(2006年 アメリカ)
主人公2人がどちらも異常者という変わり種のミステリーで、双方が語り手にしてミステリーの主という特殊な構造を持っているのだが、ノーラン作品にありがちなストーリーテリングの技術が立ちすぎて、中身のドラマはイマイチ。また謎の正体がかなりトンデモで、クライマックスも腑に落ちなかった。
作品解説
原作はクリストファー・プリースト著『奇術師』(1995年)
本作はイギリスのSF作家クリストファー・プリースト著『奇術師』(1995年)を原作としている。同作は出版後に高評価を受け、ジェイムズ・テイト・ブラック記念賞と、世界幻想文学大賞を受賞。
最初に同作を映画化しようとしたのはサム・メンデスで、アカデミー賞受賞作『アメリカン・ビューティ』(1999年)の次に製作しようとしていた。
メンデスは原作者プリーストとの契約寸前にまで行っていたのだが、そこに割って入ったのがクリストファー・ノーランだった。
プロデューサーのヴァレリー・ディーンからの勧めで読んだところ、ノーランもこれを気に入ったため、映画化に名乗りを上げた。
そしてプリーストがそれまでにノーランが監督した2作品(『フォロウィング』と『メメント』)を高く評価したことから、2001年頃にメンデスを蹴ってノーランに映画化権を与えた。
なのだが、2001年後半に入るとノーランは『インソムニア』(2002年)の製作で忙しくなり、弟のジョナサン・ノーランに本作の脚本を手伝わせることに。
さらに間に『バットマン ビギンズ』(2005年)の製作も挟まり、結局、ノーラン兄弟による脚色作業は5年ほどかかったようである。最終稿が出来上がったのは2006年1月13日、撮影開始の3日前だった。
その後の製作はスムーズに進み、2006年4月9日に撮影終了、2006年9月22日にすべてのポスプロ作業を終えて、2006年10月20日に全米公開となった。
興行的・批評的成功
本作は初登場全米1位を記録し、全米トータルグロスは5308万ドル、全世界トータルグロスは1億967万ドルで、製作費4000万ドルの中規模作品としてはなかなかの売上となった。
また批評面でも成功し、アカデミー賞では撮影賞と美術賞にノミネートされた。
感想
異常者が二人もいる異色ドラマ
本作は結構な話題作で劇場公開時に鑑賞したのだが、その際にはあまり面白いとは感じなかった。
それから15年ほど経っての再鑑賞となったが、やはり感想は変わらずだった。
19世紀を舞台に、駆け出し時代には苦楽を共にしていたマジシャン二人が、不幸な事故をきっかけに袂を分かち、両者ともに著名になってからも因縁を引きずり続けるというのがざっくりとしたあらすじ。
クリストファー・ノーランらしく時制が入り組んだ構成となっているのだが、一般的な2つの時制ではなく、3つの時制であることが本作の特色となっている。
- 現在:主人公ボーデン(クリスチャン・ベール)が、もう一人の主人公アンジャー(ヒュー・ジャックマン)を殺害した罪に問われている
- 中過去:ボーデンを越える瞬間移動マジックを編み出すべく、アンジャーはアメリカに渡って発明家テスラ(デヴィッド・ボウイ)に接触する
- 大過去:二人の駆け出し時代と、いち早く一本立ちしたボーデンに嫉妬するアンジャーの姿が描かれる
現在の殺人事件をきっかけに過去を回想するという演出方法自体はサスペンス映画ではありきたりで、一般的には一方の主人公はマトモであり、異常をきたしたもう一人の主人公の謎を解明するという形で進んでいく。
しかし本作の場合はボーデンとアンジャーの両方が異常であり、ボーデンはアンジャーの謎を、アンジャーはボーデンの謎を追いかけている。だから時制が3つに分かれている。
ふたりの主人公が共に語り手にして、ミステリーの根源なのである。この構造はなかなか興味深い。
ではそのミステリーとは一体何かというと、相手のやっている瞬間移動マジックが完璧すぎて、どういう仕掛けになっているのかが同業者でも分からない。そこでタネを暴いてやろうと躍起になっているのである。
その原動力となるのは駆け出し時代に抱えた個人的な因縁と、プロとしてのマジックへの異常な執着であり、オブセッションに憑りつかれた男の悲劇という点でも、ノーランらしい作品だと言える。
ただ、これが面白いかと言われると、そうでもなかった。
スマートなボーデンに対して、アンジャーがしつこく絡んでるだけに見えなくもないのである。
アンジャーに感情移入できず
確かにアンジャーにはボーデンの手落ちで奥さんを死なせたという過去があり、彼を恨むに十分な動機付けはある。
しかし途中からは奥さんへの恨みどうこうは関係なくなり、単純に同業者としてボーデンの営業妨害をしたり、その技を盗もうとしたりするようになる。
しかもアンジャーには仕掛職人のハリー(マイケル・ケイン)というブレーンもいるのに、他方で一人で独立せざるを得ず、圧倒的に悪い条件から立て直さねばならなかったボーデンへの妨害行為をやめない。
さすがにアンジャーがやりすぎで、ボーデンが気の毒に思えてくる。
しかもこのアンジャー、マジシャンとしての技を磨こうとするのではなく、良い仕掛けを求めてボーデンに探りを入れているフシもあるので、ますます同情できなくなってくる。
一方のボーデンはと言うと、マジシャンとしての腕前は超一流なのだが、演出の指南役がいないためになかなかその凄さが客に伝わらないという問題を抱えているし、ボーデン自身がその問題を自覚しておらず、エンターテイナーとしては伸び悩んでいる。
これまた愚直なボーデンを応援したくなるので、相対的にアンジャーの分が悪くなってしまう。
もうちょっと両者を公平に感じさせるような筋書きになっていれば良かったのだが、その辺のバランスはうまくいっていない。
オチが良くなかった ※ネタバレあり
で、瞬間移動マジックのタネはというと、ボーデンは双子であることを妻子にも隠しており、兄と弟が入れ替わりながら一つの人生を生きていたということが明らかになる。
若手時代にアンジャーの妻を死なせてしまったのも、前日の注意事項を聞いていなかった方が舞台に上がってしまったが故の悲劇だった。
なのだが、このオチは冒頭から読めていたので、大したサプライズでもなかった。
アンジャーも「あれは替え玉だ」と言っており、双子説が容易に浮かび上がる構造にはなっていた。
というわけでアンジャーの瞬間移動マジックのタネこそが大オチということになるのだが、こちらは禁じ手に近いと思った。
テスラによってクローンを作り上げる装置が発明されており、アンジャーは瞬間移動マジックの度に死と再生を繰り返していたのである。
さすがウルヴァリン!とはならなかったなぁ。
真面目なミステリー映画のオチがシャマランもビックリなトンデモ科学というのは酷すぎる。
本当に物体を複製する技術なんぞが出来上がっていれば、それを一人のマジシャンに独占させるなんてことはあり得なくて、もっと大きな事のために使われるだろうと思うし。
ネタにマジレスっぽくて申し訳ないが、このオチは全く受け付けなかったので評価は低めにせざるを得ない。
≪クリストファー・ノーラン監督作品≫
メメント_人は都合よく記憶する【8点/10点満点中】
プレステージ_異常者二人の化かし合い【5点/10点満点中】
インソムニア(2002年)_倦怠感・疲労感の描写が凄い【6点/10点満点中】
バットマン ビギンズ_やたら説得力がある【7点/10点満点中】
ダークナイト_正義で悪は根絶できない【8点/10点満点中】
ダークナイト ライジング_ツッコミどころ満載【6点/10点満点中】
コメント
お久しぶりです。こちらのレビュー、半ば自分のリクエストみたいなものなのに見逃しておりました。オチで一気に評価が分かれる作品ですよね。自分は原作を先に読んでいたので割合すんなり呑み込めた派です。もしよろしければインセプションやTENETなどのレビューなんかも読んでみたかったり……どんな評価や分析をしてくれるのか気になります。
お久しぶりです。
インセプションなども再見してみたいと思います。