ジョーカー_観客をいたぶる強烈なドラマ。アメコミ嫌いこそ見るべし【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2019年 アメリカ)
アーサー・フレックは母の介護をしながら、大好きな大道芸の仕事をしていた。しかし、脳に負った障害のため感情が高ぶると発作的に笑い出すアーサーは、多くのトラブルに巻き込まれるのだった。

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スタッフ・キャスト

監督は『ハングオーバー!』シリーズのトッド・フィリップス

1970年ニューヨーク出身。マーティン・スコセッシやオリバー・ストーンを輩出したニューヨーク大学在学中にドキュメンタリー監督として注目され、アイヴァン・ライトマン製作のコメディ『ロード・トリップ』(2000年)以降は劇映画の監督も務めるようになりました。

一貫してコメディを製作してきた監督であり、2009年に始まった『ハングオーバー!』シリーズは興行的にも批評的にも成功を収めました。『ハングオーバー!』に主演したブラッドリー・クーパーとは友人関係にあって、優秀な映画監督でもあるクーパーは本作の製作にも名を連ね、編集の協力もしたそうです。

共同脚本は『ザ・ファイター』のスコット・シルヴァー

マサチューセッツ州ウースター出身。デヴィッド・アークエット主演のドラマ『ジョンズ』(1996年)とクレア・デインズ主演のアクション『潜入特捜隊モッド・スクワッド』(1999年)で監督・脚本を務めたのですが、興行的にも批評的にも失敗したことから監督業からは撤退し、21世紀に入ると脚本家に専念しています。

すると、エミネムの伝記をエミネム本人主演で映画化して大ヒットした『8 Mile』(2002年)、X-MENシリーズ初のスピンオフ作品『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』(2009年/ノークレジット)、クリスチャン・ベールがアカデミー助演男優賞を受賞した『ザ・ファイター』(2010年)と成功作を手掛けるようになり、『ザ・ファイター』では自身もアカデミー脚本賞にノミネートされました。

なお、本作の執筆には1年を要したそうです。

主演はホアキン・フェニックス

1972年プエルトリコ出身。新興宗教の宣教師をしていた両親の都合上南米で生まれ育ったものの、彼が4歳の時に両親が脱退し、アメリカに戻っています。帰国後の一家は非常に貧しかった中で兄のリバー・フェニックスが子役スターとして開花し、引っ張られる形でホアキンも1982年に子役デビューをしました。

正統派のイケメン俳優だったリバーとは違う陰のある青年役で脚光を浴び、ガス・ヴァン・サントやオリバー・ストーンといった実力派監督との仕事で演技力を磨きました。26歳の時に『グラディエーター』(2000年)でアカデミー賞に初ノミネートされて以来、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)、『ザ・マスター』(2012年)と合計3度のノミネート歴を誇っています。

なお、妹のサマー・フェニックスがケイシー・アフレックと結婚したことからアフレック家とも親戚関係にあり、バットマンの前任者であるベン・アフレックとの関係も持っています。今回のジョーカーの本名であるアーサー・フレックは、アフレックから取られたものではないかと言われています。

偶然なのでしょうが、過去にホアキン・フェニックスも出演したアカデミー賞作品『グラディエーター』(2000年)の主要出演者は、なぜかDCコミックへの出演が多いようです。

  • ラッセル・クロウ(マキシマス):『マン・オブ・スティール』(2012年)でジョー・エル役。
  • コニー・ニールセン(ルシッラ):『ワンダーウーマン』(2017年)と『ジャスティス・リーグ』(2017年)でヒッポリタ女王役。
  • ジャイモン・フンスー(ジュバ):『アクアマン』(2018年)でリクー王役(声のみ)、『シャザム!』(2019年)で魔術師シャザム役

共演はロバート・デ・ニーロ

1943年ニューヨーク出身。稀代の演技派俳優で、アカデミー賞に7度のノミネートと2度の受賞歴を持っています。『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)に出演するためシチリア島で生活してシチリア訛りのイタリア語を身に付ける、『タクシードライバー』(1976年)に出演するためタクシードライバーとして働く、『レイジング・ブル』(1980年)でボクサーの引退後の姿になるため20kgも体重を増量するなど、その普通ではない役作りはデ・ニーロ・アプローチと呼ばれており、本作でのホアキン・フェニックスの役作りには、若き日のデ・ニーロからの影響が多分に見て取れます。

トッド・フィリップスが明言する通り、本作はデ・ニーロが主演を務めた『タクシードライバー』(1976年)と『キング・オブ・コメディ』(1982年)に強く影響を受けており、特にデ・ニーロ演じるマーレイ・フランクリンは『キング・オブ・コメディ』でジェリー・ルイスが演じたジェリー・ラングフォードそのものとも言えるキャラクターとなっています。

ジョーカーの母親役は『アメリカン・ホラー・ストーリー』のフランセス・コンロイ

1953年ジョージア州出身。名門ジュリアード音楽院で学んだ後にブロードウェイの舞台に立ち、トニー賞ノミネートなど高い評価を受けてきました。ウディ・アレン監督の『マンハッタン』(1979年)の端役で映画デビュー。以降、舞台活動と並行して多くの映画やテレビドラマに脇役として出演してきたのですが、その中でも強烈な印象を残したのが『アメリカン・ホラー・ストーリー』(2011-2012年)でのモイラ・オハラ役でした。

経験豊富なフランセスは、主人公のアーサーに次いで振れ幅の激しい母ペニー役を見事に具体化していました。私は、彼女のアカデミー助演女優賞ノミネートはあるんじゃないかと思っています。

『デッドプール2』のザジー・ビーツが隣人役

1991年ベルリン出身。テレビドラマ『アトランタ』(2016-2018年)に主要キャストの一人として出演し、『デッドプール2』(2018年)にはケーブル対策にデッドプールが組織したXフォースのメンバー・ドミノとして「運が良い」という能力を行使しました。『Xフォース』はスピンオフ化がアナウンスされており、その通りに映画が製作されれば、彼女は再度ドミノ役を演じることになるでしょう。

ジョーカーとは

『バットマン』に登場するスーパーヴィランであり、1940年4月25日の”Batman #1”から登場している最古参のヴィランでもあります。『笑う男』(1928年)のコンラート・ファイトとトランプのジョーカーのビジュアルを参考に生み出され、当初は一話限りの登場の予定だったものの、永続的にバットマンとのファイトを繰り広げられる敵が必要だったこともあって、黒ずくめのバットマンに対して白塗りのジョーカーという構図は残され続けました。当初はサイコパス的な性格だったのですが、1950年代にはイタズラをする間抜けなキャラクターになり、1970年代に元の暗いキャラクターに戻されたという変遷をたどっています。

本名も生い立ちもはっきりと規定されておらず後のクリエイターたちは自由にオリジンストーリーを作ることができたため、読者・観客を飽きさせることがなかったという点もこのキャラクターの強みに繋がっています。

『バットマン』(1989年):ジャック・ニコルソン

ジャック・ネーピアというマフィアがその前身。組織の幹部の愛人に手を出したことから警察に売られ、逮捕劇の現場にやってきたバットマンとの格闘の末に化学薬品のタンクに転落し、白い肌、緑色の頭髪、吊り上がった真っ赤な唇という容貌になりました。このジョーカー誕生にはバットマンが直接関与しました。

両者の因縁はそれに留まりません。かつてブルース・ウェインの両親を殺害したのは若い頃のネーピアであり、つまりバットマンを生み出したのはネーピアだったということになります。ジョーカーがバットマンを生み出し、バットマンがジョーカーを生み出したという込み入った構図が置かれているのです。

演じるのはアカデミー賞俳優ジャック・ニコルソンであり、バットマン役のマイケル・キートンを押しのけてトップでクレジットされています。

『ダークナイト』(2008年):ヒース・レジャー

オリジンに深い意味のあった『バットマン』(1989年)のジョーカーとは対照的に、どこから来た何者なのかがさっぱりわからないのが本作のジョーカーです。

ゴッサム市警の犯罪者データベースに記録がなく、ジョーカー自身の口から語られるオリジンストーリーはコロコロ変わるためすべてウソという可能性もあり、大都会に憑りついた亡霊、もしくは人間を越えた悪意の化身のような風格を漂わせています。

演じるヒース・レジャーは公開直前に28歳という若さで急死。前任者のジャック・ニコルソンは、ヒースにジョーカーという役柄の危険性を警告していたということです。映画史に残るヴィランぶりは絶賛され、死後にアカデミー助演男優賞を受賞しました。

『スーサイド・スクワッド』(2016年):ジャレット・レト

ハーレイ・クインが主役の作品であり、その恋人のジョーカーは脇役として登場します。デヴィッド・エアー監督は現代的なギャングスターのような外観を意図しており、このためにメキシコの麻薬カルテルのボスをイメージして全身にタトゥーを施しました。唇の吊り上がっていないイケメンジョーカーである上に、バットマンという対象が不在の作品であるため、印象は薄め。

演じるのは『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)でアカデミー助演男優賞を受賞したジャレッド・レト。

『バットマン』(1989年):ジャック・ニコルソン
©Warner Bros.
『ダークナイト』(2008年):ヒース・レジャー
©Warner Bros.
『スーサイド・スクワッド』(2016年):ジャレッド・レト
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『ジョーカー』(2019年):ホアキン・フェニックス
©Warner Bros.

登場人物

  • アーサー・フレック/ジョーカー(ホアキン・フェニックス):二人暮らしの母の介護をしながら大好きな大道芸人をしている気弱な男。感情が高ぶると笑いだすという障害を負っているために、多くのトラブルに見舞われる。コメディアンに憧れているが、母親から「あなたが面白いことを言ったことあるかしら?」と言われるほどセンスがない。アーサー・フレックという名は、前バットマンにしてホアキン・フェニックスと親戚関係にあるベン・アフレックの姓から取られていると思われる。
  • マーレイ・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ):テレビの人気司会者で、アーサーの憧れの存在。
  • ソフィー・デュモンド(ザジー・ビーツ):アーサーと同じアパートの同じフロアーに住む若いシングルマザー。
  • ペニー・フレック(フランセス・コンロイ):アーサーの母。30年前にウェイン邸で働いた経験があることから、街の名士トーマス・ウェインに現在の窮状を訴える手紙を出し続けている。
  • トーマス・ウェイン(ブレット・カレン):ゴッサムシティの名士で、大企業ウェイン産業のオーナー。弱者救済を掲げて市長選に出馬しようとしているが、貧困層からはむしろ目の敵にされている。
  • ブルース・ウェイン(ダンテ・ペレイラ=オルソン):トーマス・ウェインの一人息子。
  • ギャリティ刑事(ビル・キャンプ):地下鉄でピエロの扮装をした男がウェイン証券の従業員3名を射殺した事件を追いかけており、アーサーの関与を疑っている。
  • バーク刑事(シェ-・ウィガム):ギャリティ刑事の相棒であり、同じくアーサーを疑っている。

感想

自分は本当に存在しているのか

主人公のアーサー・アフレックは「笑いで人を幸せにしたい」という信念の下、大好きな大道芸をして生きている心根の優しい男です。しかし、笑いのセンスに恵まれていない上に、精神病の既往歴があり、簡単なスペルすら間違えるほど教養がないので、社会のド底辺にいます。そして、脳に受けた損傷が原因で感情が高ぶると笑ってしまうという彼の障害はトラブルをこちら側に吸い寄せ、人生をより生き辛いものにしていました。

貧しくとも楽しい人生を送れていればいいという小さな願望すら踏みにじられていく毎日。これに対しアーサーは、「自分は本当に存在しているのかと不思議に思うことがある」と言います。これほど自分が苦労し、それでも何とか正気を保ちながら必死で生きているのに、その誠実さや真面目さが誰の目にも止まっていないという徒労感。

監督のトッド・フィリップスはあくまでパーソナルな映画であり、社会的メッセージを込めてはいないと言うものの、このアーサーの感覚に共感できる人は世界中に大勢いるのではないでしょうか。私自身、いろいろあって20代後半という年齢で派遣バイトや肉体労働をして食べていた時期があったのですが、その時には透明人間にでもなったかのような感覚を覚えました。人通りの多い国道で作業しているのに、誰とも話をせず、誰とも目が合わないという不思議な感覚。アーサーにはとても感情移入できました。

アーサーをジョーカーに変えたものは何だったのか

声なき者の唯一のアピール方法が暴力だった

荒んだ社会では弱者の声などかき消されていきます。しかし銃を向けられた瞬間に、人々はどんな弱き者の意見にも真剣に耳を傾けようとします。これはテロリストの行動原理でもあり、悲しいかな、世の真理の一つなのです。貧しく教養もないアーサーは社会と折り合えませんでした。それどころか社会からは徹底的にいたぶられ、優しい心だけでは乗り切れなくなりました。そこで暴力という道へと走ったのです。

社会と折り合えなくなった末の暴力とは『タクシードライバー』(1976年)のトラヴィス・ビッケルがその先輩格に当たります。ただしトラヴィスとアーサーが明確に違うのが、トラヴィスには肥大化した自意識と自分を認めない社会に対する被害者意識があって、自分を認めさせるんだという強烈な目的に従って行動していたのに対して、アーサーにはそこまでの自意識はありませんでした。大好きな大道芸の仕事をやり、母との平穏な暮らしさえ守れていれば、尊敬されたり注目を集めたりすることなど望んでいなかったのです。しかし、社会からの攻撃はそんな小さな領域までを侵食し始めたことから、暴力という手段に手を出すしかなくなってしまいました。アーサーの方がより切実だったと言えます。

アイデンティティの崩壊

短期間のうちに、アーサーは2つの重要なアイデンティティを失いました。ひとつ目は、笑いに携わる仕事に従事するということ。大道芸の会社を解雇され、ならばと夢だったスタンダップコメディの舞台に挑戦したものの、感情が高ぶると笑いが止まらなくなるという障害は、ステージ上でのパフォーマンスを不可能にしました。もちろん、母親から「あなた、面白いこと言ったことあったっけ?」と聞かれるほど笑いのセンスのないアーサーなので、芸をやりきれたところで成功の可能性は限りなく低かったのですが、ともかく彼は笑いに携わる仕事ができなくなりました。

※ここからネタバレします。

2つ目は、母との関係性が虚構だったということ。どれだけ社会に辛く当たられようとも、大都会の片隅で貧しくも美しく生きてきた母との生活だけは、アーサーにとって居心地の良いものでした。しかし、実際には自分は養子であり、しかも母は自分ではなくトーマス・ウェインを愛しており、トーマスとの不貞の末にできた子供という架空の物語のパーツとして自分は養子に取られたという過去。加えて、トーマスとの関係性が成就しなかった後には、当時の交際相手から幼いアーサーが受けていた酷い虐待を母は放置していたことが明らかになります。

「笑いで人々を幸せにする」という信念と、母と二人三脚の人生という心の拠り所をほぼ同時に失い、真っ白になったところに、ジョーカーというどす黒いキャラクターが雪崩れ込んできたのでした。アピール方法としての暴力がプッシュ要因とするならば、彼のアイデンティティの崩壊はプル要因だったと言えます。

現実か妄想か

と、長々と語ってきましたが、現実と妄想がないまぜ状態の本作にはどこまでが現実だったのかの見極めも重要です。その点で言うと、後半は丸々アーサーの妄想だったと思います。根拠として、2か所の不自然なカットが挙げられます。

まず一つ目。自らの出自や母の過去を知って感情の拠り所を失い打ちひしがれたアーサーが冷蔵庫の中に入るのですが、次のカットでアーサーは寝室から出てきます。前後が繋がっていないこの場面こそが、現実と妄想の境目だったと考えられます。実際、ここからマーレイのテレビショーへの出演依頼が舞い込んだり、髪を緑色にブリーチしてカツラではなく生身でジョーカーに近づこうとしたり、街でピエロ暴動が起こったりと、よく言えば話がダイナミックに、悪く言えば非現実的な方向へと振れていくので、ここから先が妄想だったと考えると多くのことに納得がいきます。

二つ目。暴動後に逮捕されたアーサーはアーカム・アサイラムに収監されるのですが、ここで彼の頭髪は緑色ではなく茶色の地毛に戻っています。これまた直前のカットと繋がっておらず、妄想が明けて現実に戻ったポイントがここだと考えられます。殺人事件を追っていた刑事が自宅冷蔵庫の中からアーサーを見つけ出してアーカム・アサイラムに入れたが、彼はすでに現実世界を生きておらず、冷蔵庫の中で見た妄想の世界の住人となってクライマックスの殺人に繋がったのではないでしょうか。

作品を支えたホアキン・フェニックスの名演

上映時間の99%にはホアキン・フェニックスが映っており、まさに彼の独壇場だったのですが、彼の醸し出す気持ち悪さ、幸薄さみたいなものが、「ああ、この人はどうやっても人生うまくいかないんだろうな」という絶望感を見事に表現していました。そこにあるのは「頑張ってりゃ良いことあるさ」という言葉なんて口が裂けても言えないほどの圧倒的な負のオーラであり、このまま虐げられ続けるか、暴力で一花咲かせるかの二択しかない人生を見せつけていました。

その昔、竹中直人の「笑いながら怒る人」という素晴らしい芸がありました。面白いので真似しようとしたところ、完コピはほぼ不可能と言えるほどの難しいネタだったのですが、本作でホアキンは「笑いながら泣く人」という、竹中直人に匹敵するほどの見事な芸を習得しています。このパフォーマンスも見所でした。

ジョーカーになる前のアーサー。すでに不気味

まとめ

心優しいのだが器用には生きられない男が、荒んだ社会に虐げられる物語。観客を容赦なく打ちのめすほどの圧倒的なドラマ性と、反撃のカタルシスに包まれた素晴らしい大人の映画でした。社会の厳しさをまだ知らない若い人が本作を見てどう感じるのかは分かりませんが、完全に弱者視点に立った本作に、多くの人は共感を覚えるはずです。

本作は完全に心理ドラマとして制作されており、アメコミという要素は微塵もないため、アメコミ嫌いの方にこそおすすめする作品です。

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