/10点満点中】
バットマン リターンズ_暗い・悲しい・切ない【8点/10点満点中】
バットマン フォーエヴァー_良くも悪くも漫画【5点/10点満点中】
バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲_子供騙しにもなっていない【2点/10点満点中】
バットマン ビギンズ_やたら説得力がある【7点/10点満点中】
ダークナイト_正義で悪は根絶できない【8点/10点満点中】
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