(2026年 アメリカ)
ベストセラーを原作とした、お手本のようによくできたSF大作。観客の喜怒哀楽を刺激するドラマの完成度は高く、最後には涙腺を搾り取られる。見せ場の質も高く見どころ満載で、誰が見ても高い満足感を得られるのではなかろうか。

感想
IMAX上映館を普段使いしている私だが、今回は妙にIMAXの予約が取りづらく、うちから近いTOHOシネマズ日本橋のTCX+DolbyATMOSで妥協したが、これが失敗だった。
地上場面がシネマスコープ、宇宙の場面がIMAXのラージフォーマットで描かれるのだが、元がシネスコサイズのTCXでは、ラージフォーマットでは左右に額縁付き、シネスコ場面では上下左右に額縁付きという勿体ないスクリーンの使い方になってしまう。
IMAX上映館の予約が取りづらかったのはこういう事情があったからなのねと、上映が始まってから理解できたが、もう後の祭りだった。
音響は定評通り良かったけどね。
太陽活動を妨げる事象が発生。このままだと地球上の全生命体は死滅するのでなんとかして来いという、『クライシス2050』(1990年)や『サンシャイン2057』(2007年)と類似した概要であり、着想自体に新味はない。
ただしそこを科学的にそれらしく見せる技術と、終末SFとは思えないポジティブさで描くのが、本作の新奇性だと言える。
原作者は『オデッセイ』(2015年)のアンディ・ウィアーで、脚色を担当したのも同じく『オデッセイ』のドリュー・ゴダード。
火星に取り残された男のサバイバルという、絶望感しかない物語を明るく描いたこのコンビは、本作も明るく人間味豊かに描いていく。
ほぼ出ずっぱりと言える主人公グレースに扮するのはライアン・ゴズリング。
『ファースト・マン』(2019年)に続いて二度目の宇宙飛行士役となるが、ほぼ死にに行く覚悟の宇宙飛行士をお通夜のようなテンションで描き切った『ファースト・マン』からは一転して、本作ではどんな状況にも絶望しない主人公をポジティブに演じている。
太陽と金星を結ぶ赤外線の帯「ペトロヴァ・ライン」が発見される。
どうやらこのラインが太陽の減光をもたらしているようで、このままいくと30年後には地球は氷河期に達するとの予測が出る。
同じ現象は銀河全域で観測されており、太陽系周辺の多数の恒星が減光している中、くじら座タウ星系にある恒星のみがその被害を受けていないことから、そこに事態解決のカギがあるのではないかとのことで、主人公が送り込まれるというのが、ざっくりとしたあらすじ。
とんでもなく大風呂敷の広げられた話なんだけど、ペトロヴァ・ラインから採取された生命体「アストロフォージ」がその元凶であると同時に、このアストロフォージを用いることで恒星間航行を可能とする技術が生み出されるなど、テクノロジー描写にはさすがのものgある。
原作者のアンディ・ウィアーは10代のころからプログラマーとして働いてきた人物であり、物理学者の父と電気技師の母を持つという生まれもあって、ゴリゴリの理系人材だと言える。
ただし大学などで難しい学問を習得したことはなく、彼の素養はあくまで実用レベルであるため、その小説はロジックを重視しつつも、誰でも理解できるレベルに抑えられていることに特徴がある。
本作でも簡単すぎず難しすぎずの丁度良い塩梅に科学考証がチューニングされており、ハードSFらしい薀蓄もあるにはあるけれども、肩ひじ張らずに楽しめることが大きな魅力となっている。
そして本作はテクノロジーを背景としつつも、そこで描かれるのは人間ドラマであるという点も大きな特徴である。
主人公はしがない中学教員であるが、その昔には気鋭の学者として鳴らしたものの、既存の権威に対してあまりにも挑発的だったことから学会を追放された過去を持つ。
「為さざるが最善」となっていた主人公が、自ら望むでもなく人類の将来を背負わされることとなるというのが本作のドラマツルギーなるもので、地球パートではプロジェクトリーダーのエヴァ・ストラット(ザンドラ・ヒュラー)が、宇宙パートでは異星人のロッキーが、彼に影響を与えることとなる。
エヴァは欧州宇宙機関の長官であり、この危機への対応に当たって絶大なる権限を持たされてる。
自身も重圧に耐えながら迷いや不安を表には出さずに主人公グレースのメンター役を果たすのだが、彼女の複雑な性格を表現するのに映画の上映枠では不足だったのか、その掘り下げは不十分だった。
最終的に、彼女はメンター役として失格の態度をとるのだが、そこに至る葛藤が伝わってこなかったのは残念だった(扮するザンドラ・ヒュラーの苦虫を嚙み潰したような表情は良かっただけに尚更)。
一方、異星人のロッキーのキャラクターは実によくできている。
グレースと同じく危機回避に向けて送り出されたロッキーは、グレースと同じく航行中の事故で仲間を失い一人取り残されてしまった。
圧倒的な絶望と、しかしあくまで前向きという共通項を持ったグレースとロッキーは良きパートナーとなって双方の母星を救うこととなるのだが、二人の掛け合いはいくらでも見ていられるほど楽しいものだった。
グレースが学者、ロッキーがエンジニアという組み合わせもよく考えられており、グレースがアイデアを出し、ロッキーがその実現のための道具を提供してくれるというコンビネーションも小気味よかった。
この手の話の定番通り、最終的には双方の自己犠牲が描かれるのだが、事前のドラマがよくできていることもあり、涙を搾り取られそうになる展開が二度ほどあった。
また彼らの冒険を彩る映像美にも特筆すべきものがある。
撮影を担当したのは『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021年)でアカデミー賞を受賞したグリーグ・フレイザーで、他にテレビシリーズ『マンダロリアン』なども手掛けるSF映画界の新たな巨匠である。
彼の表現によって、異星人の宇宙船や前人未到の惑星はそこに実在するかのような質感を持ち、そのリアリティがドラマの後景としてしっかりと機能している。
以上、本作は非常によくできたSF大作なのだが、難を言えば、あまりによく出来すぎていて監督の意図を感じすぎる瞬間があったことだろうか。
式次第通りに感動はするのだが、「はい、ここで泣いてください」という嫌らしさもちょっと感じてしまった。

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