(2024年 アメリカ)
ソニー・スパイダーマン・ユニバースの終了が発表されるという最悪のタイミングでの公開となったユニバース最終作。中だるみは酷いが言われるほど悪くもなく、そしてアーロン・テイラー・ジョンソンの割れ腹筋が凄い。いろんな意味で見る価値はあると思う。ちなみにスパイダーマンは一瞬たりとも出てきません。
スパイダーマンの古参ヴィラン
クレイヴン・ザ・ハンターとは、スパイダーマンシリーズに登場するスーパーヴィランの一人であり、初出は1964年発行のアメイジング・スパイダーマン第15号。
・・・という情報はちゃちゃっと調べたwikiではじめて知ったんだけど、我が国で『鉄腕アトム』の放送が始まったのが1963年のことであり、その翌年に登場し60年に渡って描かれ続けてきたキャラクターだと考えると、なかなかスゴイものだなぁと思えてくる。
そんな古参キャラではあるが、実写化は初めてのことだ。
サム・ライミ監督『スパイダーマン3』(2007年)の続編のヴィランとして検討されていたのだが映画の制作自体が中止となり、『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)のスピンオフ企画『シニスター・シックス』の主要キャラになる予定が、MCUへの統合によって企画自体が消えた。
MCUの『ブラック・パンサー』(2018年)において、ライアン・クーグラー監督はクレイヴンを出すことを希望したが、こちらは権利関係の問題で断念。
一方権利的に問題のないソニーにおいて『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年)の続編のヴィランにするという構想もあったようだが、既出のキャラを総出演させる『ノー・ウェイ・ホーム』(2021年)へと企画全体が大きく変容したので、またしても出番を失った。
そんな、デビューがなかなか決まらないジャニーズJr.のような状態が続いていたのだが、『イコライザー』シリーズの脚本家リチャード・ウェンクが単独企画の脚本を書き上げて、ようやっと制作の目途が付いた。
『アイアンマン』(2008年)のアート・マーカム&マット・ホロウェイによる推敲を経て、監督には『イコライザー』のアントワン・フークアの名が挙がったが、フークアはデンゼル・ワシントンとの友情を優先して『イコライザー3 THE FINAL』(2023年)を選択した。
かわって白羽の矢が立てられたのはJ・C・チャンダー。
リーマンショックのきっかけとなった大手投資銀行の破綻劇を描いた『マージン・コール』(2011年)でデビューし、いきなりアカデミー脚本賞にノミネート。
続いて、無駄を削ぎ落しまくった結果セリフもキャラクター名もなくなった遭難劇『オール・イズ・ロスト〜最後の手紙〜』(2013年)、様々な危機に見舞われる経営者の苦悩を描いた『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(2014年)と連続して高評価を獲得し、大人向けの渋いドラマを作る監督としての地位を固めた。
そんな、知ってる人は知ってるがほとんどの人にとっては馴染みのない監督の就任によって、本作の「地味!」という印象は決定的なものとなったのだが・・・
SSU打ち切り決定の中での負け戦
予告編は秋口あたりから映画館ではやたら見せられてきたが、古参キャラ×ドラマ畑の監督=地味という図式のせいで「面白そう!」とは思えず、私はパスを決め込んでいた。
しかし先日、驚きの報道があった。
ソニーの「スパイダーマン」ユニバースが終了するとの報道 『クレイヴン・ザ・ハンター』の興収予測が『マダム・ウェブ』を下回る(2024年12月12日)
ソニー・スパイダーマン・ユニバース(略してSSU)が終わる・・・
10月に見た『ヴェノム3:ザ・ラストダンス』(2024年)が「シリーズ最終作と言いつつめっちゃフリまくってますやん!これからSSU本格始動ですか」と思っていた矢先のニュースで、椅子からひっくりこけそうになった。
SSUはヴィラン達のオリジンを描くという興味深いコンセプトではあったが、結局誰もスパイダーマンと絡むことなく終了。
果たしてこれを「スパイダーマン・ユニバース」と呼んでもいいのだろうかと思うほどの呆気ない幕引きである。
スパイディが掛け持ちしているMCUが絶賛迷走中で、あちらのプロジェクトがどうなるか分からない以上、ソニーは当初想定通りに作れなかったという事情もあってのこととは推測する。
『アベンジャーズ5&6』の立て直しを図っているディズニーから、スパイディをもっとフィーチャーしたいとの要請があり、世界観の調整が不可能になったのかもしれない。
もっと言うと、あと数年スパイディを自由に使わせてくれるなら、『ヴェノム3』と本作の損失補填をするとの申し入れがディズニーからあったのではないかとも思う。
実際、スパイディと絡むことが検討されていた『ヴェノム3』のラストが取りやめになったという話は数ヶ月前の別記事で見かけた。
兎にも角にも、公開前にこんな情報を流された本作関係者には同情の念を禁じ得ない。
『ザ・フラッシュ』(2023年)のような傑作ですら、ユニバースの打ち切りを宣言されてしまうと興行的には苦戦した。そもそも評判のよろしくない本作の場合、ビジネス的には死刑宣告を受けたに等しい。
なんという酷い仕打ちをするんだ、せめて上映終了まで発表を待ってやれよと思ったが、大企業ソニーが決めたことだからどうしようもなかったのだろう。大人の世界とは時に野生以上に残酷だ。
こうした一連のドタバタ劇を見て、天邪鬼な私は本作に対する興味を俄然かきたてられ、上映初日の仕事終わりに見に行った。
いつものT・ジョイ PRINCE 品川のIMAX。食わば皿までだ。
劇場は心配になるほどガラガラだった。こんなのは台風の日に『フォールガイ』(2024年)を見て以来だ。しかし今日は台風でも大雪でもないし、しかも上映初日だ。それでこの客入りは壮絶なものがある。
予告を見て感じたとおり、映画は地味。アメコミ映画らしい大規模な見せ場や、高揚感のある展開などはない。
全体的にクライム・サスペンスとして構築されており、Netflixで製作されていた『デアデビル』や『パニッシャー』の雰囲気に近い。
なもんでテレビドラマとして作ればそこそこイケたんじゃないかと思うんだけど、映画として見るにはパンチ不足で辛いものがあった。あとラージサイズではないのでIMAXで見る意味は全然なかったかな。
後のクレイヴン・ザ・ハンターことセルゲイ・クラディノフは、弟のディミトリと一緒にNYのお坊ちゃん学校に通っているが、父はゴリゴリのヤクザのラッセル・クロウで、そのイカつすぎる人となりと脳筋以外の何者でもない教育方針が悩みの種となっている。
ある日も親父からの呼び出しで学校を早退したところ、「お母さんが自殺した」とサラっと言われ、「葬式は?」と聞いても「自殺者に葬式はやらない」という謎理論を発動された挙句、「今からアフリカへライオン狩りに行くぞ」と謎提案を受ける。
あまりにぶっ飛びすぎて断るヒマもなかったセルゲイは、サバンナのど真ん中でライオンに襲われ、その生き血と地元の謎薬草を注入されたことでスーパーパワーを手に入れた。
これを機に元から折り合いの悪かった親父の元を離れ、シベリアの奥地で残りの青年時代を送った後には、世界中のヤクザを暗殺して回る殺し屋クレイヴン・ザ・ハンターになった。
なぜヤクザを殺し回っているのか、専用の航空機やお抱えのパイロットを持つ金が一体どこから湧いて出てきているのかはイマイチよくわからないが、とにかくそういうことだ。
ある日もロシアン・マフィアの組長を殺害したのだが、そのことでロンドンの闇社会の勢力図が動き、ラッセル・クロウ率いる老舗組織と、ライノ(アレッサンドロ・ニヴォラ)率いる新興組織の抗争の火ぶたが切って落とされるというのが、ざっくりとしたあらすじ。
こうして振り返ってみると、セルゲイと家族のミニマルなドラマと、規模の大きなヤクザ同士の抗争、そしてクレイヴン・ザ・ハンターとしての活躍が有機的に絡み合っており、なかなか良くできた話だなぁと感心する。
またドラマ畑のJ・C・チャンダーに演出が任されたことにも納得がいく。これは大人が楽しめるドラマ作品なのだ。コンセプトの時点では「アメコミ版ゴッドファーザー」を目指していたのではないかとすら思えてくる。
だがしかし『イコライザー』と『アイアンマン』の脚本家では魅力的なキャラクターや印象的なセリフを生み出すには至っておらず、方向性はいいのだけれどもう一歩足りない状況となっている。
また与えられた尺ですべてを描くことには無理があったのか、軸としてあるはずの親子のドラマが中盤から割とどうでもよくなっていく辺りのバランスの悪さも感じた。
ちょうどその転換点である中盤では、アメコミ映画であるにも関わらずセリフのみで話が進んでいくというお手軽展開もあって、猛烈な中だるみを感じた。とにかく粗いのよ。
J・C・チャンダーは脚本に書いてあることをただ撮っているだけという現場が目に浮かぶ。
そんな「やろうとしていることのレベルの高さ」と「それに及んでいないクリエイターの力量」の中で、唯一気を吐いていたのが主演のアーロン・テイラー・ジョンソンだ。
出世作が『キック・アス』(2010年)のナヨナヨ高校生だったとは思えないほどの男ぶりには惚れ惚れした。
タイツ姿のフレディ・マーキュリーという風体の原作とは似ても似つかず、キャラ再現度的には”?”だが、あんなのを実写化すればコメディ映画にしかならなかったので、かっこよく翻案したアーロン版クレイヴンは個人的には大いに”アリ”だ。
ワイルドで危険な色気を漂わせ、ビルドアップされた肉体と抜群の運動神経でクレイヴンというキャラクターになり切っている。
そしてあの腹筋は何なんだ、凄すぎるだろ。あんなにスゴイ腹筋は若い頃のブラッド・ピット以来だ。
チョコモナカジャンボのように割れたアーロンの腹筋を見るだけでも、本作には十分に見る価値ありと言える。
コメント
いつも楽しく拝見させていただいております。「殺人の追憶」のレビューをお願いできますでしょうか。今更語ることなどないほどの大傑作ですが。