個人的にはデビュー作の時点から注目しているのに、日本では話題に上がることがさほどないJ・C・チャンダー監督。彼の硬派で含蓄に溢れた作品を紹介したいと思います。
J・C・チャンダーとは
1973年ニュージャージー州モリスタウン出身。大学在学中の19歳の時に交通事故に巻き込まれたことがきっかけで映画製作を志すようになり、ニューヨーク大学の映画プログラムを受講。1996年の大学卒業後にはコマーシャルやドキュメンタリーの道に進みました。
2006年に自分自身で執筆した脚本での長編監督デビューの目途が立っていたのですが、出資予定だったアイスランドの投資家が金融危機に巻き込まれたことから企画は頓挫。
その後、『マージン・コール』の脚本が2010年のブラックリストの第7位にランキングしたことで映画会社の目に留まり、同作で念願の長編監督デビューを果たしました。
マージン・コール(2011年)
オススメ度:★★★★☆
作品データ
製作年 | 2011年 |
出演 | ケヴィン・スペイシー ポール・ベタニー ジェレミー・アイアンズ ザカリー・クイント |
上映時間 | 109分 |
製作費 | 350万ドル |
全米興行収入 | 574万ドル |
受賞歴 | 【アカデミー賞】 脚本賞(ノミネート) 【NY批評家協会賞】 新人監督賞(受賞) |
IMDBレート (2020年1月31日閲覧) | 7.1 |
あらすじ
ウォール街の投資銀行で大量解雇が行われた。リスク管理部門のピーター・サリヴァン(ザカリー・クイント)は解雇を免れたが、一方で解雇された上司エリック(スタンリー・トゥッチ)から「用心しろ」という言葉と共にUSBメモリーを渡された。そのメモリーには、社が保有するサブプライム商品が会社の時価総額を上回る損失を出しかねないという計算が記録されており、これを見たピーターは上司のウィル(ポール・ベタニー)とサム(ケヴィン・スペイシー)に報告する。会社では緊急役員会が招集され、市場に気付かれる前に不良資産をすべて売却せよとの決定が下る。
感想
チャンダーの父がメリルリンチに30年以上勤務したことや、2006年の彼の幻のデビュー作がアイスランドの金融危機で吹き飛んだことから、2008年の金融危機をモチーフにした本作がデビュー作となったことには宿命のようなものを感じます。
本作はかなり小難しい経済映画のような見かけになっているのですが、実際には危機管理を扱ったポリティカルスリラーのような形式で作られており、難しい金融用語をスルーしても話は理解できるという親切な作りとなっています。
加えて、事態がどんどん悪化していくことのスリルはあるし、会社を守るために汚い選択をせざるを得なくなった上層部のドラマにも腹にガツンとくるものがあり、きわめて質の高い社会派エンターテイメントに昇華できています。
私はこの映画を見て、とんでもない新人監督が現れたと震えました。
オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜(2013年)
オススメ度:★★★★★
作品データ
製作年 | 2013年 |
出演 | ロバート・レッドフォード |
上映時間 | 106分 |
製作費 | 850万ドル |
全米興行収入 | 279万ドル |
受賞歴 | 【アカデミー賞】 音響賞(ノミネート) 【ゴールデングローブ賞】 男優賞(ノミネート) 音楽賞(受賞) 【NY批評家協会賞】 男優賞(受賞) |
IMDBレート (2020年1月31日閲覧) | 6.9 |
あらすじ
インド洋を航行中の自家用ヨットが漂流コンテナとぶつかり、浸水をはじめる。浸水により電子機器も故障し大海原で通信手段も失った状態で、ヨットの男(ロバート・レッドフォード)は少しでも長く浮かんでいるための作業を淡々とこなしていくのだった。
感想
登場人物は主人公一人だけで全編セリフなしという実験的な作品なのですが、2作目にしてチャンダーの演出は円熟の域に達しています。
状況説明的なセリフも、主人公の人となりを示す情報も一切なく、ただ画面に映ったもののみでドラマを紡ぐという恐ろしく困難な課題を自らに課しています。
浸水の恐怖と生存への執着、そして自らに淡々とした作業を課し続けることでパニックを抑え込んでいるかのような男のプロフェッショナリズム、この3点のみで長編映画は立派に成立しています。特筆すべきは演技や演出の奥行の深さであり、何も語らずとも観客に重いドラマを伝えきっています。驚異的な傑作。
アメリカン・ドリーマー 理想の代償(2014年)
オススメ度:★★★★☆
作品データ
製作年 | 2013年 |
出演 | オスカー・アイザック ジェシカ・チャステイン |
上映時間 | 125分 |
製作費 | 2000万ドル |
全米興行収入 | 574万ドル |
受賞歴 | 【ゴールデングローブ賞】 助演女優賞(ノミネート) |
IMDBレート (2020年1月31日閲覧) | 7.0 |
あらすじ
ニューヨークのもっとも危険な年と呼ばれた1981年。石油会社を経営するアベル(オスカー・アイザック)は、タンクローリー強盗に悩まされていた。ある日起こった強盗事件で従業員が拳銃で応戦したことが警察沙汰となり、銀行からの融資を打ち切られた。さらに、業界の悪しき慣習に染まらないアベルは役所からの攻撃対象であり、脱税と価格操作の疑いでの家宅捜索にも入られる。
感想
善悪を分けるボーダーの曖昧さがチャンダーの作風の一つと言えますが、それがもっとも顕著に表れているのが本作です。
主人公は正しい経営哲学を持ち、業界の悪しきなれ合い文化からも一歩身を引いている経営者アベル。しかし潔癖さが仇となって数々の悪いことが巻き起こり、アベルは会社を倒産させないために金策に走り回ります。本来正しいはずの経営理念を曲げるかどうかという選択を最終的には迫られるのですが、正しいことをしている人間が必ずしも報われることはないという人間社会の一面を容赦なく描いた悲しい寓話でした。
本作は3部作構成を意図しているとの話もあるのですが、アベルの物語がどう変遷していくのかには大変な興味を掻き立てられます。
トリプル・フロンティア(2019年)
オススメ度:★★☆☆☆
作品データ
製作年 | 2019年 |
出演 | ベン・アフレック オスカー・アイザック チャーリー・ハナム ギャレット・ヘドランド ペドロ・パスカル |
上映時間 | 125分 |
製作費 | -(非公表) |
全米興行収入 | -(Netflix限定公開) |
受賞歴 | – |
IMDBレート (2020年1月31日閲覧) | 6.5 |
あらすじ
米軍を退役したポープは南米の警察で軍事顧問をしており、隠れ家に大金を隠し持つ麻薬王の所在地情報を掴んだ。彼はかつての軍隊仲間に襲撃計画を提案する。
感想
元はキャスリン・ビグローが監督する予定だったアクションドラマ。
『ハート・ロッカー』(2008年)、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)のマーク・ボールによる脚本をチャンダーが監督することになり、他人の企画に雇われで参加する初めての作品となりました。加えて、これまでドラマばかりを撮ってきたチャンダーにとってアクション要素の強い作品は初めてと、初めて尽くしの作品。
社会派演出と娯楽性の高いアクションの高次元での融合を期待していたのですが、残念ながらその化学反応は起こりませんでした。他人の企画でチャンダーは持ち味を発揮できず、アクションとしてもドラマとしても中途半端で盛り上がりどころのない作品に終わりました。
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