5点/10点満点中
■スサンネ・ビア監督作品
監督のスサンネ・ビアは2010年の『未来を生きる君たちへ』でアカデミー賞とゴールデングローブ賞の外国語映画賞をダブル受賞した経歴を持つデンマーク出身の女性監督であり、直近ではテレビのミニシリーズ『ナイト・マネジャー』でスリルとドラマ性を両立した素晴らしい手腕を披露しました。
また脚色を担当したエリック・ハイセラーは2016年の『メッセージ』でアカデミー脚色賞にノミネートされ、『君の名は。』のハリウッドリメイクの脚本家としても起用されている注目株です。またNetflix絡みではマイケル・ペーニャ主演の『エクスティンクション 地球奪還』にノークレジットで参加しているのですが、こちらは名前を出さなかったことが正解と言えるほどまぁまぁの映画でしたね。
■ある日突然訪れたアポカリプス
ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』やM・ナイト・シャマランの『ハプニング』のように、ある日突然訪れたアポカリプスを描いた作品であり、”その日”を描いた序盤のパニック描写の素晴らしさには目を見張るものがありました。
さっきまで普通にしていた女性が突然ガラスに何度も頭を打ち付けて血だらけになっており、屋外に出ると道路も歩行者もパニック状態。主人公の視点に固定されてよく動くカメラワークによってパニック状態の臨場感を表現しているものの、視聴者が見づらいと感じる一歩手前に踏み留まっているという匙加減は絶妙なものでした。また、基本的にはリアリティ重視ではあるものの、勢いよくひっくり返った車が景気よく火柱を上げて炎上するという派手な演出も要所要所に取り入れており、実にバランスの良い見せ場になっています。この序盤で一気に引き込まれました。
■籠城劇に入ってからはつまらなくなる
序盤のパニックを生き延びたサンドラ・ブロックはジョン・マルコヴィッチの家に転がり込み、1964年の『地球最後の男』以来のポストアポカリプスものの伝統である籠城劇に突入するのですが、ここから映画の質は一気に落ちます。
・群像劇としての魅力がない
マルコヴィッチは自他ともに認めるイヤな野郎なのですが、その割にこの家にはいろんな人達が逃げ込んでおり、結構心が広いじゃんと思いました。むしろ、かくまってもらいながらもマルコヴィッチに文句ばっか言ってる他の生存者の方に問題を感じたほどです。また、嫌な野郎が最後に役立って死ぬという『ドーン・オブ・ザ・デッド』のCJ的な役回りかなと思ったら本当にその通りになるという捻りのなさであり、登場人物の動かし方が総じてうまくないと感じました。
そもそも過去と現在を行き来するという構成をとっているために、この家の住人の誰が生き残って誰が死ぬのかが誰の目にも明らかな状態となっており、その点でのスリルが切り捨てられているという点も残念でした。
・謎のライフライン
全人類が家の外での活動ができないという状況にあるにも関わらず、水道からは水が出るし、電力の供給も続いており、さらには排泄物の処理に困っている様子がないということはおそらく下水道も機能しており、この世界においても最低限のライフラインは生き続けています。この崩壊した世界においても、水道局や電力会社の人たちは頑張って働き続けてくれているんでしょうか。
また、食料の調達は一度スーパーに行ったっきりでしたが、あれだけ大勢の大人が何か月も食べていけるだけの食料が乗用車に積めるだけの分量で済むとは考えられません。このようにポストアポカリプスの世界でのサバイバルという点があまりに突き詰められていないので拍子抜けしました。
・ヌルい襲撃者
たいていの人は”それ”を見ると自殺するのですが、稀に死ぬどころか”それ”に魅了されてハッピーになっちゃう人達が中盤より出現します。このハッピー組はそもそもそういう資質を持っていた人たちなのか、それとも全人類を抹殺したい”それ”が頑固に立て籠もり続けている人間達にリーチするための実働部隊として特別に生かして働かせているのかは知りませんが、ともかくハッピー組は襲撃者となって主人公達を危険に追い込みます。
ただ、この襲撃者が意外と無能なのです。屋外でも普通に視覚を使えるという圧倒的なアドバンテージを持っているにも関わらずイマイチ攻めきれずに返り討ちに遭うし、彼らのそもそもの目的を考えると家屋を焼き討ちにして生存者を強制的に外へ出してしまえばいいのに、そうした誰でも簡単に思いつくような作戦をとらないために「何やってんだか」という感じになっています。
・役に立たない鳥
鳥は”それ”の接近を察知できることから主人公が常に傍らに置いており、何よりタイトルにもなっているのだから重大局面を乗り切る際のアイテムにでもなるのかなと思いきや、最初から最後までほぼ役に立ちません。この点でも拍子抜けでした。
・コミュニティが生存者集めをしている理由が不明
今の場所に踏みとどまれなくなった主人公と子供達は無線での呼びかけに応じて生存者達のコミュニティを目指すのですが、全人類の生産力がほぼゼロとなっており、生きるための物資が決定的に不足している状況下で、このコミュニティが新規参加者を積極的に受け入れている理由がよく分かりません。むしろ、この状況であればコミュニティの内側の者だけで限られた物資をできるだけ長期間シェアし、新参者は厳しく制限すると思うのですが。実際、前半のマルコヴィッチ邸では新規参入者を歓迎しない風潮がありましたよね。
なぜこのコミュニティは新規参入者を求めていたのか。例えば何らかの生産設備を持ったコミュニティなので労働力を求めていた等の理由付けがあれば腑に落ちたのですが、その点に何の説明もなく、ただの善意のコミュニティみたいな扱いだった点が非常に引っかかりました。
■そもそも映像メディアが向いていない素材ではないか
本作の恐怖の源泉とは、目隠しをして見えない状態で生活せねばならないことの不安や恐ろしさ、特に主人公は視覚に頼らずに大自然を突っ切って目的地を目指さねばならないという大変な旅に挑むことになるのですが、この恐怖って本だからこそ伝わるものではないかと思います。
これを映像メディアでやってしまうと、さすがにすべてのカットを目隠しの布のドアップで済ませるというわけにもいかないので客観的なショットも使わざるをえなくなるのですが、それをやってしまった瞬間に主人公が味わう恐怖が観客には伝わらなくなってしまいます。
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